第6話 佳奈の頑張り
佳奈はバタフライを泳いでいく。
それほど得意な泳ぎ方では無かったけど、唯と美波が先に背泳ぎと平泳ぎを取ってしまったのでしょうがなかった。
その二つも凄く得意というわけでは無かったけど。アンカーを任せられるほど図太くも無かったので、三番目に急いで立候補した。
一夏が不満を言わなかったのが幸いだった。きっと言えば譲ってしまっていた。彼女は良い人だ。こんな引っ込み思案な自分にも優しく笑顔で話しかけてくれた。
「佳奈ちゃん! 頑張れー!」
そして、今一夏も応援してくれている。その声がはっきりと聞き取れた。だから、前を向いて頑張れた。
バタフライは得意では無かったが、苦手意識があるほどでも無かった。
みんながあんまりしないから、逆に少しマイナーなところをやろうとする自分では一人でやることがそこそこあった。
潜水の次ぐらいには行けるかもしれない。練習しておいて良かったと佳奈は思い、腕と足に力を入れて泳いでいった。
冷静な計算をすっかり狂わされたタコ三郎は、相手にかなりのリードを許してゴールに着いた。
「このわたしが、あんな奴に!」
見苦しくわめくタコ三郎を、タコ五郎は寡黙な武人のように見下ろした。
「相手の策に嵌められて自らの策を見失ったな」
「なんだと!」
「お前達の失態は我とリーダーが取り戻そう」
「くっ」
タコ五郎が跳びこむ。岩のような巨漢が跳びこんで跳ね上がった水しぶきを、タコ三郎は頭から被って苛立たし気に顔を顰めた。
だが、自分の手番はもう終わったのだ。後はただ勝負の行方を見守るだけだった。
向かいの飛びこみ台から敵がスタートを切ったのを見た一夏は、ハラハラした気分で勝負の行方を見守った。
リードはかなりあるが、それでもいつ逆転されてもおかしくない。そんな緊張感があった。
その緊迫した空気は、一夏の隣に立つ敵のリーダーであるタコ一郎の態度にもあった。彼は終始リードされながらも全く慌てる素振りを見せなかった。
その彼が言う。重々しい大人の口ぶりで。戦場に慣れた者の声だった。
「君は自由形の自由とは何だと思うかね?」
「え?」
一夏には意味が分からなかった。迷いながら自分の知ることを答える。
「何を泳いでもいいということじゃ……」
タコ一郎は不敵に笑った。
「フッ、君はもうすぐ自由の真の恐怖を知ることになるだろう」
それっきり黙ってしまう。彼は水面をじっと見つめている。
一夏は嫌な予感を感じながら、
「佳奈ちゃん、頑張れーーー!」
今泳いでいる友達の応援をしていくのだった。
佳奈はバタフライを泳いでいく。
順調だ。みんなの応援のおかげだろうか。自分の思った以上のスピードが出せている。
だが、背後からはタコ五郎が追い上げを見せている。その姿はまるでパワフルなブルドーザーのようだった。
その力のある動きに水が震えてざわめいているのを佳奈は感じていた。
だが、相手が誰でも佳奈のやることは変わらない。一夏の待つゴールに向かって行くだけだ。
「一夏ちゃん!」
「うん!」
到着した佳奈の言葉に一夏が頷く。それだけで佳奈は報われた気分になれた。
チームの一員になって頑張れて良かったと思えた。
一夏が飛びこむ。
炎天下の日差しの元、勝負はいよいよ最後の局面を迎えようとしていた。
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