第32話 モフモフの魅力
「い、いいのー? 賢者さま?」
戸惑いながらもフィアの目は大きくなったポチに釘付けになっている。
これからライラたちの父親に会うべく拠点を出発しようとしたんだけど、ポチに全員が騎乗するには少しスペースが狭い。
フィアが倒れていた時、ポチに三人乗って戻ってきたことはあったが、あれは非常事態なのだ。もっとも、ポチ自身は苦にもしていない様子に見えたけど……。
そうは言ってもだな、乗られるからと言って無理して大人数を乗せるのは、愛するポチに申し訳ない。
そんなわけで、ポチに興味津々だったフィアへ「乗ってもいいよ」と言ったわけなのだ。
「ポチ」
俺が呼びかけると、ポチは伏せの状態になって「はやくはやくー」と尻尾をパタパタと振る。一方のフィアはというと、彼の尻尾の動きに合わせて首が左右に揺れとても可愛らしい。
「賢者さま、触ってもいい?」
「うん」
フィアがつぶらな瞳をキラキラさせてポチの前でちょこんとしゃがむと、撫でられることを期待したポチの尻尾の勢いがますますパワーアップした。
う、ううむ。どっちも可愛いなあ。
フィアがポチのお腹をそっと撫でると、彼は「もっと撫でて―」とフィアの方へ顔を向ける。それに応えるかのようにフィアは両腕を伸ばしポチに体ごと密着し、スリスリと彼のふわっふわのフサフサへ顔を埋めるのだった。
ん、んん。視線を感じる……。
「ライラ、触りたかったら触っていいのに」
「い、いえ」
物凄く羨ましそうな顔でポチをじーっと見ているライラに気が付いた俺は、口では断ったものの目線をまるでポチから離そうとしない彼女の手を取りポチの首元へと導く。
「フィアの前で子供っぽいのではと思ったんですが……」
ライラは少しだけ頬を染めて、うらめしそうに俺を見つめてくる。
そんな彼女の仕草に俺は微笑ましくなってクスリと笑みを浮かべた。
「俺が普段どれだけポチをモフモフさせているか、ライラだって知っているだろう?」
「は、はい」
だから、気にせずモフっていいよと言おうとしたが、すぐにライラはポチの首元をモフモフさせ始める。
や、ば、い。俺もモフモフしたくなってきたああ。
俺は蜜に引き寄せられる蝶々のように、フラフラとポチの頭に手をやると、気の向くまま彼の頭をもしゃもしゃわしゃわしゃ撫でまわしたのだった。
「賢者さまー、そろそろ行こうー?」
ハッ! 俺は今まで一体何をしていたのだ? ライラがポチをモフっていたところまでは覚えているんだが……。
俺はポチの首元に埋めた顔をあげ、頭をガリガリとかくとフィアにポチへ乗ってもらった。
「わああああ。すごーい。ポチ」
フィアを乗せたポチが立ち上がると、高くなった視界に彼女が歓声をあげる。
うんうん、そうだろう。そうだろう。俺も初めてポチに乗った時、感動で言葉が出なかったものだ。
◆◆◆
窪地の上にあがるとフィアの案内で進むこと少し……。
木々の間に切り株が集まった場所があり、ちょっとした広場になっていた。その中央で切り株に腰かける一人の男は、俺たちの姿を認めると立ち上がり軽く会釈を行った。
男はライラたちの父親だから悪魔族なんだろうけど、彼女らと容姿が随分と異なるなあ。額から短い三角形の角が一対生えていて、背中からは一メートルほどの長さのある大きな黒い翼。
肌の色と瞳の色はライラと同じではあるが、口元からは二本の牙が見えていた。歳の頃は見た感じ四十代半ばほどの鋭い目をしたナイスミドルって感じなんだが、牙や角があって多少厳つくは見えるかな。
彼は俺の姿を見たにもかかわらず、表情を変えずにこちらを静かに伺っていた。
「はじめまして、
「話はフィアから聞いているよ。私はエド。よろしく」
ガッチリと握手を交わす俺とエド。彼は俺へ恐怖するどころか、薄っすらとした笑みを浮かべて表面上は歓迎する態度を見せている。
握手をした時、尖った爪が少し擦れてチクッとした痛みが走ったのは秘密だぜ。
「お父さん……」
「ライラ、無事だったんだな! どれほど、どれほどお前のことを心配したか……」
ポチのそばから動こうとしないライラを見とめたエドは、彼女へ駆け寄り強く彼女を抱きしめた。
「私……ごめんなさい。お父さん」
「いいんだ。お前が無事なら。私もローラもお前のためと思って……すまなかった」
「うん……」
しばらく抱き合っていた二人だったが、エドの方から体を離す。彼は俺の方へ一歩進むと、深く頭を下げたのだった。
