第29話 アリもぺしゃんこだー

 らせん階段を構築し上に登ると、アリの囲いを見下ろす。さて、アリはどのように動くか……。

 アリは先端が赤く不気味に点滅する触覚をブロックの壁に当て様子を探っている。そのまま壁沿いを一周したアリは、自身が閉じ込められていることにようやく気が付いたようだ。

 ここからだぞお。

 

 アリはブロックの壁をよじ登ろうと壁に脚をかける。

 どうだ?

 壁に張り付けた脚を軸にもう一方の脚を出すアリだったが、ギザギザした細かい体毛をもってしてもブロックの壁に脚を固定することができずつるりと滑ってしまい地面へと脚が落ちてしまう。

 お、おお! そのまま様子を観察していると、アリは何度も壁をよじ登ろうと挑戦しているけど、一歩たりとも進むことができなかった。

 

 ひょっとしたらアリなら垂直のブロックの壁を登ることができるんじゃないかと懸念していたけど、どうやら杞憂だったようだ。アリなら、断崖絶壁も苦にせず易々と登ることができるだろう。

 何しろ奴ら……コンクリートの壁だって簡単に登ってしまうからな。しかし、アリといえどもツルツルした床なら脚を床に噛ませることができず進むことができない。

 もしブロックに細かい傷がついたら、登ることができるかもしれないけど……ブロックの性質からして傷がつくことは無い。つまり、ブロックで取り囲めばアリは脱出不可能となるわけだ。

 

 次に確認したいのはアリの習性になる。

 登ることが不可能な状態でアリはどう動くのかってことを知りたい。

 

「ウォルター、悪いが空からアリが来ないか見張っててくれないか? もしアリが来たら対処しないとだから」

「ふむ。興味深い実験をしておるから見ておきたかったが……仕方あるまい。了承した」


 へええ、ウォルターがこんなことに興味を示すなんて意外だ。彼は食べ物のこと以外に執着しないと思っていたんだけど……。

 

――十五分経過。

 アリはずっと壁をよじ登ろうと同じ動作を繰り返している。二匹とも行動は変わらない。正確には全く同じ動作ってわけじゃあないんだけど、登る位置を変えてはいるが「登る」以外のことはしていない。

 ふむ。二匹しかサンプルがなく短い時間だから確定とまでは言えないけど、障害物に囲まれたアリは愚直に同じ動作を繰り返し乗り越えようとする。

 何か知的な動作をするのではないかとか羽がついていて飛んだりするのんじゃないかとかいろいろ考えたが、そういった能力は持っていないようだな。あるとすればアリがアリの上に乗っかって乗り越えてくることくらいかな。

 

「良介、アリが一匹こちらに迫ってきておるぞ」

「了解。ウォルター」


 ちょうど確認が終わったところだ。このアリは始末してしまおう。

 俺はタブレットを手に出すと、ブロックを操作して……お得意の空からドーン! でアリを駆除した。

 

 それじゃあアリが来るまでにブロックを組み替えるとするか。


「ポチ、一旦少し離れよう。ブロックの数が足らない」

「わんわん」


 ポチのふわっふわの首元をわしゃわしゃすると、彼は元気よく吠えて俺の指示した方向へ進んでくれた。

 木のそばまで来るとポチに止まってもらい、三本ほどの木をブロック化する。

 そして、再びアリの巣穴まで戻り、タブレットを手に出した。

 

 作るのは「囲い」だ。アリの巣穴を中心にして四ブロック先を四角く囲みこむ。高さは三ブロック。穴を掘られないように地面にもブロックをキッチリと敷き詰めた。

 一か所だけアリが入ってこれるようにブロックを取り除き、これで完成だ。後はアリが入ったら入り口を閉じる。こうなるとアリはもう出てくることができなくなるって寸法なのだ。

 後は登ろうと必死になって動きをとめ狙いやすくなったアリをブロックで押しつぶせば駆除完了となる。

 

 うん、我ながら完璧だぜ。


「ウォルター。後はアリが来るのを待つだけだ」

「うむ。よく考えたな、良介」


 アリが襲って来ないとも限らないから、俺は待つ場所として周囲を高さ三ブロックの壁で囲ってその中にらせん階段を作る。

 この後、俺はアリをじっくり観察しながら駆除することになったのだった。

 

 ◆◆◆

 

 拠点に戻る頃にはすっかり日が暮れ、月が顔を出していた。ライラがかがり火を準備していてくれて、ゆらゆらと赤い灯りに照らされた拠点は人の顔が見えるほど明るい。

 ライラの気遣いに心の中で感謝していたんだけど、肉の焼ける香ばしい香りが鼻孔をくすぐりそれどころじゃあなくなってきた……。

 お昼も食べずにアリの駆除に出かけたから、もうたまらん!

