第25話 ゴム

 綿でできたタオルで体を拭いて新しい服を着たが、下着が無いから何だか座りが悪い……。ダメだダメだ。贅沢を言ってはいけないぞ。

 今まで着替えが無かったんだから、これでも相当便利になったんだって。コットン生地の服は肌触りもよいしな! しっかし、ゴムが無いからトランクスを作るにも手間だなあ。

 紐で結ぶしかないか……。

 

 とか考えながら、元の場所まで戻ってきたが、ライラがまだだったから椅子がわりにしている小さいサイズのブロックに腰かけると、待ってる間の手持無沙汰から再び変な妄想が頭に浮かんできてしまう。

 てことは……ライラの下着も結び目は紐? もともと彼女が着てたものはどんなものなんだろう? 異世界ではなぜか下着や水着だけは現代風の見た目をしていることが多い。この世界だとどうなんだろ。

 まさかライラに見せてというわけにもいかないから……あ、ガイアたちに俺の下着について聞けばいいか。トランクスがあるなら、ブラジャーだってあるはず。

 い、いや、これは変な意味じゃなくてだな。下着の替えがないとライラだって困るだろう?

 

「お待たせしました」

「あ、いや。ああう」


 こんな時にライラから急に声をかけられたものだから、焦ってしまって変な声が出てしまった。

 

「洗濯のやり方を教えてもらえるかな?」

「はい! じゃ、じゃあ。この服で説明しますね」


 ライラは綺麗に折りたたんだ服を俺に向け、くるりと踵を返して小川へと歩いていく。

 あの中に下着も……。ゴクリとつばを飲み込んだ時、またしても俺の妄想を遮るようにライラの声が!

 

「あ、良介さん、うっかりしてました。石鹸を持っていかないと」

「あ、ああ。そうだね」


 この後洗濯のやり方を教えてもらったんだけど、俺の服でやってもらうことにしたのだった。それくらいのデリカシーは俺にだってあるからな。

 決して残念だなんて思っちゃあいない。決して……。

 

 ◆◆◆

 

 洗濯ものを枝に引っかけて干した後は、布の縫製に取り掛かる。

 大きな布を出して、ハサミでちょきちょきと適当な大きさに切った後、俺とライラは向い合せに座る。

 

「針に糸を通すのは分かりますか?」

「うん、それくらいならなんとか……」


 そうは言ったものの、なかなか手ごわい……針通しとかの細かい便利グッズはないから糸を針に通すだけでも時間がかかってしまう。

 やっと糸を通して顔をあげると、ライラが微笑ましいものを見るような慈愛の籠った表情で俺を見ているではないか。

 しかし、彼女は俺と目が合うと、ハッとしたようにワザとらしく首を振る。

 

「お、終わりましたか?」

「うん」

「良介さんは初めてですので、布の縁を折りたたんで縫い付けてみてください。私は自分の服をつくっちゃいますね」

「おう」


 ライラは俺の服を着ているものだから、ぶかぶかでV字に開いた服の胸元から控え目な中が見え……いや何でもない。

 

「どうしましたか? やり方が分かりませんか?」

「い、いや。大丈夫だから、元の姿勢に戻って……」

「え、あ」


 前かがみになったら見える、見えるって!

 俺の指摘に気が付いたライラは頬を染めて慌てて元の姿勢に戻る。

 この後は黙々と作業を進めたが、俺の指は傷だらけになってしまったとだけ言っておこう……次はうまくやるもん!


 

 翌日も午前中は狩りに、午後からは縫製に従事した。ようやくライラの服が完成し、彼女は俺のインナーシャツまで作ってくれたのだ。

 え? 俺がやった縁を縫い付けただけの布はどうしたのかって? それはね、ラグの上に被せたんだよ。

 更に作業は進み、布の四方を縫い付けて敷布団、上布団も作成した。後は……ベッド本体があればやっとベッドで寝ることができるぞお。

 そんなわけで、翌日はノコギリやらを使ってベッド作りを行う。ついでに棚や椅子なんかも作ろうってライラと話し合ったんだけど、一日かけた結果できたのはベッドが二個だけだった。

 残りは次の日以降だなあ……あ、ダメだ。翌日はガイアたちが来る日じゃないか!

