第16話 謎の木の実

 昼前に戻るつもりだったけど、ポチと遊び過ぎたから少し遅くなってしまった。


「ライラ、遅くなってごめん」

「いえ、私もちょうど一つ完成したところです」


 ライラは葉っぱで作った絨毯を手で少し持ち上げる。

 こ、こんな短時間で作ってしまったのかよ。得意とは言っていたけど、すごいよなやっぱり。

 

「良介さん、袋がパンパンですけど何を獲ってきたんですか?」

「あ、うん。ヤシガニを三匹捕まえてきたんだよ。さっそく食べよう」

「すごいです! よく見つけましたね」

「ポチのおかげだよ」


 俺は傍らにお座りするポチの頭を撫でる。それにくうんくうんと尻尾をパタパタさせて応じるポチ。

 ん? ライラが俺の手元をじーっと見ているんだけど……。

 

「ライラも撫でてみる?」

「あ、いえ。そんな、恐れ多い……」

「ライラ、ポチは聖獣とかそんなんじゃないって。普通の犬だから、な、ポチ!」

「わんわん」


 ポチはハッハと嬉しそうに舌を出す。これはまるで分ってないな……。

 まあそれはいいとして、俺はライラの腕を掴むとポチの頭に彼女の手を乗せる。

 

「ふわふわしています。いいんですか……?」

「うん、そのまま撫でてやってくれ」


 ライラは戸惑ったように俺へ顔を向けてくる。それに対し俺は彼女へ頷きを返すと、彼女はポチへ目線を移しおずおずと撫で始めた。

 ポチはと言えば、嬉しそうに尻尾をパタパタ振るばかりだ。

 

「可愛いです!」


 ライラはもうポチにメロメロな様子で、両手を使って首元をモフモフさせている。うんうん、ポチの毛並みは魔性の魅力があるからな! 

 俺だっていつまでも撫でていたくなる。ポチはポチでモフモフされるのが好きみたいで、自分から撫でて欲しいところをアピールしてくるほどだ。

 まさにウィンウィンな関係性。完璧である。

 

「ライラ、そのままポチと遊んでいいよ。その間にヤシガニを準備するよ」

「い、いえ、私だけ遊んでいるわけには……」

「遊びじゃないさ。ポチも待ってるだけじゃ暇だろ?」


 さあさあと、ライラを促してまだ迷う彼女の背中を押す。すると、空気を読んだのか分からないけど、ポチがわうわうと機嫌のいい鳴き声を出しながらライラの膝へ頭をスリスリし始めた。


「ポチと仲良くなっておくのも、必要なことだから」

「は、はい」


 ポチの構って攻撃にメロメロになったライラは彼を両手で抱きしめると頭をナデナデする。

 ライラとポチがうまくやっていってくれそうで良かったよ。

 じゃあ、俺はヤシガニの解体作業を始めるとしますかねえ。解体と大げさなことを言ったけど、ヤシガニを縦に真っ二つにするだけだけどね……。

 

 ◆◆◆

 

 ヤシガニが焼ける頃、匂いを嗅ぎつけたのか食いしん坊カラスが口に白い花がいくつか咲いている枝を持って帰ってきた。

 ヤシガニの身と交換でウォルターから枝を受け取り、匂いを嗅いでみる。

 

 んー、いい匂いだなこれ。ジャスミン? ぽい感じがする。

 ライラにも枝を手渡して、香りを確かめてもらうと彼女も目を細めて満足そうな表情をしていた。

 

「これ、何の花かなあ」

「この香りはジャスミンだと思うのですが、花の形が少し違いますね。同じ白い花でもジャスミンはもう少し大きいんです」


 ほう。確かジャスミンって熱帯地方に咲く花だったし、ライラが知っているってことはこの辺りに自生しているんだろう。

 でも、ジャスミンじゃないし、確かウォルターがついばんでいた木の実はジャスミンじゃあない。

 

 ん、何だったかなこれ……もう少しで思い出せそうなんだけど、喉元まで出かかって出てこない。ぐうう、なんだかモヤモヤする。

 俺が知っているくらいだから、地球だと相当有名な木だと思うんだ。

 

「ウォルター、この木があった場所を明日にでも教えてくれるか?」

「もちろんだとも。窪地の外になるがいいかね?」

「そういやそう言ってたな。いい機会だし、外に出てみるかな」

「了解した。なあに安心したまえ、空から危険なモンスターがいないかちゃんと監視してやるさ」


 口ではそう言いつつも、一心不乱に食べる手を休めないウォルターを見ていると不安になってくる。

 

