第26話 アリだー

 ポチに乗ったまま断崖絶壁を降りていると、ウォルターが弧を描きながら飛んできてポチの頭の上に着地した。

 彼が拠点以外にいるときにやって来るなんて珍しいな。

 

「良介。アリが出たぞ」


 ウォルターはいつもの不遜な態度ではなく、焦ったように早口でまくしたてる。

 

「アリ? それがどうしたの?」

「『どうしたの』じゃないのだよ、良介。きゃつらは食すことができる物ならば何でも巣に持ち帰るのだ」


 どっかで聞いたような話だな。

 そうだよ。くちばしを上下に動かしてうるさい奴と同じじゃないか。

 

「どうしたのだ?」


 俺のじっとりとした視線に気が付いたウォルターが首をこちらに向けた。

 

「いや、何も」

「そんな呑気にしている場合ではないぞ。良介」

「じゃあ、何をしたらいいんだ?」

「巣穴に続く穴を何とかせねば、アリがどんどん湧いてくる」

「その穴の位置は分かるの?」

「もちろんだとも」


 ふんと嘴を天に向けて頭を逸らすウォルター。

 まあ、危険だというなら後で彼に案内してもらって、アリの巣とやらを埋めるか。全く、アリ如きに何をそんなに必死になってんだか。

 あ、同族嫌悪ってやつか?

 

 何て呑気に考えていたけど、この後とんでもない奴らだったと気が付かされることになる。

 

 ◆◆◆

 

 拠点に戻ると、ライラに手伝ってもらって鶏、ヤギの入った檻をオープンデッキに置く。

 俺は元気そうにコッコと声を出す鶏と、ノンビリとリラックスしているヤギを眺めながらライラへ問いかけた。

 

「ライラ、鶏とヤギはどうしようか?」

「そうですね。逃げ出すと困りますので、飼育小屋を作ってみてはどうしょうか?」

「じゃあ、厩舎を作ってみるから、思うところがあれば言ってくれないかな?」

「はい!」


 オープンデッキを拡張して、厩舎へと続く道を先にブロックで作る。その後、家の半分くらいのサイズがある四角い厩舎を二つ建築してみた。

 厩舎は家の二階と同じサイズにして高さを確保し、屋根に近い位置にあるブロックをいくつか抜き取った。この部分を窓にしよう。鶏は飛ぶことはないんだけど、低い位置だったら乗り越えちゃう可能性もあるからね。

 ヤギの方も中を同じ作りにしておいた。というのは特にヤギ用、鶏用とデザインを別にする必要性を感じなかったからだ。

 

「こんなもんかな?」

「はい。仕切りをつけていただいて、そこに藁か乾燥した草を敷きましょう」

「うん。ありがとうライラ」


 ライラと一緒にヤギと鶏の寝床を準備し、厩舎用の扉を準備する頃には日が傾き始めていた。


「よっし、こんなもんかな」

「はい!」


 両手をパンパンと叩いて完成した厩舎を眺めていたら、バシャバシャと小川の水が跳ねる音がしたので目をやると、巨大化したポチが元気よくこちらに駆けてきていた。

 

「わうん」

「お、ポチ、狩りに行っていたのか! ありがとう」


 お座りしたポチのそばに鹿が置かれており、彼はハッハと舌を出して俺を見つめている。


「えらいぞお。ポチ」


 俺はポチのモフモフした首周りをわしゃわしゃすると、彼はご機嫌に「わん」と吠えた。

 

「私も撫でていいですか?」

「うん」


 遠慮がちにライラもポチの頭を撫でると、彼は目を細め気持ちよさそうに尻尾をパタパタと振る。


「よっし、日が暮れるまでに鹿を解体して夕飯にしようか」

「はい!」

「わんわん」


 俺はさっそく鹿の解体をすべく、鹿の脚を枝に引っかけてつるし刃を入れた。

 うん、俺もすっかり手馴れてきたもんだ。最初は気持ち悪いとか思っていたけど、もう流れ作業のように鹿肉をブロックに分けていくことができるぞ。

 

 俺が解体作業をしている間にライラは薪になる木の枝を集めてきてくれていて、木を乾燥させる魔法を使ってくれているようだ。

 雨が降っても手間にならないように、薪小屋を作ろう。そこに枝をためておいたら乾燥の魔法を使わなくてすむよな。

 

 俺の解体作業が終わる頃にはライラが火の準備を終えていて、すぐに肉を焼き始めることができた。

 やっぱライラって手際がいいよな。うんうん。

 