 

 ◆◆◆

 

 ポチに神輿を乗せて、ガイアたちとの待ち合わせ場所である街道まで行くと先に彼らは到着していた。


「よお、良介!」

「やあ、ガイア。みんなも来てくれてありがとう」


 ガイアたちは前回会った時と同じ三人が揃って来てくれている。


「りょうちゃん、ヤギと鶏をそれぞれ二くらいでええかな?」


 さすが商人。ニーナはさっそく馬車の幌を開けて中の商品を見せてくれた。

 中には彼女の言う通り、籠にヤギと鶏が入っていて幌を開けたことによる光に驚いたのか元気よく鳴き始める。

 

「お、おお。ありがとう、ニーナ」

「鶏とヤギ自体は大した値段じゃないねん。連れて来るのが大変なんやけど、馬車やったら半日もかからんし。問題ないで」


 ニーナは俺へ説明しながらも、馬車の中に乗り込むとごそごそと棚の中をまさぐり始めた。


「確か、ここに……あ、あったあった」


 ニーナは一抱えほどある袋を手のひらに乗せて、それを俺に手渡す。

 さっそく中を開けてみると、ん、これは柄はなくて少し裾が長いけど紛れもなくトランクスだ。

 ん、まだ他にも入ってるな……。

 

「ニーナ、これは?」

「あ、それ、うちのや。そんなところに入っとったんか。ええで、りょうちゃんにサービスや」

「これをどうしろと……」

「まあ、いいじゃねえか。いつか使うかもしれねえって! ガハハ」


 横で様子を見ていたガイアが俺の背中をバンバン叩きながら豪快な笑い声をあげた。

 い、いやでもこれ、ニーナの下着だよな……。だが、先日妄想していたことの答えが分かった。異世界らしく女性用の下着はなぜか現代風のブラジャーとパンツである。

 トランクスもそうだけど、ゴムとかどうやって作っているんだろう……疑問は尽きないが、おそらく魔法に違いない。分からないことはきっと魔法なのだ(極論)。

 

「ありがとう。これでヒュドラの鱗分ってことにしていいかな?」

「何言ってんねん、りょうちゃん。これだけでヒュドラの鱗分にはならんで」

「ん、じゃあ。しばらくの間、定期的にここに来てくれる手間賃ってことでどうだろ? あと情報が欲しい」

「どんな情報が欲しいんや?」

「この辺で採れる物で売り物になる物って何かないかな?」


 俺の問いにニーナは顎に手を当てて眉を寄せる。

 俺としては鱗はラッキーで手に入っただけだし、これだけ多くの物をもらってしまっていいのかと思っているくらいだ。

 今後のことも考えて、こちらから出せる商品のことまで聞けるならもう言うことは無いんだよ?

 

「そうやな、鹿とかの毛皮やろ、安いけどココナツの実とか……」

「塩なんかはどうかな?」

「塩って岩塩なん?」

「うん、岩塩は見つけたんだよ」

「うちらの拠点は港街ジルコンって言うたやない。そこでの塩の価格でええなら買い取れるで」


 ほう。港街ってことは海水から塩を作っているんだろう。それだと手間がかかるだろうから、それなりの値段で買い取ってくれそうだな。

 掘り起こすためのツルハシなんかもこの前の道具に入ってたから、岩塩はいいかもしれないぞ。

 

「おいおい、ニーナ。良介ほどの奴だったら、モンスターの素材の方がいいんじゃねえか?」


 ガイアが話に割って入ってくるが、俺としてはモンスターとドンパチは避けたいところだよ……わざわざ危険に飛び込んでいくなんてしたくない……。


「大魔法使い様、ニーナ、ガイア、その話は食事でもしながらしませんか?」


 いつの間にか火起こしをしていてくれたヨハンが、鍋を準備しながら俺たちへ声をかける。


「お、そうだな。そうしようぜ」

「ありがとう。ご一緒させてもらうよ」


 俺は彼らの好意に甘えることにしたのだった。

 食べながら、彼らは自分たちの考える「商品」について思い思いに語り聞かせてくれる。いろんな情報はありがたいぜ。

 話を総合すると、やっぱり塩が一番よさそうだよなあ。次点でモンスターの鱗か甲羅とかそんな固い素材。もし狩らねばならぬ状況になってしまったら、モンスターの外殻は置いておくことにするかあ。

 ヨハンは薬草や野草について教えてくれたんだけど、写真もなく口頭だけの説明ではどの草を指すのかイマイチ理解できなかった……残念だ。ヨハンに付いてきてもらったら分かるんだろうけど、いつか拠点に彼らを誘ってみたいな。

 それには、悪魔族と人間の情報をもう少し集めないと……。ライラ以外の悪魔族からの話も聞けたらもう少し情報が整理できると思う。しばらくの間は、ライラと彼らの接触は避けた方がいいだろう。

 

「ありがとう。みんな!」

「こっちこそ、ありがとうよ! 今度は酒でも飲もうぜ。バーデンとジルコンに来るなら、旨い店に案内してやるからな!」

「りょうちゃん、またな」


 ガイア、ニーナと続けて握手を交わしていく。最後に残ったヨハンが神妙な顔で口を開いた。

 

「大魔法使い様、僕の師が一度あなたにお会いしたいと希望しているのですが、いずれ師をお連れしてもよいでしょうか?」

「うん、わざわざ来ていただくのは申し訳ないけど……会うのはこちらも歓迎だよ」

「ありがとうございます」


 俺はヨハンとガッチリとした握手を交わし、ポチに騎乗する。

 今回もたくさんの収穫があった。特に外の情報を聞くことができるのは大きい。

 

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