第42話 ファーストコンタクト

 拠点に戻り、前回やったようにティラピアへ小麦粉をまぶしたソテーを人数分作る。

 みんなでお昼を食べながら、俺はライラの顔を見ては目をそらし、顔を見ては目をそらしを繰り返していた。

 当然ライラは俺の目線に気が付くわけで、少しだけ顔を赤らめながら俺へ問いかけてくる。

 

「な、なんでしょうか、良介さん、少し照れちゃいます」

「あ、あの、ライラ……え、ええと」

「は、はい!」


 ライラは両手を胸の前で組み、固唾をのんで俺をキラキラした目で見つめている……。う、そんな期待されても……余計言い辛いじゃねえか。

 

「あ、ああ。えええと、ああああ、言うのが……」

「だ、大丈夫です。言葉でなくても……」

「だ、だけどな、そんな見つめられると」

「あ、そうですよね」


 ライラは大きな目を閉じて、キュッと唇を閉じた。

 そ、それはそれで緊張するな。今更何を戸惑ってんだよ、俺。

 

「ライラ」

「はい!」

「そ、そのだな、人間と会ってみる気は無いかな?」

「はい、良介さん、私も……え?」


 ライラは目を見開き、口をポカンと開けたまま固まってしまう。

 そ、そうだよなあ。人間のことをあれほど怖がっていたもんなあ。

 

「む、無理にとは言わないんだ。俺はこれまで二回会っていて、ナタとかほら、他の道具なんかもいただいたじゃないか。その人たちなんだけど……」

「……」


 しどろもどろになりながら、ライラへ何とか説明しようとするけど彼女はみじろき一つしてくれない。

 ぐ、ぐおお。くああ!

 

「き、危険はないと思う。万が一の時には俺がちゃんと君を守るから」

「……あ、すいません。良介さん。え、ええと何のお話でしたっけ?」


 ようやく再起動したライラへ俺は人間と会うことを打診する。

 彼女は眉をしかめたものの、考えた様子もなく口を開く。

 

「良介さんと一緒でしたら、行きます」

「そ、そうか……ありがとう。もちろん、会う前に彼らと話をしてから会ってもらうようにするから」

「はい」


 ライラはクスクスと子供っぽい笑い声をあげる。

 

「ど、どうしたの?」

「いえ、良介さんの焦った姿が少しおかしくて」

「そ、そうかな」


 後頭部に手をやり「えへへ」と変な笑みを浮かべる俺へ、ライラは腹を抱えて笑い出した。


「ライラ、怖い思いをさせるけどごめんな。会った後でいいから、会う前の人間の印象と会った後の人間の印象を聞かせてくれないか?」

「はい、分かりました。でも一つだけ人間と会うならお願いがあります」

「なんだろう?」

「え、ええと、人間と会っている間……手、手をつないでくれませんか?」

「もちろん!」


 やっぱ恐怖感はぬぐえないよな。俺が手を握ることで少しでも安心してくれたらいいんだけど……。

 

 ◆◆◆

 

――翌朝

 俺は今、ガイアたちと会うために街道沿いに向かっている。ライラには少し離れたところの木の上で待機してもらい、一方俺はポチに騎乗したまま街道へと出た。

 すぐにガイアたちの姿を見とめ、俺が手を振ると向こうも気が付いていたようで手を振り返してくれる。見たところガイアたちは前回会ったのと同じメンバーで、ガイア、ヨハン、ニーナの三人だけみたいだ。

 そのまま彼らの元まで来ると、ポチから降りた俺はガイアとガッチリと握手を交わした。


「よお、良介、元気にしていたか?」

「うん、少し驚くことがあったけどね」

「ほう、どんなことなんだ?」


 俺はガイアの傍らに立つヨハンへ目を向ける。


「どうかされましたか? 大魔法使い様」

「ヨハンの師匠に会ったんだよ。直接じゃあないけどさ」

「い、いつの間に。師も僕に一言くらい言ってくれても……」


 何となくだけど、ウォルターを使役するヨハンの師は細やかな気配りなどしなさそうな人物に思える。

 彼の知識はこの上なく役に立ったことは間違いないんだけどなあ。問答していても、言葉足らずだしこちらを試すような物言いをして分かり辛いことこの上ない……。

 

「師匠は何か言っておられましたか?」

「うーん、いろいろ教えてくれたんだけど……俺からヨハンに言っていいのか判断ができないんだよ」


 ウォルターの師から聞いた内容は、俺の気持ちを確認した後に教えてくれた情報も含む。

 アリのことのように開示してもいい情報もあるんだけど、人間族と悪魔族の歴史とかは気軽に言っていい情報なのか分からないんだよな。


「そうでしたか、師匠に聞いてみます」


 悩む俺に対しヨハンはあっさりしたもので、特に不満を見せるわけでもなくそう言った。

 なんかヨハンのこの態度だけで、普段の師匠とやらが想像できてしまうなあ……。

 それは置いておくとして、ライラを待たせているんだ。先に悪魔族のことをガイアたちに言わないとだな!

