寄り道
錯羅 翔夜
【短編】寄り道
「あっ」
地下鉄の駅から直結している大型書店への入り口を見つけた。
普段使っている駅だけれど、こんな通路があったとは気が付か無かった。
ただそれだけのことだけれど、私は迷わずに足を向けた。
寄り道
深くは考えていないけれど、そこに本屋があったから吸い込まれるように店内に入って行った。
会社帰りの午後7時。
初めて入った本屋の店内を見回し、ふと児童書のコーナーを見つけた。
さすがにその時間は、人影も無く静まり返っていた。
誰もいないその空間が物珍しく、目的もなく歩いていく。
本棚を間を抜けていくと、分厚いハードカバーばかりを集めている一角で足を止めた。
児童書の中でも200ページを越えるような本達の背表紙を見上げる。
一冊ずつが、うっかり人を殴ったら気絶しそうな重さと分厚さをしている。
中身もそれに見合った世界が広がっている。
背表紙を追うと、自分が15年前に図書館で読んだ本が目についた。
「あんまり変わってないんだな」
大体半分くらいが、小学生、中学生時分に読んだ本ばかりだった。
背表紙を見れば内容を思い出す。この本も、次の本も、その隣の本も。
ほんの数分のことだったんだろうけれど、私はたくさんの記憶を通り抜け、気が付けは涙が溢れていた。
「書きたい」
不思議なことに、本を見上げながら願ったのはただそれだけだった。
電話が鳴る。
その音にはっと姿勢を正した。
昨夜の事を思い出している場合では無かった。
目の前の画面にはメールフォームが開かれており、
「いつもお世話になっております。」という文字列だけ書かれている。
仕事中にも関わらず、全く関係のない事を考え込んでいた。
いかんいかん、と軽く首を振る。
意識せずとも書けるメールの定型文作成を再開しながら、気持ちを仕事に向ける。
今日は早く帰ると決めているのだ。
早く帰って、今の気持ちを形にするために。
寄り道 錯羅 翔夜 @minekeko222
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