 

「良介さん、すぐに食べられますのでどうぞ」


 ライラは両手に串で刺した猪肉の塊を持って笑顔を見せる。

 

「いや、先にポチとウォルターにあげてもらえないか?」

「もう食べてますよ。ポチもウォルターも」


 え? いつの間にと思って見渡すとむしゃむしゃと一心不乱にポチとウォルターが肉にかじりついているじゃないか!


「ライラとフィアはもう食べたのかな?」

「はい。先に頂きました。フィアは私の部屋で既に眠っています」

「了解。じゃあ、さっそく頂くよ」


 猪肉のお味はどうかなあ。鼻を近づけてみると、うーん。素晴らしい香りだ。口内に唾液が溢れてきて、お腹が早く早くと言わんばなりにぐうううと鳴る。

 塩をパラパラと振りかけていざ実食!

 

 う、うん。鹿肉よりは良い。

 が、やっぱり獣臭は鼻につくなあ。塩だけだと中々「おいしいいい」とまではいかないか。

 それでも、これまで食べた肉の中では一番良いぞ!

 

 俺は満腹するまで肉を食べ、ライラに礼を言った後事実へ向かった。

 

――その日の晩。

 寝そべったままポチをモフっていると、次第にウトウトしてくる。ポチモフは俺の寝る前の日課になってきているのだ……ああ、幸せ……モフるのってこんなに癒しになるんだと現代社会では気が付かなかったよ。

 毎日ポチと一緒に寝るようになって、テレビもスマートフォンもない状態だからこそ分かった事実だ。もっとはやく気が付いていれば……。


「良介さん、起きておられますか?」


 部屋の外からライラの声。

 む、むむ。どうしたんだ?

 

「うん、起きてるよ。何かあったの? ライラ」


 体を起こし、ライラを手招きすると彼女は少しだけ頬を染め部屋に入ってきた。

 

「フィアのことで少しご相談が」

「あ、ちゃんと話をしておいた方がよかったね。気が回らなかった」

「いえ、フィアは『熱中症』で衰弱しているだけだと思っていたのですが……」

「それだけじゃあなかった?」

「はい。良介さんのことをまだ恐れているようでして……それに『アリ』も」

「ん、悪魔族は人間が怖いと聞いているし、そこはまあ仕方がないとして『アリ』もなの?」

「はい。そこでお願いがあるんです」


 ライラのお願いとは、俺のブロック能力をフィアに見せてくれないだろうかということだった。それくらいならお安い御用だ。

 明日、フィアと会ったらすぐにでもやってみせよう。

 あ、そうだ!

 

「ライラ、ついでだからアリをブロックで仕留めるところを見せたらどうかな?」

「え、アリは全て駆除されたのでは?」

「うん、そうなんだけど、一時的に巣穴を開ければ出てくるだろう?」

「はい、ですが……」

 

 言いよどむライラへ俺はことさら明るい声で言葉を返す。

 

「アリが来てもあっさりと駆除することで、フィアに大丈夫だと安心させることはできないかな?」

「なるほど! さすが良介さんです! それでお願いしてもいいですか?」


 ライラはようやく明るい顔になってくれた。

 俺は彼女を安心させるようにさらっさらの髪の毛を撫で、彼女へ笑顔を見せる。

 

「ありがとうございます。良介さん、私もフィアも救っていただいて……」

「ライラのことはともかく、フィアを助けたのは俺だけじゃあないよ」


 よっし、じゃあ明日は朝からアリ駆除に行くとするか。ライラが落ち着いてくれたことでほっとした俺は、ついついあくびが出てしまった。

 つられてライラも可愛らしい口を開けてあくびをする。

 

「じゃあ、また明日」


 手を振り、踵を返そうとしたがライラの様子がおかしい。両手で指遊びをしながら、落ち着かない様子なんだけど……どうしたんだろ。

 

「あ、あの……良介さん」


 ライラは俺の名を呼んだが、何かを言おうとして口ごもる。

 

「ライラ、言い辛いことなら無理して言わなくても、そのうちでいいよ」

「い、いえ……そ、そのお……良介さんは信じられないことですが人間なんですよね?」

「うん。そうだけど……」


 しっかしライラはコロコロ表情が変わるなあ。今度は神妙な顔になって真っ直ぐに俺を見つめて来たのだ。

 

「悪魔族の男の人と人間の男の人って違うんでしょうか?」

「お、俺に言われても……悪魔族の男には会ったこともないんだけど……」

「そ、その……ううう、やっぱり言えないよお」


 ライラは真っ赤になってイヤンイヤンと首を振ると、くるりと振り向きそのまま自室へと駆けて行った……。

 な、なんだったんだ……一体。

 

 俺は部屋に戻ると、ポチのお腹を枕かわりにして就寝したのだった。

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