「ありがとう。賢者よ。あなたが倒れていたライラを救ってくれたと聞いた」
「い、いえ……」
「本当にありがとう。ライラが……娘が生きていてくれてこれほど嬉しいことはない」
エドは再び俺の手を取ると両手で俺の手を握りしめる。
しかし、こうも俺のやったことを信じられるものなのかと疑念が浮かぶ。
「おねえちゃん、パパー」
フィアが感極まったように二人に駆けよると、二人はフィアを中心にして再び抱き合う。
あ、そうか。フィアがエドに「事実」を話したからか。ライラ曰く、彼女は嘘がつけないほど純真だと言う。まあ、それを抜きにしても愛する娘の言うことを頭から疑う親はいないか。
なんだよ、ライラ、いい親父さんじゃないか。
親子の様子をじっと見守っていた俺は、久しぶりに父さんの顔を思い出していた。
父さん、どうしているのかなあ。ここに来ているのか、それとも日本で暮らしているのか……。
彼のことはまるで心配していないけど、俺が頼りないから父さんは俺の安否に気を病んでるかもしれない。そう思うと、少し沈んだ気持ちになってしまう。
「ライラ、エドさん、後でじっくりお二人で話をしてもらえれば」
「そうだな。賢者よ。あなたの魔術でアリが何とかなるかもしれないとフィアから聞いている」
俺の呼びかけに、エドは娘に対する父親の顔から大人の顔へと戻り言葉を続ける。
「フィアから聞いているとおり、村はアリに侵略されているのだ」
「はい。そう聞いています」
「アリは硬く、倒すのになかなか手間がかかる。それが数十という単位で出て来ている状況なのだ。もはや対応ができぬ状態になっている」
「村の皆さんはどうされているんですか?」
「そうだな。少し座って話をしないか?」
エドに促されるまま俺は切り株に腰かけると、全員が腰を下ろしポチはフィアの前で寝そべる。
やるじゃないか、ポチ。一番不安そうにしているフィアのナイトになるなんて。
エドが話す悪魔の村の状況は、もはやどうしようもないと言っても過言ではないと思う。
アリを駆除しようにも、数が多く、一匹のアリを攻撃するとアリの大群が反撃してくるそうで、そのまま攻撃することもできない。
やるとしたら、アリ同士に気が付かれないよう一定数を集めて隔離し、各個撃破する必要がある。
やっぱり厄介なのがアリの暴力的な物量で、倒しても倒してもどんどん涌いてくるアリの飽和攻撃に成すすべが無い。
今ではアリと徹底抗戦しようという者はいなくなり、ただただアリがいなくなるまで耐え忍ぶことで村の意思が統一されつつあるという。
「なるほど、状況は分かりました。そうなると食料はどうなるのです?」
「一時的に村を放棄し、離れたところで狩猟生活するしかなくなる」
「畑や畜産は全滅ですよね?」
「そうだ。豚や鶏は生存しているが、家畜の餌は根こそぎ持っていかれてしまう。家畜を連れ出しても飼育する環境を整えることが不可能なのだよ」
う、ううむ。一時的に狩猟で飢えは凌ぐことができるだろうけど……他の全てが無くなってしまうのか。
これは、アリがいなくなった後に戻ったとしても厳しい生活が予想される。
やはり、アリを駆除するのが最善か。だが、俺一人の力ではアリを殲滅させることはできない。
「エドさん、一つ、考えている手があります」
「おお!」
立ち上がり、目を輝かせるエドへ俺は眉をひそめて続ける。
「しかしながら、いくつか問題があるんです」
「それは何かね?」
「一つは俺が人間だということなんですよ」
「う、うむ。確かに。悪魔族の村で『人間の見た目』をしたあなたが入るとなると村は騒然とするだろう」
「そこはクリアできそうですか?」
「アリを倒せるのならば、何とかして説得してみせる」
強い決意を見せるエドを見やり、俺は大きく息を吐いた。
「俺の作戦は村の皆さん全ての協力が必要です」
「ほう。どのような手を?」
「まずは、俺の能力を見てください」
俺は立ち上がると、手にタブレットを出し樹木をタブレットに映しこむ。
俺の作戦を理解してもらうに、ブロック化アプリの力を先に見てもらった方がいいだろうからな。
そう考えながら、俺はタブレットに出ているブロック化の決定ボタンをタップするのだった。
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