 

「ガイア、ヨハン、ニーナ、少し相談したいことがあるんだ」

「商品のことなら、ニーナに聞いてくれよな!」

「確かに、この中だと一番ニーナへお願いすることが多いんだけど……それは今後のことなんだ。まずは三人に聞いて欲しい」

「なんだよ、改まって。気にせず何でも言ってみな!」


 ガイアはガハハと豪快な笑い声をあげて俺の肩を抱くと力いっぱいバンバンと俺の背中を叩いてくる。

 ちょっと、力が強すぎだって! 俺は少しむせながらも言葉を続けた。

 

「君たちは悪魔族のことを……い、いや、悪魔族と友好的に接してもいいとか……うーん、うまく言えない」

「りょうちゃん、難しいことを言わんでええで。要は悪魔族と商売できるならやりたいかってことやろ?」


 ニーナがしたり顔で助け船を出してくれる。

 

「あ、ああ。うん、間違っちゃあいない」

「りょうちゃんのことや、もう連れてきてるんやろ?」

「な、何故それを」

「りょうちゃんの顔を見たら誰でも分かると思うで? おっちゃん、ヨハン、うてもええか?」


 ニーナが二人に目を向けると、彼らは即頷きを返した。

 

「ありがとう。大丈夫。危険はないから」

「そんなん言わんでも分かってるて。りょうちゃんが合わせようって人やからな」

「そ、そうか……じゃあ、連れて来る」

「ほおい。待ってるで」


 俺は急ぎライラを迎えにポチへと騎乗する。

 

 ◆◆◆

 

 ライラを連れてガイアたちのところへ戻ってきたんだけど、困った事態になっている。

 

「ラ、ライラ……」

「う、うう」


 ポチに騎乗した俺の後ろでギュッとしがみついたまま放そうとしないライラへ声をかけるが、彼女はくぐもった声を出すばかりで俺の背中から顔をあげようとしない。

 目前にはガイアたち三人がこちらを伺っているのだが……。

 

「ガハハ、良介、まさか悪魔族が逆に俺たちを怖がるなんてな!」


 ガイアは陽気な笑い声をあげながら、バンバンとヨハンの背中を叩く。

 対するヨハンは顔をしかめガイアへ迷惑そうな視線を送っていた。

 

「りょうちゃん、全く危険が無いことは分かったさかい……ええっと、りょうちゃんの『彼女さん』、うちら何もせえへんよ?」


 ニーナ、最後の猫なで声は結構気持ち悪い……というか胡散臭くて何かされそうな雰囲気がプンプン漂ってくるって……。

 しかし、ライラは「彼女……」と呟いた後、突如顔をあげた。

 

「は、はじめまして。悪魔族のライラです」

「まったくう、りょうちゃん。こんな可愛い彼女がいるならうてえやあ。可愛い服やアクセサリーを持ってきたのにい」


 ニーナは嫌らしい顔で肘をツンツンする仕草をする。親父臭くなってるぞ……それだと可愛らしい容姿が台無しだ。

 何だか分からないけど、この会話をきっかけにライラとガイアたちは打ち解け、昼食を食べる頃にはライラの恐怖心はすっかり払拭されたのだった。

 

「そういや、りょうちゃん、今日は何を持ってきたんや?」


 パンをかじりながら、ニーナが商人らしいことを尋ねてくる。

 

「あ、ああ。鹿の毛皮と後は大量の木材を」


 俺はポチにぶら下げていた布袋を取り出すとニーナへ手渡す。

 彼女は中を改めながら、「ほうほう」を声をあげ商品の価値を見定めているようだった。

 

「りょうちゃん、これなら商品になるで。そんで、木材ってどこにあるん?」

「それは……ここで出しちゃっていいかな?」


 ニーナが頷いた後、俺はタブレットを手に出し、三つほどの「属性」を解除した木のブロックを現実世界に出現させる。

 

「これって、りょうちゃんの魔法のブロックやん?」

「いや、少し違うんだ。これはいつものブロックと違って木材になってるんだよ」

「ふうん、少し切れ目を入れてみてもええか?」

「うん」


 ニーナは懐からナイフを出して、木のブロックの端っこへ刃を当てる。

 

「うん、確かに木材やな。これをどれくらい持ってるんや?」

「んー、三十くらいあるけど……」

「馬車に積んでもらえへんか?」


 ニーナは立ち上がると、馬車の幌を開ける。

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