第3話 それは何だ、勇者よ!
「ふはぁ、だいぶ軽くなった。ありがと、魔王」
「いやいや、これくらいはな。次は何だ? そのコルセットか?」
「ううん、これはね、先に腰のヤツを外さないと駄目なんだ。……で」
「うんもうわかった。この尻のところのヤツだな?」
指差すと、勇者は「ふへへ」と笑った。さすがに尻のは届くんじゃないのかと思ったのだが、こっちはネジだった。あの親父、またアホみてぇに固く締めてやがる。しかし魔王舐めんな。しかも何、ネジ外して、その後パネルを前後左右に動かすパズルまでやらんといけないの? これ作ったヤツ、さては馬鹿だろ。
「何かごめんね、魔王」
「ん? 何がだ」
「勇者専用の伝説の鎧なのに魔王に脱がせてもらうなんてさ」
「いや、これは仕方あるまい。まさか鎧の方でも対魔王戦で脱ぐなんてことは想定していなかっただろうしな」
「そりゃそうだよね」
むむ。しかし、今回のパズルはなかなか厄介だぞ。正方形の枠の中にはまっている24枚のこれまた正方形のパネルを、1枚分空いているスペースを上手く活用しながら絵柄を完成させなければならない。縦が1列揃ったと思えばその隣が何やらカオスなことになってしまう。泣く泣くその揃った列を崩してやり直しである。
「難しい?」
「正直、ちょっと。しかし所詮は人間が作ったものだからな。吾輩に出来んこともないだろう」
「魔王自信家ー! ヒューゥ!」
「自信家でもなければ魔王などやってられん」
「成る程ねぇ。でも、時間もったいないよね、ごめん」
「勇者が謝る必要はない」
「でも、ほら、お昼寝タイムがさ」
「構わん。その気になれば有休もとれる」
「あらら。そういうものなの。そういうのあるの」
「人間の真似をして、吾輩が作った。いくら体力があるからといって、働き続けるのは身体に悪い。それに既婚者も多いからな。家族をないがしろにするのも精神的に良くないだろう」
「えー、あたしこっちに産まれれば良かった」
「そうか?」
「そうだよ。あたしが働いてた縫製工場なんてさ、あたし達みたいな若いのはもうほとんど使い捨て感覚なんだよね。壊れたら新しいの雇ってー、だもん。でもあたしは勇者になったからあの監獄みたいな工場から抜け出せたけど」
「そうだったのか」
「ねぇ、ここってお給料良い感じ?」
「給料? それは運と能力次第だ。倒した人間共が持ってるものは根こそぎそいつのものだからな」
「そうなの? 何%かは納税とかしなくて良いの?」
「何だそのノーゼイって」
「税金だよ、税金。だってほら、皆が皆バリバリ人間襲えるわけじゃないじゃん? 力の弱い女の人とか子どもとか、お年寄りとかいるじゃん? それから怪我とか病気で働けなくなったりとか。そういう人のための福祉に使ったりするんだよ」
「勇者よ、ここへ来るまでに女の魔族に遭遇しなかったか? セイレーンとか、ハルピュイアとか、メドゥーサとか」
「えー? だからさ、あたし不戦勝勇者なんだって。あーでも、メドゥーサっぽいシルエットは見たかな? 髪の毛うねうね動いてた」
「そうだったな。まぁ、吾輩が言いたいのは、だ。こっちでは女だからといって男に力が劣るということは無いし、年齢を重ねれば重ねるほどより狡猾になるものもいる。腕力だけで渡り合っているわけではないのだ。それから子どもか、まぁ一人前になるまでは親の庇護下ではあるが、それでもその気になれば――というか、遊び感覚で年の近い子らと組んで、小さな村を壊滅寸前まで追い込んだこともある。むしろ子どもの方がその辺は残酷だぞ?」
「そうなんだー。怖っ」
「それでも働けなくなるヤツはいるがな。しかし、それは周囲が助ければ良いだろう。人間達も好きじゃないか『助け合い』って」
よ、よし。2列出来た。しかし、やはり隣がすごいことになる。うーん、でもここまで出来たのにこれ崩すのか? 崩さないと駄目なのか? くっそぉっ!
