Qualia Quest 外伝─戒めの章─

片翼のクシャトリア

名も知らぬ花々、甲


 アリス達が暮らす現代より

 遥か昔の、人がまだ世界が6つに

 分かれているという事実さえ

 認識されていない時代の話


 地上界の赤道上にある島国では

 数十年にも及ぶ隣国との

 戦争に明け暮れていた


 しかし戦争というものは

 平和と同じで

 決して長続きしないもの

 国が滅び、国家元首が変わる等

 目まぐるしく、時代は移り変わる


 そうして生まれた束の間の平和の時代

 魔石を資源とする小国ファンダリアで

 シドは戦争孤児として宮廷直属の

 庭師リッドに拾われる


 この時、シドは11歳

 特に何かに秀でた才能がある訳でもなく

 ただ読者が好きな好奇心だけはある少年


 シド「なぁ、リッド、俺、

 王家の魔導書館で働きたい、駄目かな?」


 リッド「お前は本当に本が好きじゃなー」


 シド「んー、本を読んでると

 嫌な事考えるのが少しマシになるのかも」


 リッド「わかったわかった!

 宮廷の魔導司書に知り合いがおるから

 話だけはしといてやるわぃ」


 シド「サンキュー!リッド!」


 シドは小間使いから宮廷の掃除や料理

 ありとあらゆるものを見よう見まねで

 やるかたわら、魔導書簡に徹夜で入り浸って

 魔導について学んでいた


 ある日


 王家の兵士達が廊下で話している


 兵士A「さっきの第3皇女様

 適性の儀、凄かったな」


 兵士B「しぃー、あんまり第3皇女の事は

 ここでは言わない方がいいぞ」


 兵士C「あぁ、妾の子の話なんざ、

 第2皇女の母親に聞かれたら

 投獄されるぞ、ただでさえ

 ヒステリーなんだから」


 兵士A「ひぇぇぇそれは勘弁だな」


 この国の王家には

 正室、側室4人に1人づつ子供がいた

 王妃には

 第1皇女アルトリア当時5歳

 側室には

 第2皇女サターニア4歳

 第3皇女ファリネリア3歳

 第4皇子ストーリア2歳

 第5皇女ベルーニア1歳


 王家には3歳になると

 適性の儀、と呼ばれる魔力の内在量や資質を調べる催しがあった


 第1皇女には残念ながら

 高い適性はないが

 王や王妃は特にその事を気にするような

 素ぶりはなかった


 しかし、第2皇女の

 母親、エリザベートだけは別だった


 彼女は自身も貴族階級の出であることから

 第2皇女が高い適性を示した事により

 王亡き後、

 次期当主の座を我が物にしようとする

 野心があった


 そんな折、第3皇女が非常に

 高い適性を示してしまったのである


 廊下で兵士達のそんな会話に

 耳を傾けてながらシドは歩いていく


 謁見の間にて


 王「今日はどういった用件だ?」


 老人「今日はある大変珍しい鎧が

 手に入ったので陛下に献上したいと思い

 謁見した次第であります、ヒッヒッヒ」


 王「鎧?」


 老人「はい、これこそ

 かの有名なバラモンの鎧でございます」


 そこには不気味な鈍い光りを放つ

 黒衣の甲冑があった


 王「おおーこれがあの」


 老人「陛下もご存知の通り

 この鎧は血魔石と呼ばれる

 大変希少な魔石を原料に作られたもので

 その性質上、血を浴びれば浴びる程

 使用者の魔力が上がるという

 ものでございます


 最後の所有者の今は亡き

 帝国の大将軍バルバロッサは

 これを纏い

 幾百、幾千もの屍を築いたという

 逸話もございます」


 陛下「こんな物を一体何処で?」


 老人「はぃ、先日、元帝国領の古い洋館を

 買い取った所、地下の隠し金庫から

 出て参りました、ヒッヒッヒ」


 陛下「素晴らしい、が、

 最早これからの時代に

 は必要ないのではないか?」


 老人「えぇ、ただ、歴史的遺物として

 大変希少なものには違いありません

 国の博物館にでも飾られるなり

 王家の一室に飾られるなり

 陛下の財力の証になるかと」


 陛下「うむ、そうだな、忠臣、大義である」


 老人「ははっ」


 この時、王は気付いていなかった

 この選択がこの国の滅びを意味する事を

 そして鎧には眠れる意志が存在する事を


 それから5年の

 歳月が流れてたある日の事


 侍女A「ファリネリア様〜」


 侍女B「見つかりました?」


 侍女A「いぇ、どうしましょう」


 シド「どうかされたんですか?」


 侍女A「先程から

 ファリネリア様がいないんです」


 侍女B「何処か心当たりありませんか?」


