第31話 小麦粉があるじゃないか

 俺が考えを巡らす間にライラは村の様子をフィアに聞いているようだった。


「フィア、村の人が良介さんを見たらどうなると思う?」

「んー、わたしは賢者さまが優しい人だって分かったけど、初めて会う人はびっくりすると思うー」

「やっぱりそうよね……。説得力のある誰かにこっそりと良介さんにお会いしていただいて……なら」


 ライラの言葉を聞いて、フィアはピコーンと頭に電球が出たかのように何かを思いついた様子で、トテトテと俺のそばまで寄ってきた。

 フィアはさっきまで俺におびえていたのが嘘のようにすっかり安心しきった雰囲気で俺のズボンの裾を掴む。


「賢者さまー、パパに会ってみるのはどうかなー?」

「ん?」


 フィアのパパ? 大人の人に会ってってことなのかな?

 彼女は見たところ、成人しているようには見えないし……。

 

「良介さん、私とフィアは姉妹でして。私の父は村の代表――村長なのです」


 ライラが言いづらそうに眉をひそめながら、バツが悪そうに俺を見上げてくる。

 彼女は両親の結婚の勧めを振り切ってここまで逃げて来たんだった。

 なるほど。彼女らの父親は村長だったのか。それなら、村への影響力も大きいはずだ。彼が乗り気になってくれればうまく事が運ぶかもしれないな!

 

「フィア、ライラのことは黙っていてもらえるかな?」

「えー、どうして? 賢者さまー」

「え、ええとだな」


 どう言っていいものか、言葉を詰まらせるているとライラが下唇をギュッとすぼめ俺の方へ向き直った。


「良介さん」

「あ、うん」


 近い、近いって。ライラは俺の肩を両手で掴み、決意したようにじっと俺の目を見つめてくる。

 彼女の迫力に俺は少し気圧されてしまう。

 

「村の危機を良介さんが救えるのなら、私のことは気にされず」

「あ、いや。俺が君たちの父さんに会えばいいだけだよね? 別にライラと一緒に会わなくてもいいし……フィアにライラのことを黙っていてもらったらいいんじゃ……」


 俺はさっきフィアに言ったことをライラへも提案する。

 しかしライラは首を横に振り、言葉を返した。

 

「それは難しいです。フィアはその……純真なんです」


 ライラの察してという目線に俺は頷きを返す。うん、そういうことね……。

 つまり、フィアにここでライラに会ったことを隠すことはできないってことだよな。

 

「おねえちゃん、パパもママも心配していたよー」


 空気をまるで読まずにフィアはあっけらかんと呟く。

 それに対し、ライラは膝を落として彼女の両肩に手を乗せると言い聞かせるように口を開いた。

 

「フィア、おねえちゃんはもう戻れないの」

「どうしてー? 賢者さまが離してくれないのー?」

「……」


 ちょ! ライラ。そこで俺の方へ顔を向けないでくれるか! フィアまでこっちをじーっとつぶらな瞳で見つめているじゃないかよお。

 途端にダラダラと冷や汗をかいてしまう俺は、人差し指でポリポリと頬をかく。何か何か言わねえと。

 

「フィア、ライラは村にいられなくなっちゃんたんだ」


 我ながらどうとでも取れる言い方をしてしまったけど、間違っちゃあいない。

 だって、ライラは結婚すれば村の外に出るんだろ? あ、違うのかな。お相手は村の中の有力者とかかも。し、しまった。

 焦る俺と対称的にフィアはしょぼんと肩を落とす。

 

「でもー、パパもママも、おねえちゃんが戻ってきさえしてくれたらもう何も言わないって言ってたのー」

「え?」


 ライラは驚きで目を見開く。そんなに意外なことなんだろうか?

 親にとって子供が行方不明になってしまったんだったら、普通、憔悴するって……。

 二人はそのまま会話を続ける。


「パパもママもおねえちゃんがいなくなってから、毎日同じことを言ってたよー」

「どんなことなの、フィア?」

「おねえちゃんの好きにやらせてあげたらよかったってー。でもでも、おねえちゃんがいてよかったー!」


 キラキラした瞳でライラを見つめるフィアに対し、肩を震わせてギュッと彼女を抱きしめるライラ。


「ごめん、ごめんねフィア。でも私、どうしてもあのままじゃダメだったの」

「いいのー、おねえちゃんが元気でよかったのー」


 二人はしかと抱き合って、ライラの目からはとめどなく涙が流れている。

 しんみりとした気持ちで二人をしばらく眺めていたら、ライラはフィアから体を離し俺の方へ一歩進み出た。

 

「良介さん、私、もう一度、両親と話しをしようと思います」

「おう!」

「だから、あの……その……」


 俺は両手を前にやりモジモジするライラを抱き寄せると、背中に腕を回しギュッと抱きしめる。

 彼女はほうと息を吐き出すと、俺の胸へ頭を埋め強く抱き返してきた。

 