 感心してライラに目をやり、腕を組んで頷いていたら彼女は俺の目線に気が付いたようだ。

 

「どうされましたか? 良介さん」

「いや、俺の動きに合わせて動いてくれてありがたいなあって」

「たまたまですよ。良介さん。良介さんの作業するスピードがあがっただけです」


 少しだけ頬を染めてむきになるライラが可愛くて、つい笑い声が出てしまう。

 すると彼女は「もう」とだけ呟き頬を膨らませた。

 そこへ、肉が焼ける匂いを嗅ぎつけたウォルターがさっそうと現れ、いけしゃあしゃあと肉を早くとせがんでくる。

 

「ウォルター、ポチ、先に食べていいからな」

「わんわん」

「ありがたく、頂かせてもらうぞ」


 ポチとウォルターに肉を渡すと、彼らは他には目もくれずむしゃむしゃと食べ始めた。

 俺とライラの肉が焼けて「さあ食べるぞ」と口を開いた時、ウォルターが思い出したように呟く。

 

「時に良介、アリの巣は明日でよいのか?」

「あ、そうだった。もう暗いし明日でいいかな」


 俺は軽い感じで受けごたえしていたんだけど、ライラが食べる手をとめて蒼白な顔になっているじゃないか。

 

「どうしたの? ライラ」

「良介さん、ア、アリが出たんですか?」

「たぶん。ウォルターがアリの出てくる穴? を見つけたんだって」

「りょ、良介さん! そ、そんな呑気な……アリが出たとなると一大事ですよ!」

「え、えええ!」


 ライラの鬼気迫った表情に俺は目を見開く。

 アリって、あのアリじゃないのか?

 

「良介、我が輩の時とえらく反応が違うのだが」


 カラスが何か不満を述べるが、残念ながら俺の耳には一切入ってこない。


「ライラ、アリのことを教えてもらえるか?」

「は、はい。良介さん」


 ライラは身振り手振りをくわえてアリのことを説明してくれるが、終始顔は青ざめたままだった。

 アリは形こそ俺の想像するアリと同じだったんだけど、サイズが……大型犬くらいあるらしい。しかも、体色が光沢のある黒じゃなくてメタリックブルーだというのだから、気持ち悪さが倍増する。

 こいつは、事前に聞いてなかったら卒倒していたかもしれん。

 アリってことで想像はついたけど、奴らの性質は俺の知っているアリとそう変わりはなく巣に食べ物を溜め込むのだそうだ。頑丈な顎を持っているものの、地球のアリと違って自分たちより弱い生物へ襲い掛かって捕獲するようなことはまずないとのこと。

 しかし、地球のアリと同じく奴らの数は膨大でサイズがサイズだけに集める食料の量がとんでもない量になる。つまり、アリが目をつけた地域の食材は根こそぎ持っていかれてしまうってことなのだ。

 なるほど。ライラが恐れるのは分かる。またアリは自身に攻撃が加えられると必死で抵抗するらしいから、駆除もなかなか大変みたいだし……いかんせん物量がなあ……。

 

「ライラ、それはかなりマズイ生き物だな」

「そうなんです。アリが村の近くに出てしまうと、最悪の場合しばらくの間村を放棄することになります」

「ううむ。それなら、早急に穴とやらを塞ぐしかないか」

「土で塞いでもすぐに出てきちゃいますよ。あ、良介さんなら!」


 どうやらライラも気が付いたようだ。そう、ブロックだよブロック。

 ヒュドラの鱗でもビクともしないブロックならばアリが穴を開けることなんてできないと思う。すでに巣の外に出て窪地を徘徊しているアリは別途駆除する必要があるけど、巣穴に関しては問題ないと思う。

 

「そういうことなら、安心だな。良介。我が輩は休むことにするぞ」

 

 ウォルターは腹が一杯になったのか、満足気にゲップをすると翼を羽ばたかせて木の上にとまった。

 

「ライラ、明日、ウォルターに巣穴まで案内してもらうから、今日のところは休もうか」

「はい!」


 片付けをした後、自室に戻った俺はポチの背中を撫でながら、仰向けに寝転がった。

 異世界は蚊とかヒルがいなくてラッキーとか思っていたけど、もしかしたらアリと同じでいるのかもしれないなあ……巨大化して……。

 大型犬サイズの蚊に血を吸われたらただじゃあすまねえぞ! ヒルも危険度の高い生物になり、見た目の気持ち悪さも倍増する。

 うわああ。想像したくねえ。俺はそんな奴らがいないことを願いながら就寝したのだった。

 

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