第37話 ウォルターの慧眼
「ウォルター、水攻めをしようと思っていたんだけど、断念したんだよ」
ウォルターは食べ物のことばっかりだが、案外鋭いところがある。これだけでたぶん俺が何を言わんとしているか分かってくれるはずだ。
「水は悪手だろうな。だから、『巣の中』を攻めないのかと聞いたのだが?」
人間だったらため息をついて肩を竦める仕草をしそうな雰囲気を漂わせて、ウォルターは嘴をパカパカ開いた。
俺の予想したとおりウォルターは、正確に水攻めの弱点を見抜いている。
「それってどういうことなんだ?」
「そのままの意味だよ、良介」
「巣の中に入って行って殲滅しろってこと?」
そいつはさすがに厳しいぞ。
しかし、ウォルターは頭を回し俺の頭をつついてきた。
「だから、痛いってば!」
「ちょっとは頭を使え。アリを巣の外へ追い立てればよかろう」
「巣の中に入ったら外では無関心のアリも襲い掛かって来るんじゃないか?」
「おそらくそうだろうが……いいか、良介――」
ウォルターは出来の悪い生徒へ諭すように言葉を続ける。
アリの巣は幅一メートルくらいあるから、無理すれば人間サイズでも中へ入っていくことはできる。しかし、狭すぎて武器を振るうこともできないし身動きが取れないからアリの攻撃をかわすことも難しい。
幸運にもアリを倒せた場合、飛び散る蟻酸でこちらも無事では済まない。
「ウォルター、それだったらアリの巣に入るのは無理だろう?」
「まあ、最後まで聞け。良介にアリの巣攻略の難しさを講義しただけだ。ここからが本番なのだよ。いいか――」
ウォルターはアリの巣を殲滅するには二段階の作戦が必要と説く。
一段階目は間引きだ。アリが好む食料を巣穴近くに設置し、アリを誘引する。アリは好みの食材がある地域には穴が塞がったとしても、近くに別の穴を開けるほど執着して取りに来る。
執着心の強いアリが諦めるほど駆除を進めたら、相当数のアリを減らすことができるとウォルターは言う。
なるほど。「好みの食材」については考える必要がないな。まさにここ悪魔の村がそれに該当する。だって、翌朝に三つも穴を開けるほどなんだからな。
第二段階が巣穴からアリを炙り出し、殲滅することをウォルターは提案する。
「ウォルター、出て来たアリを全て潰すのは問題ないと思うんだけど……どうやってアリを外に引っ張り出すんだ?」
「良介、例えばだ、お前の家の中がゴミだらけになってたらどうする?」
「そら、ゴミを外に出すよな。あ、そうか」
「ようやく理解したようだな」
ウォルターはそう言うと翼をはためかせて俺のお昼ご飯を奪い取った。彼はそのまま嘴でツンツンと啄み俺の昼食をむさぼり始める。
この態度は、後は自分で考えろってことだろうな。まさか、もう目の前の食事が我慢できないってわけでもあるま、い……いや、ありえるかも。
そ、それはいい。考えを整理しよう。
アリの数を減らすところまではいい。次の段階は巣の中にいるアリを出来得る限り外へ炙り出すことだ。
ウォルターとの問答で一つ良い手を思いついた。
それは――
――煙だ。
人間ならば煙に巻かれると逃げ出そうと動くが、アリに影響があるのかは不明。だが、アリは巣の中の異変を探るだろう。
アリの巣穴の出入り口で火をつけ煙を中へ流す。やれそうならアリの巣穴の中へ油壷なりを放り込んでもいい。
そうなれば異物を排除しようとアリたちは躍起になるに違いない。様子を見に来たアリを順次潰して行けばほとんどのアリを殲滅できるはずだ。
最後は女王アリなり卵なりが巣の中にあるはずだから、それを潰しに巣穴の中へ入らないといけないけど……。
うまくいけばラッキー程度に考えておくとするか。
もしうまくいかなかった場合、餌で吸引作戦をアリがここへ来るのを諦めるまで続ければいい。根気と時間がかかりそうだが、悪魔族の村からアリを追い払うという目標は達成できると思う。
「兄貴! お待たせ。なんだこのカラス、兄貴の飯を!」
考えがまとまったところにちょうどアッシュが戻ってきて、カラスを追い払おうと手を伸ばす。
「いや、そのカラス……ウォルターは俺の友人なんだ。そのまま食べさせてやってくれ」
「じゃ、じゃあ、兄貴の分を持ってくるよ」
「ううん、半分は食べたから問題ない。それより大事な話があるんだアッシュ」
「お、おう!」
アッシュはキラキラした目をして期待からか翼を震わせる。
