ぐっもーにん

叩いて渡るほうの石橋

ぐっもーにん

 お湯を沸かす。ほんの少し待つだけなのに眠気が僕を倒そうとしてくる。音楽でもかけたら目が覚めるのではと思い立って、向かうのはCD置き場。そうだな、くつろぐことができてほどほどに盛り上がる曲が良い。


 探しているうちにぶくぶくと沸き立つ。眠い。ゆっくり美味しいのを淹れていると目蓋は重くなってしまうから、カップの半分くらいまでインスタントのコーヒー。


 熱いままのを啜りながらCD探しを続行する。そんなにちょうど良い曲があるはずがない、と思うだろう。それがあるのだ。何故なら僕の好みの音楽を僕が集めているから。


 流した曲は寸分の狂いなく今の気分にぴたりとはまった。パズルピースを何の気なしに合わせてみたら偶然にもそれが正解だったときみたいに。


 メロディが朝日を起こしたのか街が明るくなっていく。夕はあんなに赤くなるのに、僕の目の前の景色は夜の暗黒を取っ払って透明感のある青になろうとしている。曲もそれと共に澄んで行く。完成された音の組み合わせにさらに入ってくる微音たち。早くから道を走り抜ける車や、動きを始めた電車。それらは決して音楽の邪魔をしないで、僕の耳に届くまでに違和感なく曲の一部になっていた。


 また一日が始まる。そう思ったら誰よりも先にこの世界に足をつけたくなった。曲が終わり、残ったコーヒーも全部飲み干す。


 朝になっていく街を闊歩。まだ一人も吸っていないから空気まで美味しい。僕が最初に味わったのだ、これこそ早起きの特権である。


 踏切はまだ寝ぼけている。いつもは商店街を二つに分けたり大きな声を出したりやかましいやつだが、この時間は静かであっちの店にこっちの店にと行きやすい。そう言いつつ、商店街もまだ寝てるのを僕は知っている。


 もっと世界を感じたい。僕は靴を脱いだ。それでも靴下越しではなんだか物足りなくて、それも脱いだ。地面は空気よりも冷えているがこれが心地好い。いま、世界を素足で踏みしめているのは僕だけだ。


 生きてる。そんな実感がある。こうしているうちに太陽は高さを増して行く。鳥の鳴き声が大きくなる。人の声が聞こえてくる。世界が、今日も動く。


 身体の隅々まで最大限に使って深呼吸した。明日どころか今日も何が起こるかわからないけれど、時代に合わせて呼吸するつもりもない。朝陽も夕陽もひとつの太陽であるように、いつに生まれても僕は僕なのだ。


 もう少し肩の力を抜こう。裸足のまま帰ればいい。朝食がまだだったな。今朝はとびきりうまいのを。


 音楽が、何処からともなく流れてきた。


 太陽と僕はふたり声を合わせて歌った。

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ぐっもーにん 叩いて渡るほうの石橋 @ishibashi

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