第12話 バナナ
ま、眩しい。もう少し寝かせてええ。なんて思っていたら、顎の辺りが風に吹かれてひんやりとした。
何かと思って顎を撫でてみるとベッタリと
音が聞こえた方向へ目をやると、ポチが素知らぬ顔でそっぽを向いていた。うん、分かったよポチ。お腹が空いて俺を起こそうとベロベロしていたんだろ?
いざ俺が起きるとバツが悪く思ったのか、知らないふりをしようとしたのか分からないけど、慌てて俺から距離を取った。そういうわけなんだろ?
くうう、何て可愛いんだ。
起き上がって座ったまま両手を開くと、ポチが俺の胸へ飛び込んでくる。
「おー、よしよし」
ポチを抱きしめて撫でまわすと、彼はハッハと嬉しそうな声をあげた。
ひとしきりポチをモフッて満足した俺はゆっくりと立ち上がる。
すると、穴を開けただけの窓から外の景色が飛び込んできて、昨日窓を開けたことを思い出す。
そっかあ、だから眩しかったのかあ。この窓は網戸なんてものがないから、地球だと蚊を始めとした虫がわんさか入ってきそうなところなんだけど、異世界ではまだ蚊やムカデなどは見ていない。
おそらく、このジャングルにはそういった小虫はいないんじゃないのかなあ。その証拠に部屋を見渡しても虫の姿は見えなかった。
いやでも、見た感じ植生は地球とそう変わらないから虫は居ることはいるはずなんだ。単に植物以外には寄ってこない種類のものしかいないとかなんだろうか……。深く考えても仕方がない。
とりあえず、俺としてはラッキーだった。そう思うことにしよう。
――なんか昨日も同じことを考えていた気がする。
ふああ、大きなあくびをしながら外へ出ると俺の姿に気が付いたライラがかまどの前で手を振っていた。
「ライラ、おはよう」
「おはようございます。良介さん」
「お、かまどの様子を見ていたの?」
「はい。まだ中は確認していませんが……。火種は思った通りの時間で焼け切ったようです」
そこまで話をして俺はようやくライラの気遣いに気が付く。
彼女は俺が土器の出来上がりを楽しみにしていることを知っていたから、俺が来るまでかまどを開けるのを待っていてくれたんだ。
うーん、気持ちは嬉しいんだけど気を使い過ぎじゃないかあと少し不安も覚える。
「ありがとう。ライラ」
「え? 私は何もしてませんが……」
きょとんと首をかしげるライラの肩をポンと叩いて、目線をかまどに向けた。
あ、待っていてくれたってのは俺の勘違いだった……でも俺より早く起きてきてかまどの様子を見ていてくれたことは事実だ……うん。
だって、かまどの扉代わりに使かっている蓋はブロックなんだもの。俺にしか動かせない。
勘違いに頬が熱くなった俺はそれを誤魔化すように頭をガシガシとかきむしると、タブレットを出して蓋変わりのブロックを消す。
お待ちかねのかまどの中は灰だらけだったけど、俺とライラは慎重に灰を払いながら土器を取り出していく。
「ライラ、これはすぐに洗っちゃっていいのかな?」
「確認しますね」
ライラは土器を指先で弾き、続いて土器を持ち上げて軽く振るおうとする。
あ、そんなことをしたら……と彼女を止めようとしたが遅かった。
彼女はそのまま土器を思いっきり振ってしまったので、土器から灰が落ちてきて少しむせてしまう。
「大丈夫か?」
「は、はい。確認したところ、もう完成してます」
「じゃあ、小川に土器を全部持っていこう」
「はい!」
◆◆◆
小川で土器を洗った俺たちはテーブルの上へそれらを全部並べる。
作ったのは大鍋、小鍋が二つ、ポット、コップが二個、皿が四枚、スプーンが二つだ。これで最低限の食器類は揃えることができた。
何より嬉しいのが鍋だよな。これでやっとお湯が沸かせるし、スープも飲めちゃう! もっとも調味料は塩しかないけどさ……。
鹿の肉のスープを作ろうと思っているけど、野菜が欲しいところだよなあ。
「みんな、今朝は昨日と同じだけどスイカで我慢してくれ。今日、野菜やフルーツの探索に行ってくるから」
「良介、我が輩とポチは鹿を狩猟しに行こうと思っておるが、よいかな?」
ウォルターがテーブルの上でスイカを
「うん、俺は鹿を獲ってきてくれると助けるけど……ポチは?」