「『助け合い』かー。ていうか、本当に人間がそういうの好きなら、父さんって村八分にはならなくない?」
「むむ。言われてみれば!」
「何だよぉ、魔王のトコの方が何か暮らしやすそうじゃん」
「そうか?」
「あーぁ。今回死んだら、次は絶対こっちにするわ。あたしが生まれ変わるまで魔王でいてよね。人間に滅ぼされないでね」
「当然だ。易々と滅ぼされてたまるか」
「そうと決まればさっさと殺されないとね、あたし」
そう言うと勇者は「よいしょ」と呟いて前に一歩進み出た。あぁ、まだ途中なんだが……。
そして、くるりと回り、吾輩と向き合った。肩当てと胸当てを外した勇者は最初に見た時よりもかなりすっきりした顔をしている。相変わらず兜はぐらぐらしていたが、それに気付いた勇者は照れたように笑った。そしてその兜を脱ぐとやはり乱暴に投げ捨てた。
吾輩のマントと同じような漆黒の髪を後ろでまとめていたようで、どうやら本当は長いらしい。ていうか、たぶんそうやってまとめていたからフィットしなかったんだろう。
その髪留めを外し、ふるふると頭を振る。髪は肩よりも少し長い程度だった。
それよりも一つ気になることがある。もちろん、解きかけのパズルではない。まぁそれも気になるんだが。
「勇者よ」
「何?」
「その胸の刻印は何だ?」
まだ外していないコルセットは勇者の腹回りと胸半分をぎゅうと締め付けているのだが、鎖骨の下にある、ふっくりと盛り上がっている2つの丘陵には焼きごてで押し付けられたらしい刻印があった。
右の乳房にはA-136-535-896、そして左の乳房には199,998、と。
「えー? あぁ、これ? えーとね、こっちが縫製工場の社員番号。そんでこっちが勇者の番号。あたし199,998人めの勇者なんだって」
「何でこんなことをするんだ?」
「知ーらない。脱走防止とかって言う人もいたけど、本当のところはわかんない」
「痛くなかったか?」
「痛いよ! めっちゃ痛かったよ! あたしレベル1だし! ていうか、工場で働くような若い女の子なんて基本的にレベル1だから! 3日は泣きながら働いてたからね」
「さすがに酷くないか。貴重な労働力だろうに」
「だから、使い捨てなんだって。貴重なんてことないよ」
「むむ……」
何だか聞けば聞くほど気の毒になってくる。い、いや、何を血迷ったことを。吾輩は魔王だぞ。
「何かさ、魔王に悪いから、もーさっさと殴らせてもらって、それで終わりにするよ」
「終わりに?」
「だから、あたしの人生。はい、これでおっしまい。来世に期待かな。いよーっし」
勇者はそう言うや否や、ふたたび肩をぐるぐると回した。顔は笑っていたが――、
「勇者よ。ならば、なぜ泣く」
笑ってはいた。しかし、その大きな瞳からは確か塩辛いと聞いている、涙という名の液体が止めどなく流れているのである。
人間は悲しい時や嬉しい時にこの涙を流すと聞いている。そのどちらかなんて考えるまでもない。
「なっ……泣いてないよ!」
「それは無いだろう、勇者よ」
「魔王は人間のことわかってないでしょ!」
「大体のことは学んだ。そして、それに照らし合わせると、勇者のいまの状態は間違いなく『泣いている』」
「ううううるさいうるさいうるさぁい!」
勇者はだんだんと足を踏み鳴らし、ぶんぶんと頭を振っている。うるさいのはどう考えてもそっちだろう、それに見苦しい。目障り過ぎる。
「あぁもうわかったわかった。わかったから」
仕方なくそう言うと、勇者は涙と鼻水を素手で拭った。しかし、その手はどうするのだろう。もしかして、その手で吾輩を殴る気ではあるまいな!?
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