第38話 女王

 アリが出てー、まだ待てえー、アリ―が三匹揃ったらー、一気に潰す。コンボだコンボ―。

 あははははー。

 

「兄貴、お昼を持ってきたぜ」


 ハッ。俺は一体何を……。無心でアリを潰していたら、トリップしていたようだ。

 ゲームセンターでワニを叩くゲームをやったことがあるだろうか? あれの最後の方で「もう怒ったゾ」と本気を出してくるのだが、アリの奴もしばらく潰していたら鬼のような速度で次から次から出てきやがった。

 単調作業を繰り返していることもあり、つい遊びに走ってしまったのよ……。我ながらさっきまでのテンションはおかしかったと思う。

 反省はしていないがね。

 

「ありがとう、アッシュ」

「さっきまでの兄貴はいつもより凄まじかったぜ。カッコよかった!」

「あ、うん」


 や、やめてええ。穴があったらアリの穴以外に入りたい。

 アッシュはいい笑顔で先ほどの俺の様子を語ってくるう。

 

「ア、アッシュ。アリの奴はまだまだ出てきそうだ。日が暮れるまで今日も潰し続ける」

「おう! 村のみんなは手分けして畑や家畜の世話をしているぜ」

「了解。アッシュも狩りに行っているんだろ?」

「ああ、兄貴のために大物を狩ってくるからな! 夕飯は楽しみにしておいてくれよ」


 アッシュは手を振り、空へと飛び立っていく。

 彼と会話を交わしているうちにもアリが巣穴から数匹出ている。一体どんだけいるんだ? アリの奴ら……。

 

 それはともかく、昼食はっと。

 お、今日はフランスパンみたいな硬いパンをサンドイッチ風にしたものだ。入っているのはバター、レタスみたいな野菜に鹿肉かな。

 味はまあ……うん、だけど、これは俺が飽食の日本で生まれ育ったから持つ感性だから仕方ない。

 なにより、サンドイッチなら食べながらアリを潰すことができるように配慮してくれたことが嬉しい。

 

 片手でサンドイッチを持ち、もう一方の手でタブレットを出してアリを潰していく。タブレットをタッチするのはサンドイッチを持った手だけど、タブレットはどれほど汚れた手で触っても汚れ一つつかないから問題がないのだ。

 サンドイッチを食べ終わる頃、アリの出が鈍ってくる。

 

 そして、腹具合メーターによると二時間くらい経過する頃にはアリの出が完全に止まった。

 お、打ち止めか?

 

 これまで数えてないけど、二百以上のアリは潰したと思う。あのサイズのアリが二百以上巣くう巣穴となれば……中は相当広いことが予想される。

 ひょっとしたら、窪地に出たアリとここに出たアリは同じ巣のアリかもしれないな。

 

「ポチ、どうした?」


 アリが出てこないので立ち尽くしたままボーっとアリの巣を眺めていたら、ポチが低い唸り声をあげ始めた。

 次の瞬間、ブロックの囲いの外側の地面がボコりと浮かんで中から何か巨大なものが頭を見せる。

 あ、あれはアリの頭か!

 

 未だ頭だけが地面から出て来ただけなのだが、サイズがおかしい。

 頭だけで、これまでのアリの全長くらいあるじゃねえか!

 

 ハッキリと音が聞こえるほどの地響きを立て、巨大な頭が完全に地面から顔を出し首……そして、胴体の半ばほどまでが姿を見せた。

 これだけの地響きが立っているというのに、ブロックで作られたやぐらはこゆるぎもしない。これなら、奴が体当たりをしてきたとしてもビクともしないだろう。すごいぜ、ブロック!


「わんわん」

 

 ポチが特大サイズのアリに向かって吠える。

 ついに特大サイズのアリが全貌を見せ、そいつと共に通常サイズのアリも十匹ほど地面から地上に上がってきた。

 特大サイズのアリは他のアリと見た目が異なる。腹部が三メートルくらいあり、色もメタリックブルーでなくメタリックイエローだ。

 俺の知識から判断するなら、あの特大サイズのアリは女王アリだろう。地球のアリと同じであれば、女王アリが出てくるってことは新たな巣を作る時に他ならない。

 

 そう、あんな風に羽をはばたかせて次の巣を作りに飛び立つのだ。

 

 って、うおおおい。飛ぶのはまずい、ここまで来たら一たまりもねえぞ。

 俺は急ぎタブレットを出し女王アリを囲い込むべく、タブレットの中のブロックを操作する。

 

「わうん」


 ポチの声に顔をあげると、女王アリと目が合った!

 奴は巨大な顎をすり合わせ始め、ガラスを爪でひっかいたような不快なことこの上ない音が響き渡る!