俺は先ほど考えた作戦をアッシュに伝えると、彼は何度も手を打ち「おおおお! さすがだぜ兄貴!」を連発していた。
「――という作戦なんだ。エドと相談したいんだけどどうかな?」
「俺もその案がいいと思う。しっかし兄貴。こんな短時間で思いつくなんてすげえや」
「あ、この作戦はほとんどウォルターのおかげなんだよ」
「え? このカラスが? 兄貴はカラスと喋ることができるのか!」
アッシュは驚いたようにウォルターへ目を向ける。
ちょうど一心不乱に食事を食べていたウォルターが食べ終わったようで、こちらに首を回した。
「全く煩い奴らだな。食事くらい静かに食わせろ」
「うおおお、カラスが喋った!」
ウォルターの言葉にアッシュは飛び上がらんばかりにのけぞり驚きを
「何を言うか、我が輩は誇り高きレイブン族のウォルター・ゴールドスミスというのだ。覚えて置けよ、少年」
「少年じゃねえ。俺は大人だ!」
「ふん」
ウォルターはどうでもいいと言わんばかりに顎をあげると翼をはためかせて空へと飛び立っていった。
あ、お昼終わったからな……もうここには用が無いってことか。
分かりやすい奴だな、ほんと。
「兄貴、人が悪いぜ。人語を話すカラスなら教えてくれたらいいのに」
「アッシュは喋るカラスに会ったことが無いの?」
「おう。俺が喋ったことあるのは、同族とエルフくらいだよ」
「なるほどな。俺も初めてウォルターが言葉を発した時、驚いたものだよ」
「だよなー」
アッシュと話をしている間にも巣穴から新たなアリが顔を出し、キルゾーンに入った瞬間に俺が潰している。
昨日と異なり、囲いに通り道を開けることなく囲いは閉じたままだ。むざむざアリを外へ出し、食料を奪わせる必要もないからな。
俺たちが到着する前に出ていたアリが戻ってきた時だけ、囲いを開きアリを中へ誘引する。その場合、アリが巣穴に入る前に潰す。
「しっかし兄貴、あのアリをまるで雑草を引き抜くがごとく『処理』していくよなあ」
「害虫駆除と思って淡々と……」
「じゃあ、俺はエドに兄貴の案を話してくるぜ」
「ゆっくりとでいいぞ。ついでにアリが好みそうな食料でも聞いてきてくれ。使うかどうかは分からないけど……」
「おう。たぶんアレしか用意できないと思うけど、一応聞いてくる!」
飛び立っていくアッシュを見送り、俺は黙々とアリ駆除作業を続ける。そうなのだ。これはモンスター退治ではなく、「作業」。ブロックの力が無ければここまで楽に駆除はできないけどな……。
この後、日が暮れるまでアリの駆除を行い、ブロックの組み替えを行った。
昨日と異なり、巣穴は塞がないで囲いの範囲を数倍に広くして、高さを十メートルほどになるまで積み上げる。それに伴い、櫓の高さも倍にした。
万が一、アリ同士が積み重なって外に出てこないようにと思い広く高くしたけど……やりすぎだったかもしれない。
◆◆◆
やってまいりましたアリ退治。これで三日目の朝となりました。さて、アリの様子は……。
ブロックの壁の高さが高すぎて、地面からだとどうなっているかまるで分らないな。高層建造物が無い村の中にそびえ立つブロックの壁は……違和感しかない。
そんなこんなで櫓の上に登り、囲いを見下ろす。
「なんじゃこらああああ!」
思わず叫んでしまった。よかった一人で……アッシュは後から来ることになっているけど、今は俺しかいない。
だって、あれだけ広くした囲いの中にびっちりと埋め尽くすアリ、アリ、アリなんだぞ。
アリがアリの上に登っている様子は無かったから、壁の高さは気にしなくてもよかったな……。まあ、駆除したアリの上に生きているアリは平気で乗り越えていくから、ある程度の高さが必要なことは変わらない。
外側から潰して行って、囲いの範囲を狭くすることから始めようか……。まだまだ沸いてくると思うが、どんだけこの村が好きなんだよ、アリの奴ら。
この分だと第一段階の間引きにまだまだ時間がかかりそうだな。とはいえ、悪魔族の村人は今日から村に残った物資をキャンプ地に運んだり、家畜を放牧させたりといったことをしてもらっている。
囲いがある限り、アリが外に出ることは無いからね。そう遠くない日に村へ戻ってもらうことができるはずだ。
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