第164話 ラジープを追え
船が入り江の突端に一番近づく頃合いを見計らって俺とエマさんは海上に降り立った。
南国らしい白い砂浜とエメラルドグリーンに輝く海を眼前に控え、ババナの街は美しく輝いていた。
入江の内側は長い砂浜が続いていたので上陸するのは簡単だろう。
砂浜に腰掛け、釣り糸を垂れる少年が海上を走る俺たちを凝視している。
「おおーい! 港町に行く道はどっちだい?」
少年は無言のまま後方を指差した。
防風林の向こうには細い道があり、それをたどっていけば町に行けるということのようだ。
「ありがとう!」
大きく手を振って挨拶すると、少年も遠慮がちに手を振り返してくれた。
歩いていると町の方から鐘の音が響いてきた。
ここからでも見える鐘楼から聞こえてくるのだろう。
「もう1時か。お昼ご飯を食べ損ねてしまったね」
時計の針を1時に合わせておく。
「先に食事ができるところを探しますか?」
ラクさんたちと合流したら、早速何か食べたいところだ。
密航者ではないラクさんたちは正規の手続きを経て、港で下船する予定だ。
「できたら美味しいキュバール料理がいいな。ラム酒を使ったカクテルとかがあるといいんだけど、カクテルってこの世界にもあるのかな?」
エマさんは大きくため息をつく。
「ヒノハル様と一緒にいると、知らない土地でビクビクしている自分が嫌になります」
俺だって「勇気六倍」がなかったらどうなっていたことやらわからないぞ。
それに言葉は通じるし先立つものだって十分に持っている。
コミュニケーションがとれて、金の心配がなければ、人は外国でも余裕で生きていけるのだろう。
魚介の出汁がよく出たブイヤベースによく似たスープはとても美味しかった。
昼間からラムのような強い酒を飲むわけにはいかなかったが、ワインを葡萄ジュースで割ったレメルスという飲み物が美味しい。
レメルスはキュバール語で「薄いワイン」という意味だ。
俺とレナーラさんは飲んだけど、エマさんとラクさんは飲まなかった。
酒が飲めないのではなくて二人とも真面目なのだ。
「これから領事館に行くのですから飲酒はほどほどにしてくださいね」
エマさんに注意されてしまったが、それもちょっぴり嬉しかったりする。
これまでは本当に口をきいてくれなかったからね。
この人は今でも罪の意識に苛まれているのは確かだ。
船の中でも夜中にうなされていたし、口には出さないけど、俺と一緒に来ているのは贖罪の気持ちからなのだろう。
この旅の果てに俺とエマさんの両方が救われることを神様に祈っておくか。
神様なんて見たこともないけど、今は神様に乾杯だ。
領事館は町のお役所街の一角にあった。
二階建ての小さな建物で、ずいぶんとこじんまりしている。
ラクさんとレナーラさんには今夜の宿の手配を頼み
エマさんと二人で領事館を訪ねることにした。
入り口で氏名と身分を告げるとすぐに奥に通された。
日本からの召喚勇者である北野優一君からインド人のラジープさんを通じてこちらの方にも話は来ていたようだ。
出迎えてくれた領事さんはハウエル男爵というザクセンス貴族だった。
小太りで愛想がいい。
「キュバールへよく参られた、ヒノハル騎士爵、それにエマ・ペーテルゼン殿。お父上はお元気ですかな?」
ハウエル男爵はエマさんのお父さんであるペーテルゼン子爵の知り合いだった。
「お会いできて実に嬉しい。ここでは本国からの客人など滅多にないのですよ」
男爵はザクセンスの話題に飢えていたようで、しきりに王都ブリューゼルの様子を聞いてくる。
記憶のない俺には答えようもないので、会話はもっぱらエマさんに任せることにした。
「なんと、ブリューゼルの真下に地下ダンジョンが出現するとは想像もしておりませんでしたな!」
「幸い勇者ゲイリーを中心としたパーティーがダンジョンの封鎖に成功しております。こちらのヒノハル騎士爵もゲイリー様とともに戦われたパーティーの一員で、ゲイリー様の親友でもいらっしゃいます」
「それは素晴らしい!」
男爵はダンジョン内の様子を根掘り葉掘り聞きたがったが、憶えていない俺には曖昧な笑顔を返すことしかできない。
「ダンジョン内の話はまだ極秘扱いでして、詳しく語ることが許されていないのですよ」
これは事実らしい。
でも、かなりのお宝が発見されたということは一緒にポーターをやったというラクさんとレナーラさんから聞いていた。
それらのことも含めて利権が絡むから極秘ということなのだろう。