 シド「それは大変ですね、

 私も心当たりを探してみます」


 シドには恐らく其処だろうと

 当たりがついていた


 王城の外門を裏から抜けた場所には

 断崖があり、緑や草花ぐらいしかなく

 殆ど普段、人が来ない場所がある


 シド「こんな所に1人で来てわ

 危ないですよ、ファリネリア様」


 ファリネリア「あ、シド!だって

 ここのお花好きなんだもん、お城嫌い」


 8歳でも城での居心地の悪さを充分感じて

 逃げ出して来たんだろうとシドは察する


 シド「せめて、侍女たちには行き先を

 告げて出ないと困ってましたよ」


 ファリネリア「知らなーい、

 ねぇシドー肩車してー」


 シド「はぃはぃ」


 ファリネリア「わぁー綺麗」


 断崖の向こうには見渡す限りの

 透き通った碧い海


 ファリネリア「ねーシドー!

 この海の向こうに

 行ってみたい!」


 シド「そうですね、いつか行きましょう」


 ファリネリア「へクション!」


 シド「少し風が出てきましたね

 帰りましょうか」


 ファリネリア「シドーおやつ食べたい」


 ファリネリアの母親は周囲からの圧力で

 ここ数年、病に倒れ床に伏せている

 そんな事もあり、ファリネリアは

 シドや侍女達に余計に甘え

 迷惑をかけていた


 さらに5年後、そんなある時事件が起こる


 大臣「陛下このままでは

 国の情勢が疲弊するばかりです

 例の発見された遺跡を発掘する事を

 提案致しますが」


 ファンダリアは長年

 魔石の採掘を手がけており、

 その収益が主な収入源だったが

 近年、既存の採掘量が

 減りつつある内情があった


 王「うむ、しかし、あそこは建国以来

 ほんの数年前まで未開の地だった場所

 何人もの先遣を遣わしたが、

 幻獣にやられていると聞く」


 大臣「陛下、大を生かすために

 小を殺すのは 自然の摂理です、

 それに長年戦争しかしていないもの達も

 ここ10数年、戦争がなく、

 働く場所がなくて奮起する場所を

 探しております、下手に抑圧すると

 余計に情勢が乱れてしまうかと

 思いますが」


 王「ううむ、 わかった、

 発掘場所への探索隊は

 慎重に厳選した上で執り行え」


 大臣「御意」


 程なくして、総勢50人の精鋭が

 集まり探索隊は目的地に向かう

 その中にはシドの姿があった


「なんだ?お前も来てたのかよ?」


 シド「ん?なんだ、フリックか」


 街の鍛冶屋の見習いで王宮にも度々顔を

 出していたシドと同い歳のフリックという

 人物が声をかけてくる


 フリック「なんだとはご挨拶だな、

 本ばっか読んでる司書にこんな肉体労働

 勤まるのか?」


 シド「生憎、掘るのはお前だ、

 俺は鑑定を依頼されてるだけだ」


 フリック「ちっインテリのお坊ちゃんわ

 これだからいけすかねぇ」


 シド「そういうな、幻獣が出たら

 魔法で援護だけはしてやるから」


 フリック「お前どうせ中級魔導しか出来ないだろうが!幻獣にそんなもん効くかよ!」


 シド「さぁ?

 試した事ないからわからん!」


 フリック「なんだそりゃ、わかったよ!

 俺の近くから離れんなよ」


 シド「ああ、頼りにしてる」


 50名の内10名が非戦闘員、

 実践慣れしている者が30人程、

 上級魔導士も

 数人いる部隊での探索となった


 部隊責任者「よーし、今日の進軍はここまでとする、各小隊、テントを張り、夜中は

 4交代で周囲の警戒、以上解散」


 フリック「あー 疲れた、

 小型の幻獣ばかりだけど、数が多いよな

 なんか見た事ないやつもいたし」


 シド「この辺りは未だに開拓されてない

 土地だからな、知らない幻獣も

 いるだろう」


 フリック「ところでお前

 この間ファリネリア様と

 街の中歩いてたけど

 王族に手を出しちゃあいかんだろ」


 シド「あれは、街の中を見たいと

 言われたから案内しただけだ

 変な言いがかりはするなよ」


 フリック「ふーん、しかし

 ファリネリア様って

 かなり変わってるよな、

 王族らしくないというか何というか」


 シド「まだ13歳の子供だ まぁ

 境遇が境遇だけに大人びた所もあるが」


 フリック「ふーん、

 ま、 いいや!飯食って寝ようぜ!」


 辺りが暗闇に包まれ、静まり返った頃

 突然悲鳴がこだまする


 傭兵A「うわぁぁぁぁぎゃああああ あ!!」


 傭兵B「な、なんだ、この幻獣、」


 部隊責任者「各小隊!装備をとれ!

