17.ローリングソバットをぶちかませ
帰りの電車は混んでいた。出勤のラッシュほどではないが近くでアーティストのライブがあったようで、首に同じタオルをかけた人がたくさんいた。僕らは彼らが車内になだれ込んでくる前から座席に座っていたので巻き込まれることはなかった。
「あ。あのタオル。」
春が彼らのタオルを見て呟いた。
「なに?知ってるの?」
「『
「ブラックバス?知らないな…。」
「えぇ!?ブラックバスの着ぐるみ着てめちゃめちゃな演奏する彼らを知らないの!?」
「なんだそれ…。」
「帰ったら聴かせてあげるよ、すごいから。彼らは相当ロックだよ、ロック。」
「着ぐるみも気になるからライブ映像見てみるよ。」
「あ、私も見る。一緒に見よ…」
春が突然言葉を止めた。春は遠くの何かを睨んでいる。
「は、春?」
「裕也くん、あれ。」
春が険しい顔のまま、視線の先を小さく指さす。ただこの混み具合の中では、どこを指しているのかわからなかった。
「どれ?」
「ドアの前。小太りのサラリーマン。」
春に言われ、探す。すぐに見つかった。やたら汗をかきながら、窮屈な車内で申し訳なさそうにうつ向いている。
「あの人がどうかしたの?」
「痴漢してる。」
「え!?」
僕は少し声が大きくなってしまった。
何に気を使う訳でもないが、小太りのサラリーマンをそーっと確認する。が、ここからでは確認できなかった。
「人多すぎてよく見えないよ。遠いし。」
「一瞬見えた。絶対なんかしてる。前の子怯えてるもん。」
サラリーマンの前に立つ女性。チラチラと後ろを気にしながら、うつ向いている。言われるとそう見えるかもれない。
春はいつもより鋭い目をしていた。
アナウンスが流れ、電車がゆっくり速度を落としはじめる。もう少しで駅に着く。
「あ、着いちゃう!」
「え?」
春は周りに気を使いながら立ち上がる。
「現行犯でしょっぴいてくる。あ、すいませーん…」
「え?ちょ、春?」
春は人混みをくぐり抜け、少しずつ小太りサラリーマンへと近づいていく。春の行動スピードは大したものだった。僕は戸惑ったまま動けずに、その場に取り残されたままだった。しかし春がサラリーマンにたどり着く前に電車はホームに停車してしまった。
『ドア開きます。』
アナウンスが流れる。
「あ!待て痴漢野郎!!」
遠くで春の声が聞こえる。人が乗り降りする車内が大きくザワついた。いろいろと待ってくれ。
僕は急いで電車を降りて春を探した。キョロキョロと周りを見回すと、遠くに春を見つけた。さっきのサラリーマンと言い合いになっているようだった。
周りには少しだが野次馬もできている。しかし、そんなのお構い無しにキンキンと春の怒った声が聞こえる。
「春!落ち着いて!」
僕は走りながら大きな声で呼びかけた。距離的に聞こえていないかもしれないが。
サラリーマンが去ろうとするところを春が肩に手をかけ、引っ張って振り向かせる。サラリーマンがその手を振り払うようにして、春の手を弾いた。
「痛いなぁ!!この野郎!」
「春!!」
僕の手が春の肩に手が届く、その瞬間。
春の体がくるりと回った、その瞬間。
春の髪が巻き上がり、僕の顔に当たった。いつか香ったシャンプーの香りに包まれた。いい匂いだな、と思った、その瞬間。
春の蹴りが。
回転しつつ飛び上がり勢いと高度をつけ、相手に背中を見せた状態で足裏を使って蹴り飛ばす技。
春がローリングソバットをぶちかました。
曲げた膝がバネの役割を果たし、力のこもった足裏がサラリーマンを吹き飛ばす。
サラリーマンは後ろに倒れ、胸と腰を押さえながら驚いたように春を見る。僕も唖然としていた。周りの野次馬も全員同じ顔をしていた。
「女をなんだと思ってんだ!馬鹿野郎!」
春は肩で息をしながら、怒鳴る。
「なんでお前みたいなやつに怯えなきゃいけないんだよ!可哀想とか思わないの?自分が良ければ良いの?ふっざけんな馬鹿!」
「春!!!」
春がサラリーマンに近づこうとするところに、割って入る。この勢いだともう一発行きそうだ。体が動いてよかった。
丁度いいタイミングで駅員さんがたくさん駆けつけて来た。車内でうつ向いていた女性も一緒にいる。
この場はなんとか落ち着きそうだ。
僕らは仲良く駅員室に連れて行かれた。
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