どっちにしろ憶えていないんだけどね。
話が一段落したところでエマさんが質問した。
「それで、ラジープ様はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「なんでも念願のターメリックが見つかったとかで東のオルキンに向かわれました。ヒノハル殿には申し訳がないが、オルキンまで来てほしいとのことです」
ターメリックなら俺の空間収納の中にもあったのに……。
「オルキンですか。それは海岸沿いの町でしょうか?」
「いえ、内陸部です」
それは困った。
沿岸部なら船で行けるのだが、内陸部なら途中からはどうしたって陸路を使わなければならない。
キュバールの正確な地図はまだ作成途中だそうだが、男爵が略図を描いてくれた。
船でパレード港まで行き、そこから陸路になる。
トータルで10日以上の旅程になりそうだ。
明日からしばらくは旅の準備に充てなければならない。
まずは食料の確保と船探しだ。
翌日の午前中はスコールのような土砂降りだった。
「気象予測」によると1時間後には晴れるとなっているので、町のレストランで朝食をとりながらのんびりと打ち合わせをしている。
壁の無いつくりの建物だから、雨で冷やされた風が心地よく吹いてきた。
キュバールのコーヒーは苦みが少なく、甘い香り、まろやかな味が特徴だ。
このコーヒーを飲みながらキュバールサンドイッチを朝食に食べた。
「これはローストポークが入っているんだね」
「うん。ローストポークとスライスしたチーズ、野菜のピクルスの薄切りを入れるのがキュバールサンドですよ。家によってはジャガイモの茹でたやつを薄切りにして入れたりもするね」
レナーラさんがモグモグと口を動かしながら説明してくれる。
ラクさんは無言で食べているが、きっと美味しいのだろう。
尻尾がユッサユッサと揺れていた。
「必要なのは船と食料だよね」
キャンプの必需品は既に空間収納に入っている。
「船については俺とレナーラが探してきましょう」
定期便などないので、ババナ港からパレード港まで連れていってくれる人を探さなければならない。
それには漁師や海運をやっている人に依頼するしかないのだが、そういった人たちはほとんどが獣人だ。
ラクさんたちに任せた方が交渉はうまくいくだろう。
俺とエマさんはラクさんたちと別れて、食料品を売っている市場の方へと歩き出した。
雨上がりの道はぬかるんでいたが、空間収納の中には防水のトレッキングシューズも入っていた。
登山用の装備で身を固めた俺に隙はない。
市場では野菜や果物、獲れたての魚介類が売られている。
肉や卵もあり、その横では己の運命を悲観した雄鶏がけたたましく鳴いていた。
お目当てだったキュバールエビも大きいやつを10匹買うことができた。
形はロブスターによく似ているが、オレンジ色で茶色のまだら模様をしている。
身も食いでがありそうだったが、殻からも美味しいスープがとれるそうだ。
エビだけじゃなくて肉も買ったぞ。
ラクさんは何も言わないけど、魚より肉の方が好きなのを俺は知っている。
食べているときの尻尾の振り方が全然違うんだよね。
いろいろな種類の骨付き肉をたくさん買い込んだ。
話は少し遡る。
公太たちの密航した船が出航するころ、ユリアーナも部下からの報告を受けていた。
「それでは波止場の方まで追いつめておきながらコウタさんの姿を見失ったというの?」
「はい。どこに行ったか、煙のように消えてしまったそうです」
「波止場に船は停泊していた?」
「はい。一隻だけですがゴアテマラ行きの船がありました」
ユリアーナは大きくため息をついた。
「道は波止場までの一本道。合理的に考えればその船に乗ったと考えるのが自然よね」
「いえ、船長や船員にもヒノハル様のことは聞いたのですが……」
当然、ヒノハルを見つけ出せば大金と引き換えになることも話してある。
「ヒノハル様にとっては密航など簡単なことでしょう」
ヤモリの手を持つ公太に潜り込めない船はない。
「バムータに3人ほど残し捜索を続行させなさい。この船は出港したゴアテマラ行きの船を追います」
せっかちなユリアーナらしい即決即断だったが、彼女の予測は外れてもいなかった。
「補給が終わり次第出港よ。作業を急がせなさい」
ユリアーナの追跡は続く。
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