「では、私もお供します」

「じゃあ、ポチも連れて行こうかな。万が一、人間と接触しそうなら見つかる前に戻ろう」


 ライラと人間が接触する前に俺だけで人間に悪魔族との関係性を聞きたい。ついでに道具も手に入れたいが……焦らずゆっくり行こうと思っている。

 これまでの生活から、窪地の中だけでも自給自足はやっていけそうだし、ここでの基盤を構築しておくことの方が大事だ。

 一歩ずつ確実に進めばいい。窪地は外敵を退ける天然要塞であり、ここで引きこもることができるのなら安全上非常に有益なのだから。

 

 夜は燻製にした鹿肉とココナツジュース、デザートにスイカを食べて就寝する。

 朝起きると、入り口の扉がある部屋――リビングルームに葉っぱの絨毯……いやラグだな。葉っぱのラグが置かれているじゃあないか。

 葉っぱのラグをめくってみると、ヤシの実の藁で作ったラグがその下に敷いてあった。大きさは二畳弱くらいかな。

 こんな立派なラグをライラはたった半日で作っちゃうんだから大したものだよ。何もなかった部屋に緑の絨毯が入るだけでまるで違う部屋になったかのようだ。

 やっぱり、こういった潤いは生活していく上で必要だよ。俺は近いうちに外部と取引を必ず行おうという気持ちを新たにして家を出る。

 

 小川で顔を洗っていると、巨大化したポチがライラを背に乗せて小川の向こう側から駆けてくるではないか。

 な、なんとポチの口には鹿がくわえられている! い、いつの間に狩りに行っていたんだろう。まだ朝日が昇ってそう時間は立っていないはずだけど……俺は自分が寝過ぎたのかと思って空を眺めるが、朝焼けがちょうど終わるくらいの太陽が目に映る。


「良介さーん!」


 遠くからライラが片手を振るう。しかし、見る見るうちに小川まで到着するとポチはジャンプで小川を飛び越え俺の真横に着地した。

 ポチは疲れた様子もなく、鹿を口から話すと元のサイズに戻る。


「良介さん、ポチが鹿を狩ってくれたんですよ!」

「食料確保ありがとう。でも、そんな無理して体を壊さないでくれよ」

「いえ、起きてきて顔を洗っているとポチがちょうどやって来たので軽い散歩のつもりだったんです」


 ライラは両手をめいいっぱい広げて、ポチの狩りを説明してくれた。

 狩猟するポイントを分かっているのか、犬だけに嗅覚に頼っているのか詳細は不明だけど、ライラを乗せたポチは真っ直ぐに駆けて行って水を飲んでいる鹿へガブリといったそうだ。

 すげえな、ポチ。


「ポチが鹿を狩ってくれたおかげで、今日の食料は心配しなくて済むな。ありがとう、ポチ」

「わんわん」


 ポチは舌を出してハッハと頭を突き出してくる。俺は彼の頭をナデナデすると、ついでに首回りもモフモフした。

 

 ◆◆◆

 

 鹿を解体して塩を振りかまどに入れ燻製を開始させた後、俺たちは窪地の外へ出て空を飛ぶウォルターの後ろをポチの乗ってついていく。

 十分くらいポチの速度で進むと、赤い木の実が成った木が見えてきた。これが、ウォルターのおやつが成る木なのかあ。

 んー、この木、やはりどっかで……。

 

 ライラに木の実のついた枝を取ってもらって、枝についた赤い木の実をつぶさに観察する。

 試しに一つかじってみると……うわあ、これ実が全然ないじゃないか。中はほとんど種で、果実は皮なのかというほどの薄さで舐めるだけでも全て剥がれてしまう。

 記憶に残るような木なのに、木の実はまるで食用にするには足らない。だったら、他の何かを利用しているはずなんだけど……。

 

 枝は細いし、幹も思いっきり引っ張ったらしなるほど柔らかい……葉っぱも大きくないから木そのものは有用じゃない。だったら、木の実しかないんだけど……。

 うーん、だとしたら種か? 種が食べられる?

 

 さっきかじった時に種もかみ砕いてしまったけど、味は……ううむ。

 

「ライラ、この木の実って何に使うんだろ?」

「食べることは余りないですね。焼くといい香りがしますよ」

「ほう。なら一度試してみるかな」


 俺は木の実の付いた枝ごと袋に入れる。花もいい香りがしたから、期待出来るかもしれない。


「わんわん」


 その時、ポチが何かを警戒するように吠えた後、巨大化した。

 一体何があったんだろう? 空を警戒してくれているウォルターの様子を伺ってみると、彼はこちらへと滑空してくる。

 

「良介、人間を発見した」

「な、何だって!」


 窪地からこんな近くに人間がいたのかよ!

 見つかる前に窪地に戻らないとな。

 しかし、ウォルターの次の言葉で話は急展開を見せる。

 

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