「わんわん」
ポチは任せておけと言っているように尻尾をパタパタと振りまわした。
俺は軽くポチの頭を撫でると、「頼んだよ」と彼に声をかける。
「良介さん、私がお供します」
「助かるよ、ライラ」
そんなわけで、狩猟班と採集班に分かれた俺たちは朝食後それぞれ動き始めたのだった。
◆◆◆
「ライラ、まず確認したい場所がいくつかあるんだ」
「分かりました!」
俺の言葉にライラは迷うことなく即答してきた。あ、いや、俺は野外生活が素人だって伝えてるよね。
少しは疑問に思ってもいいところなんだけどなあ。
まあいい、確認したい場所があるのは事実なのだから……。
「じゃあ、行こう。ライラ」
「はい!」
気合の入っているライラには申し訳ないが、まず行きたいところは家の裏手から歩いてたった五分の距離にある。
足を草やら根っこに引っかけないようにゆっくりと歩を進めていくと、すぐに目的の木が見えてきた。
そうなのだ。ここは俺が転移した時に出現した場所なのだ。
覚えているだろうか、俺が最初に見たものはバナナの木だったことを。
バナナの木を改めて見てみると、少し茶色がかった色をしたバナナが房から零れ落ちそうなほどわんさか実っている。
俺はバナナを二房取ると、一つをライラに手渡し皮を向く。
「これを食べるのですか?」
俺の思いとは裏腹に、ライラはバナナへ目を落とし眉をしかめる。
「え、窪地の上にバナナは無いのかな?」
「いえ、この実はありますが……」
ライラはバナナが苦手なのかな? 俺は嫌いじゃないぜ。
皮をむいたバナナは俺が知っているバナナと同じで白い果肉で甘い香りが漂っているじゃあないか。
試しに食べてみるかあ。そう思った俺は口を開いて、パクリとバナナを
「あ……」
ライラが目を見開き俺の顔を凝視した。
「大丈夫だよ、ライラ」と声をかけようとした瞬間、口の中にヨーグルトの腐ったような味と大量の小さな硬い種の感触が舌に残る。
しかも思いっきり噛んだから、種が潰れて中からとんでもない苦みが広がってきた!
こ、これは食えたもんじゃねえ!
思わずバナナを吐き出す俺の背中をライラがさすってくれた。
「どうぞ」
「ありがとう」
ライラから革袋に入った水をもらって、何度もうがいをしてようやく一息つけた俺……。
「甘い香りがする実なのですが、味が……」
「う、うん。これは食べるのはやめておこう」
地球のバナナって確か美味しく食べるために長い時間をかけて品種改良されてきたんだった……原種のバナナってこんなんだったのかよ!
よくこれが品種改良すると食べられるようになると思ったもんだ。昔の人たちは凄い。
未だ口内に違和感が残りながら、俺は過去の人たちを心の中で称えたのだった。
◆◆◆
次に目指したところは窪地の上から見た滝のふもとだ。
断崖絶壁の最上部ちかくに穴が開いていて、そこから水が落ちて滝になっていた。滝が落ちる先はちょっとした池になっていて、
俺がこの場所に来た目的は二つある。
一つは家の付近と植生が異なるのではないかと考えたことだ。ここなら別の食べられる木の実が見つかるかもしれない。
もう一つは池を確認したかった。家の前にある小川は流量も幅も魚が住むには水量が足りないようで、魚の姿を見ることは無かった。しかし、ここなら充分な水量もあるから魚もいるかもしれないと思ったわけだ。
「良介さん、あそこに!」
ライラの指さす方向へ目を向けると、ココヤシの木が見える。
お、おおお。こんなところにココヤシの木があるなんて! ココヤシは地球だと浜辺に自生する。ココヤシの実であるココナツは、海を漂流し海岸線に漂着する。そこで芽が出てココヤシの木となるのだ。
んー、滝をココナツの実が流れて来てここに根を下ろしたのかなあ。
いや、そこは深く考えないでおくか……だってスイカが木に成る異世界なんだもの。問題はココヤシの木が俺の知っているものと似ているかそうじゃないかだよ!
さっきのバナナみたいに期待外れの可能性もあるから……。
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