 

 この音はヤバい! 俺は悪寒を感じ、自身と女王アリを遮断するようにブロックの壁を前に出す。

 何か、強烈な音を発する何かがブロックの壁にぶつかった音が鳴り響く! しかし、ブロックはビクともしなかった。

 

「ポチ、伏せて」

「わんわん」


 俺の指示に反して、ポチは後ろ脚を下げて俺に乗るように促す。

 ほんの一瞬だけどうすべきか迷ったが、俺はポチにまたがった。

 ポチを危険に晒したくなかったけど、普段は何でも言うことを聞くポチが譲らないんだ。

 彼は喋ることができないけど、こう言っている――

 

 「共に戦おう」と。

 

 先ほどの音が再び鳴り響くが、ブロックに阻まれ俺に届くことは無かった。

 この攻撃もずっと続くはずがない。きっと鳴りやむと時が来るはず……。俺はポチの首元の毛を握りしめ静かにその時を待つ。

 

「ポチ、目の前の壁を取るぞ」

「わうん」


 俺は自分に言い聞かせるようにポチの首もとを撫でる。

 今がチャンスだ! 

 タブレットを操作し、視界を塞いていたブロックを取り除くとハッキリと女王アリの姿が目に映る。

 

 まず確認すべきは顎。うん、顎の動きは止まっている。俺には効果が無いと諦めてくれればいいんだけど……。

 もう一つ、羽はどうなった? 羽は相変わらず動いたままだな。いつ飛び立ってもおかしくない。しっかし、あの巨体でどれだけの飛行能力があるんだろう? 櫓の上まで飛べるとなると厄介だな。

 

「わんわん」


 ポチが気合の入った声を出し、一息に高くジャンプする。

 その下を何かが通り抜けた! あ、危なかった。何だあれは?

 飛び去った方向を見ると、通常サイズのアリだった。一体どうやって? ここまで飛んできやがったんだ!

 

「わん」


 ポチが再び高く飛び上がる。

 今度はちゃんと確認できたぞ。女王アリが羽で通常アリを吹き飛ばして砲弾のように使いやがったのか。

 

「ポチ、もう一度ジャンプした時に仕掛ける」


 三度みたびアリの砲弾が飛んで来るが、ポチがジャンプを行って凌ぐ。

 俺はその間に、タブレットを操作し映しこんだ女王アリの真上にブロックを並べ、ブロックを実体化させた。

 

 現実世界に出現するブロックは重力に引かれ、二十メートル以上の距離を落下!

 羽を震わせているため身動きが取れない女王アリにブロックがドーンと炸裂する。

 

 畳みかけるように、更にブロックを出現させ女王アリにぶつけているとついにブロックが女王アリを押しつぶす。

 続いて、女王アリと共にわらわらと出て来たアリをブロックで囲い込み駆除を行った。

 

 動くものがようやく無くなったことを確認した俺は、膝の力が抜けガクリと腰を落とす。

 あ、危なかった。ブロックの弱点は遠距離攻撃と飛行なんだ……。女王アリがもし櫓の上にまで上昇できるほどの飛行能力を持っていたらと思うとゾッとする。

 幸い、奴は飛ぶために羽を使ったわけじゃなかったから飛ぶ姿を見ることは無かったが……。

 

 ブロック自体の性能は素晴らしいけど、俺自身は戦いに関してズブの素人なのだ。慎重に詰将棋のように事を運ばねば。

 ポチがいてくれてよかった。

 

 俺はポチの頭をわしゃわしゃして彼に感謝を述べたのだった。

 

 あ、いかんいかん、座っている場合じゃない。まだまだアリが出てくるかもしれないから立たないと。

 しかし、膝に力が入らず立つことができない……。

 

「あっ晴れ! 良介。まさか、女王に巣を諦めさせるとはな!」


 いつの間にやってきたのか、ウォルターがポチの頭のうえにとまるとそんなことをのたまった。

 

「何とか仕留めたけど……ひやひやしたよ」

「女王を倒してしまうことも素晴らしいが、女王をここに出させたことこそ尊いのだ。分かるか? 良介。女王が地上に出るということはだな、決死中の決死のことなのだよ。女王とは唯我独尊、巣の奥深くで座して動かぬ存在――」


 ああああ、こんなときに長話をするんじゃねえ。

 全く頭に入ってこないぞ。まあ、ウォルターが長話をする時、大半はどうでもいい内容だから聞き流そう。

 

「で、ウォルター、女王アリが出て来たってことはもうアリはいないの?」

「まだいるはずだ。しかし、女王を失ったアリなど烏合の衆に過ぎない。抵抗する力も無くしているだろうよ。ほっといても巣は滅ぶ」

「なるほど。明日、女王アリが開けた巨大な穴に焚火を突っ込んでみるか」

「必頭無いとは思うがね。好きにするといい」


 ふう、ようやく膝に力が入るようになってきたぞ。

 この後、アリの巣穴を観察していたが一匹もアリが出てくることはなかった。

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