第18話 冒険者とご挨拶

「す、凄まじいな。その魔法」


 ようやく再起動したガイアがブロックの壁を茫然と見ながらそう呟く。

 俺もそう思うよ。ブロックアプリのブロック作成能力や移動能力はそれだけで凄まじいものなんだけど、恐るべきはブロックの強度なんだよな。

 元は木材のはずなのに、上空から落とそうが、かまどにして高熱に包まれようがビクともしない。繋ぎ合わせたブロックは今のところ衝撃を受けても一切揺らがず、継ぎ目は水を通す隙間さえ開かない。

 一体どのような作りをしているのか俺には想像がつかないけど、とんでもない物体であることは確かだ。硬い鱗を持つというヒュドラにぶつけても、ブロックは傷一つついてないんだから……。

 

「ガイア、その不遜な物言いは何とかならないですか?」

「俺は俺だ。誰であろうが変わらねえ」

「僕はこれほど偉大かつ壮大な大魔術を見たのは初めてです。まさかヒュドラをあのような形で仕留めるなんて……」

「便利な魔法だよな。あの魔法があれば野宿知らずだぜ」

「ガイア……」


 俺が考え事をしている間に二人はひそひそと言い争っている……。割って入るか悩ましいところだけど、ここはそうだな。

 

「自己紹介がまだでしたね。俺は良介と言います」


 俺は全く空気を読まず、先ほどし損なった自己紹介をすることにした。

 

「おう、俺は冒険者をやっているガイアだ。よろしくな」


 ガイアが右手を差し出してきたので、俺は彼と握手を交わす。

 

「はじめまして、大魔法使い様。僕は魔法使いのヨハンです。お会いできて光栄です」


 ヨハンは目をキラキラさせながら、俺と握手をすると感動したように頬を綻ばせた。

 ライラの時もそうだったが、魔法に造詣ぞうけいが深い人は俺を伝説の偉人のように思えてくるのだろうか。

 

「あ、いや、普通に話しをして大丈夫ですよ」

「いえいえ、そのようなわけには」

「ヨハン、本人がいいって言ってんだ。それでいいじゃねえか」


 俺の言葉にヨハンとガイアは真逆の反応を返す。ま、まあ。ライラの時と同じだが、敬意を払われている方が危害を加えられる可能性が低くなるので都合がいいと言えばその通りなんだが……背中がムズムズする。


「ところで、良介。あいつはどうするんだ?」

「ん?」


 ガイアは顎でブロックの壁を指し示す。あ、中にいるヒュドラをどうするかってことか。

 おそらくもう倒し切ったと思うんだけど、もしまだ生きていたらと思って放置していたんだ……。

 

「わんわん」


 呑気な鳴き声を聞いてポチを見やるとえらいリラックスしているじゃないか!

 大きなサイズのままの彼はその場で伏せすると、尻尾をパタパタと振り始めまるで警戒する素振りを見せない。

 ポチは遠くからヒュドラを見た時でも既に唸り声をあげていたくらい鼻が利く。そのポチが完全に弛緩してい、ああ、分かった分かった。

 俺がポチに注目したことに気が付いたポチは、首を俺に擦り付けてくる。撫でてーと言わんばかりに。

 

「よーしよし」


 巨大化したポチのモフモフ感はいつもと違って潜り込めそうなくらいフサフサだぜえ。おおお、奥まで手を突っ込んだら肘まで埋まるじゃないか。

 これはモフモフし甲斐があるってもんだ。

 俺はポチをモフりながら、手にタブレットを出してガイアたちへ目を向ける。

 

「あ、すいません。壁を取り除きますので念のため少し離れてもらえますか?」

「おう」


 ガイアとヨハンは俺の言葉通りに、数歩後ろに下がる。

 俺はタブレットを手に出すと、ブロックを全て移動させて画面上に待機状態にした。こうすることで、現実世界のブロックは一時的に消失するのだ。

 ただし、待機状態だとブロックを作ることはできなくなる。一旦決定を押してブロックの待機状態を終了させないと、他の機能を使うことができない。

 しかし、待機状態であってもタブレットの画面に映りこんだブロックを移動させて待機状態に変更することは可能なんだ。この機能を使えば、画面に入らなければならないという制限はつくもののブロックを手元にストックしておくことができる。

 さっきライラのいる場所から「ブロックを引っ張ってきた」のも「待機状態」を利用したのだった。とても便利な機能で重宝している。

 

 さて、壁を取り除いたのはいいが……正直なところヒュドラの姿を見るのが少し怖い。ぐっちゃぐっちゃのミンチになってんじゃないのかなあと恐る恐るヒュドラを見に行くと、多少ひしゃげていただけで原型は保っていた。