 幻獣が現れたぞ!」


 深夜に突然の奇襲


 フリック「おぃおぃ、なんだあれ、昼までの奴とは段違いの幻獣じゃあねぇか」


 シド「グラシャラボラスなのか?」


 両翼を広げると40m近くの大きさになる

 それは、人間を虫でも殺すが如く

 蹂躙していく、この時代の

 幻獣の個体の大きさは30mもあれば

 大きい方だった

 しかし目の前に現れたそれは

 明らかにそれよりも巨大な存在だった


 フリック「おぃ!ちょっと不味いぞ

 ありゃあ上級魔導士でも

 倒せないんじゃあねぇか?」


 霊長グラシャラボラスの羽毛は

 耐熱性が高く、上級魔導士の魔法を

 ことごく弾き返した


 フリック「どうする?」


 シド「硬いのは外皮と羽毛だけのはずだ

 目や口の中に直接攻撃出来ればあるいわ」


 フリック「簡単に言うが、普通にやっても

 避けられるか、届かないぞ」


 シド「足に神経があれば、

 倒せなくはないが」


 フリック「あれの懐に飛び込むのかよ

 正気か?」


 シド「どちらにせよ、半数以上やられた

 このまま、まともにやっても

 全滅するだけだ」


 フリック「やるしかねぇか」


 シド「極力近づくのは危険だ、お前は

 注意を引け、俺が魔法で攻撃する」


 二人は意を決して

 グラシャラボラスに突撃する


 フリック「おらおら!鳥の分際で人間様に

 勝てると思ってんのか!」


 大声で叫びフリックが

 注意をひきつけると

 シドはグラシャラボラスの

 背後から魔法を放った


 シド「竜巻よ、氷塊、まとい

 躍れ、氷塊烈空アイストーネー ド!」


 氷を含んだ竜巻が

 グラシャラボラスの脚に

 直撃し、雄叫びを上げて倒れ込む


 シド「よし!効いた

 今だ!弓兵は目を狙え!」


 生き残っていた数人の弓兵が

 一斉に矢を放つ


 ドシュ!


 一本の矢がグラシャラボラスの

 片目を射抜く



 フリック「へっ!シドばっかにいいとこ

 やれるかよ!いくら硬くても

 首に直接ぶち込んでやりゃあ

 何とかなるだろ!」


 フリックは大斧を抱えて木の上に

 登っていたがグラシャラボラスの

 首目掛けて勢いよく飛び降り

 大斧を振り下ろした


 グラシャラボラス「グギャアアアアアア!!!」


 けたたましい鳴き声と共に

 グラシャラボラスの首が

 胴から切り落とされた


 フリックは返り血を浴びながらも

 安堵の表情を浮かべ、

 周りから声援が上がる


 フリック「へっへ!焼き鳥100人前

 お待ち!」


 シド「ったく、調子にすぐ乗る奴だ

 !!!!!フリックよけろ!!!」



 フリック「えっ!あ、ああ、

 な、なんだよこれ、お、おれの」


 フリックの背中から

 グラシャラボラスの爪が

 貫通し、腹から腸がはみ出している


 首を飛ばされても尚、

 生命活動を停止しない

 幻獣グラシャラボラス


 シド「フリック!」


 フリック「に、にげ、ろ」


 フリックの最期の言葉を聞いた瞬間

 グラシャラボラスはもう片方の脚で

 フリックを踏み潰した


 どかされた脚の下からは先程まで

 生きていたはずのフリックの

 物言わない肉の塊がそこにはある


 シド「あ、あ、あ」


 先程まで歓声に沸いていた場が

 再び悲鳴へと変わる


 部隊責任者「そ、そんな馬鹿、な」


 シドを残し最後の一人までもが

 皆殺しにされ、グラシャラボラスは

 シドに留めをさそうと近づく


 シド「はぁはぁはぁ、死んでたまるかよ」


 シドを動かしているのは

 死にたくないという

 生存本能だけだったが

 死を目前にして思考がクリアになる

 あぁ、 自分は死ぬのかと思った時

 彼はいつも通っていた魔導書館で

 密かに見ていた

 閲覧禁止の禁術の書籍の記憶が蘇る


 シド「わ、我が道を、は、阻む者

 灰燼と化せ!高周振動型雷神剣テスラブレイド!」


 この時初めてシドは 禁術の魔法を使った

 

 そして、多くの犠牲の上に

 自分の力の本質の一端を知る事になる

 

 のちに彼は後悔する、

 自分がもっと早くに自分の力を知って

 使いこなせていれば、こんな事には

 ならなかったと

 

 しかし

 彼の不幸はこの時始まったばかり

 だということをまだ彼は知らない


 次回予告

 名も知らぬ花々、乙

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