ラグはいつでも、本当は
イブリ
第1話
ラグはそっと、隣りに座っているリラを盗み見た。ラグの双子の妹であるリラは、酷く不機嫌そうな顔で、木製のカップの中身にちみちみ口をつけている。
リラは酒が苦手だが、この安酒場では酒以外の飲み物は無い。
ラグもカップに口をつける。安酒の臭みとアルコールが喉を焼いた。
「いやさぁ、ホント、これって裏切りだよなぁ」
そんな自分たちの向かい側には、自分たちを無理矢理この酒場に引きずり込んだ、冒険者の先輩であるルテファンが管を巻いている。
ああ、面倒な事になったと、ラグは溜め息を吐いた。
ラグはルテファンが苦手だ。
本人は気さくで面倒見の良い先輩のつもりのようだが、どうも高貴な貴族の出らしく、言葉の端々に傲慢さが見える。
更に人の心の機微を読むのが苦手で、「弄ってやっている」つもりで人を傷つけるのだ。
しかも、今は間の悪い事にリラが一緒だ。
ルテファンはいつも、リラを弄り倒す。なんでここまでと思うほどだ。むしろお前、リラのこと好きなんだろ?と思うぐらいだ。ルテファンに言っても真顔で否定されるが。
好きな子を苛めるとか子供か。確かルテファンはもうすぐ20代を終わる歳の筈だ。それなのにその精神年齢はいかがなものか。
「何が裏切りよ。スレイ姉は元々シャーランを好きだったんだから、裏切りも何もないでしょ」
「何言ってんだ。スレインは俺を好きだったんだよ!」
ルテファンの本日の愚痴は、ラグとリラの姉…と言っても血は繋がっていない、同じ施設の出の人だ。そのスレインが今度、騎士のシャーランと結婚する事になった、その事だ。
ルテファンいわく「スレインと俺は両想いだった。今はその関係を暖めている所だったのに、シャーランに奪われた」との事。
子供の頃にシャーランに救われてからずっと、一途に彼に片想いをしていたスレインを知っているだけに、何言ってんだはこちらの台詞だとラグは思う。
「俺の魅力に落ちない女は居ない!俺はスレインを可愛いと思ってアプローチしていた!故にスレインが俺に惚れてない筈がないんだよ!」
うわぁと言う顔で、ラグとリラは顔を見合わせる。
「その根拠のない自信、どっから来るのよ」
はんっとルテファンは鼻で笑った。
「ま、お前みたいなオトコオンナには俺の魅力はわからないか」
ああ、また始まったとラグはため息を吐く。
ああ、本当は。
「なによ、それ」
「お前はオトコみたいなもんだから、俺の魅力が理解できない。だから根拠がないなんて言うんだろ?」
ルテファンの語彙の少ない煽り文句に、わかりやすくリラが傷ついた表情をする。
「どうせ、どうせ私は、スレイ姉みたいに可愛くないわよ」
ああ、本当は。
リラは胸も小さめのスレンダーなスタイル。活発で明るく、サバサバ
自分から「私、女らしくないから~」とか「私、可愛いの似合わないから~」とか言って、無自覚に「そんな事ないよ」を誘っている。
だがルテファンにそんなの通用しない。
本人が言っているのだからと、堂々とその地雷を華麗に踏み抜いていくスタイルだ。
そしてリラはそれに傷つき、「どうせ私なんて~」と始まる。
ああ、本当は。
ルテファンがこう言う風に、苛め一歩先のような絡み方をするのはリラにだけだ。そしてリラは、それにいちいち傷つく。
いっそ二人互いに好きで、付き合ってしまえばそれで終わるのに。
この後「そんな事ないよ。リラ可愛いよ」と慰めるのは自分の役目だ。しかも最近それは効果が薄い。
リラに気になる男が出来たからだ。
シャーランの部下の男。名前は確かリーゼンとか言ったか。ぶっきらぼうだけど優しい男。前に目の前でルテファンがリラを弄っているのを見て、まじめに庇って言い返した良い男だ。
ああ、本当は。
もう、リラがどちらかとくっついてくれれば、完全に自分のこの役目は終わるのに。
「ルテファンに見る目がないだけでしょ。リラはキレイだし、良い女だよ。兄妹の欲目はあるかも知れないけど、俺はそう思ってる」
「いやいや、おまえなぁ、それにしたって欲目が過ぎ…」
「ルテファン、もう黙って。うっとうしい」
「ラグ、良いよ、ルテファン言ってるの、本当の事だし…私気にしてないよ」
「リラ、欲目だけじゃないよ。リーゼンだって言ってたでしょ?リラは可愛いって」
ああ、本当は。いつだって、ラグは叫びたかった。声を大にして、世界中に叫びたかった。
「リーゼンも本当に、悪趣味だよな」
「ルテファン、もう黙ってって」
「で、でもそうだよ。リーゼン優しいからあんな風に言ってくれたけど、本気で私のことなんて…」
「リラ、だから、」
「そうだよなぁ、お前に惚れる男なんて、居るわけない。むしろ女の子と付き合ったらどうだ?」
「ルテファ、」
「そうだよね、私なんか」
ああ、本当に、お前らメンドクサイ!
ラグはいつでも、本当は イブリ @kuyu
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