 八つの首は頭が陥没していたり首が半ばから折れていたりと致命的なダメージを負って沈黙している。体部分もブロックが埋まったであろう四角い痕跡を見つけることができた。

 硬いうろこに覆われていたのが原因なのか不明だけど、ヒュドラから血は流れ出てはいない。死因は頭を全て潰されたことによるものだと推測される。人間だって首の骨が折れたり頭が陥没したら致命傷だからな……。

 

「さすがにあれだけの攻撃を受けたらヒュドラと言えども一たまりもねえんだな。やるじゃねえか、良介」


 ガイアは手をバシバシと俺の背中を叩きながら褒めてくれるが、ブロック作成アプリの力なのでやっぱり気恥ずかしいよ。

 

「大魔法使い様、ヒュドラはどうされるんですか?」

「硬いうろこは使いどころがありそうですが……」


 ヨハンの問いかけに、俺は考え込んでしまう。硬いヒュドラの鱗ってナイフで切れるんだろうか……もし分解して持っていけそうなら持って帰ろうかなあ。

 俺じゃあ無理そうなら、後でライラをここに連れてこよう。

 

「すまん、良介、ヒュドラが気になると思うが、少し休んでいいか?」

 

 そうだった。ガイアたちは少なくとも俺が確認した時から先ほどまでずっと走っていたんだ。

 

「気が利かずすいません」


 俺が謝罪の言葉を述べると、ガイアは右手をあげて、

 

「いいってことよ」


 と呟いた後、その場でドカリと座り込む。続いて背中にしょっていたリュックを床に置き中から革製の水袋を取り出したのだった。

 そのまま、ごくごくと水を飲むと彼はヨハンへ水袋を手渡す。

 

「ふうう。生き返るぜ。かなり走ったからな。ヒュドラの奴、図体がでかい癖に足が速いったらなんの」

「騎乗生物は連れて来なかったんですか?」

「ああ、馬も竜も無しだぜ。今回の山は。気が付かれないようにする必要があったからなあ」


 首をゴキゴキと鳴らしながら疲れたように片腕を回すガイア。

 仕事でこの辺りまで来たのかなあ。


「ガイアさん、休んでいる間もしよければここまでどんなことをしていたのか聞かせてもらえますか?」

「硬っ苦しい喋り方はしなくていいぜ。俺もあんたも上も下もねえ。俺はそれが好ましいんだ」

「分かった。ガイアさん。じゃあ、普通に喋らせてもらうよ」

「ああ、その方がいい。俺は例えあんたが王族だろうが、賢者だろうが態度を変える気はねえぞ」

「俺もその方がいいよ。ガイアさん」


 俺とガイアはお互いに笑いあい、横でじっと見ていたヨハンは苦い顔で眉をしかめていた。


「あんたには助けてもらったんだ。俺らの話でよければ聞いてくれ」

「ありがとう」


 ガイアはかいつまんでこれまでの様子を語り始める。

 彼ら二人は冒険者稼業をやっていて、今回、ヒュドラの卵を採取するという危険だが割のいい仕事を受けてここまでやって来たそうだ。

 二人は万が一ヒュドラに見つかって追いかけられてもいいように、馬でジャングルに入った。そして、ヒュドラの巣の近くに馬を待たせて卵を採りにヒュドラの巣へ侵入する。

 卵を無事確保して逃げ出そうとした時にヒュドラに見つかって追いかけられてしまうが、全力疾走して馬の元まで戻ったところ運が悪いことに馬はいなくなってしまっていた。

 ガイアの目算だと、馬はガイアたちが離れた隙にモンスターに襲われて逃げだしたか狩られてしまったとのこと。

 原因は何にしろ馬がいなくなってしまっていたガイアたちはヒュドラを巻こうと逃げはしたものの、全力疾走が長く続くはずもなくある程度速度を落としながらヒュドラと長時間に渡る追いかけっこをするはめになってしまった。

 

「ガイアさん、どちらか一方が馬を見ていればよかったんじゃ?」


 俺の問いかけにガイアは顎に手をやり頭をガシガシとかきむしり思案顔で呟く。

 

「それも考えたんだが、ヒュドラに対処するのは二人一緒の方が良いと判断したのよ。結果的には俺一人で行って、ヨハンに後ろを任せた方がよかったかもしれねえ」

「いえ、そうなると馬を襲ったモンスターが僕じゃ対処しきれていなかった可能性があります。やはり別行動は無理がありましたよ」

「うーん、どうなんだろうなあ。しっかし……」


 ガイアのぼやきにヨハンが反論しガイアが更に言葉を被せる。

 ううむ、難しいところだなあ。

 

「二人とも結果的に無事だったから、口論はその辺で」


 ヒートアップし始めた二人を遮るように口を挟むと、二人はすぐに気持ちを切り替えてくれたようで言い合いがパタッと止まる。

 

「ああ、生きていたから結果的には問題ない」

「馬がいなくなってしまったことは不運でしたが、大魔法使い様にお会いできたことは幸運でした」


 二人は納得したようにそれぞれ呟くと、笑顔を見せたのだった。

 

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