「大丈夫だよ、ライラ。きっとうまくいく」

「はい」


 ライラが落ち着くまで、頭を撫で彼女の背中をさする。

 しばらくそうしていると、彼女は顔をあげ俺から体を離した。

 

「ありがとうございます。良介さん」

「あ、う、うん」


 赤くなった目で満面の笑みを浮かべるライラにドキリとしてしまい、言葉を詰まらせた俺……。

 

「賢者さまー、おねえちゃんー」


 フィアがだだだっと俺とライラの間に入ってくると俺とライラを交互に見やる。

 そして、両腕を伸ばし俺たち二人の手を握ると、ブンブンと手を振った。


「ライラ、君の父さんとの会談のやり方は任せる。ただ、俺がいきなり悪魔族の村へ行くのは避けたい」

「分かってます。一度フィアに戻ってもらって、窪地の外で会おうと思います」

「了解!」

「良介さん、フィアと私、良介さんの三人で会おうと思ってますけど……よろしいですか?」

「ああ。何度も来てもらうのも大変だろうし。ライラとフィアが先に家族水入らずで話をしてくれてもいいよ?」

「いえ、あの……」


 ライラは俺の手を握りしめて、潤んだ瞳で縋るように見つめてくるじゃあないか。

 うん、俺がいて少しでも不安が紛れるなら喜んでついていこう。

 

「あ、そうだ。今日のお昼は魚にしない? 考えた料理があるんだよ」


 俺は沈んだ空気を一変させるべく、ことさら明るい声であからさまに話題を変える。

 

「はい! 楽しみです」

「うんー」


 二人も俺の気持ちを汲み取ってくれたのか笑顔で応じてくれたのだった。


 ◆◆◆

 

 ポチに網を引いてもらって、ティラピアを選別し拠点へ持ち帰った俺たち。

 ティラピアはそのまま焼いただけだと、塩を振っても泥臭くておいしくなかったんだよな……。そこで、俺は思いついたのだ。

 ガイアたちからもらった食材の中に小麦粉があっんだけど、それを見てピーンと思いついたんだよ。ふふふ。試してみる価値はある。

 

 まずティラピアを三枚におろし軽く塩を振る。魚の切り身から塩の効果で水分が出て来たところで、布で湿気を取り去った。次に小麦粉を入れた器にさきほどの魚の切り身を入れてパタパタと切り身を振るう。

 これをフライパンで焼けば完成だ。薄っすらとした記憶なんだけど、泥臭い魚を調理するのにテレビでやっていたものの真似なんだよ、これは。確か……イタリア風ソテーとかなんとか。

 まあ、名前やらはどうでもいい。

 

 ジュージューとした音を立てて、焦げ目がついて来たところで切り身をひっくり返し待つこと二分……いい感じにこんがりと焼けたぞ。

 

「よし、みんな食べようじゃないか!」


 レモンとかあれば最高だったけど、あいにくそんなものはない。パイナップルや柑橘類ならありそうなんだけど……。


「おいしいです! 良介さん」

「おいしー」


 おお、ライラとフィアには好評なようだ。でも、彼女らの味覚を当てにしてはいけない。

 だってさ、ライラはあの「ヒュドラの肉」でさえ、おいしそうに食べていたんだからな……。

 

 俺は切り身をフォークに突き刺すと、大きな口を開けてそれに噛みつく。

 カリッとした音が響いて、中からジュワッとジューシーな魚汁が出てくる。

 む、むむ。これなら、泥臭さはさほど気にならなくなった。うん、今までで一番マシな一品だと思う。何かさっぱりした物を添えることができれば、普通においしく食べることができそうだな。

 

 食事を終えた俺たちは、フィアを窪地の上まで送って彼女の戻りを待つことになったのだった。

 しかし、フィアと別れてから気が付いたんだが、彼女が戻ってきたところで連絡手段がない……。携帯電話社会に慣れてしまった弊害だな……これは。

 俺はウォルターへ肉と交換で夜間以外の時間帯は定期的に窪地の上を見に行ってもらうように依頼し、事なきを得た。

 

 フィアが戻ってくるのは早くても明日だろうと思っていたら、その日の夕方に彼女は戻ってきて夕飯を一緒に食べることになる。

 彼女は明日の朝、彼女の父と窪地の上で落ち合うように話をつけてきたそうだ。し、仕事が早いな。

 幼い感じでぼーっとしている雰囲気を持つ彼女が、これほどテキパキとやってしまったことにかなり驚いたことは、俺の心の中だけの秘密にしておこう。

 

 食事の後は体を洗い洗濯もついでにやってから、ポチをモフりながら就寝する。

 明日の話し合いはうまくいくといいなあ……。

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