第129話 スカウト

 バッムスでは一カ月くらい前に蒔いた小麦がだいぶ育ってきていた。

もう葉が四つほどついている。

人々は畑で麦を踏んでいる最中だ。

麦は踏んでやることによって丈が短くなり倒伏(とうふく)を防ぐことができる。

他にも根の張りがよくなったり、収穫量が上がったりするので麦踏みは大事な作業なのだ。

強いから何度踏んでも平気らしい。

 これからは畑が忙しくなる時期だ。

気候が安定して温かくなると、虫や雑草が増えてくるんだよね。

農薬なんてないから虫を取るのも手作業だ。

いっそ地球で蒔かれている品種改良された小麦を持ってきてしまおうか? 

病気にも強いし収穫量もずっと多くなるはずだ。

でも、それをやるとこの世界での農業研究が後退してしまう気もするな。

地球でも緑の革命が起きたのは20世紀の後半だったはずだ。

緑の革命というのは高収量品種への改良や化学肥料の導入などで穀物の生産性を大幅に上げて大量生産が達成されるようになったことをさす。

……まあいいか。

農業関連の技術者も増やしながらやれば大丈夫だろう。

どうせ大した量は持ってこられないしね。

とりあえず空間収納の中にいっぱい詰めてこられる分だけだ。

それだって当面はダンジョン探索の準備品やアミダ商会の品物を優先しなくてはならない。

ゲイリーのリクエストする食べ物リストだけで半分は埋まってしまうぞ。

最近アイツは牛丼にハマっているのだ。

しかもアメリカ人のくせに生卵をかける派なんだよね。

紅ショウガまで平気で食べている。

こちらの生卵は雑菌が多くて食べられないから、わざわざ日本から運んでこなくてはならない。


「日本食はヘルシーだから少し痩せちゃったよ!」


って、特盛を2つも食べながら言っていた。

カレーライスも大好きだ……。

ラッキョウと福神漬けまでトッピングするんだよ。

当然のように唐揚げやトンカツもつけていた。

というわけでザクセンス王国における緑の革命はまだまだ先になりそうだ。



 町長のルブランさんに面会し今後のことをいろいろと話し合った。

町の中に使っていない建物があったのでレオの駐在所として改修が行われることも決定した。

とりあえずレオは町長の家に下宿することも決まった。

若い娘が三人もいるけどいいのかな? 

いや、町長はあわよくば自分の娘がレオとくっつくことを狙っているのかもしれない。

レオは結構イケメンだし紹介された娘さんたちもちょっぴり嬉しそうにしていたもんな。


「私どもの長女は読み書きもできますのでレオ様のお役に立つと思います。どうぞ秘書としてお使いください」


最初から現地でレオの部下を雇う予定だったから丁度いいかもしれない。

レオが返事に困ってクララ様の方を見る。


「ふむ。こちらとしてもありがたい申し出だ。真面目に仕事をこなしてくれれば正当な給金は払うつもりでもある。レオ、先ずは仕事を覚えてもらいなさい」

「はっ」


町長さんの娘さんはスラリとしていて中々可愛らしい人だった。


「リタと申します。よろしくお願い致します」


レオの顔が少し赤いな。

さっそく惚れたか?


「歳はいくつだ?」

「17歳になりました」


クララ様の質問にもハキハキと答えている。

なかなか利発そうな子じゃないか。


「お姉ちゃんばっかりいいなぁ。私も家の外で働いてみたいよ」


姉とレオを羨ましそうに見ていた妹がボソリと呟いていた。

たまたま俺の近くにいたから聞こえちゃったんだよね。


「君の名前は?」

「ナオミです!」


元気な女の子だ。

性格も明るそうだな。


「歳は?」

「16歳になりました」

「そうかあ、外で働いてみたいの?」

「はい。いっつも家の中の仕事ばっかりでウンザリなんです。いいなあお姉ちゃんは。あんなかっこいい人と仕事ができて」

「もしもドレイスデンで仕事ができるとしたらどうする?」


我ながら怪しげなスカウトみたいだ。


「ええ! ドレイスデンで働けるんですか!?」


ナオミが大声を出したので皆がこちらに注目してしまった。


「コウタ、どうしたのだ?」

「いえ、アミダ商会のスタッフが足りなくなっているので……」


ビアンカさんとクリスタが頑張ってくれているのだがアミダ商会は忙しくていつもテンテコマイなのだ。

クリスタの知り合いやエマさんに紹介してもらった人などを新規に雇い入れているがとても手は足りていない。

特にエステの方は半年先まで予約でいっぱいなのだ。

しかもアミダ商会には高額な商品ばかりが揃っている。

信用のおけない人物を軽々しく雇うことも出来ないのでスタッフの確保には苦労していた。


「ヒノハル様、それはどういったことでしょうか?」


ルブラン町長は心配そうにしていた。

都の不良貴族が自分の娘を攫おうとしているとでも思ったかもしれない。

そこで俺はアミダ商会のことを丁寧に説明した。


 説明が終わるとナオミとその妹のララベルはキラキラと目を輝かせていた。


「お父さん! 私、アミダ商会で働きたい! いいでしょう?」

「し、しかし……ドレイスデンはものすごく遠いのだよ……。これがブレーマンあたりならば私がそのお店をこの目で見ることもできるのだが……」


父親としては当然心配だよね。

たとえ娘が成人していても心配してしまうのが親心と言うものだろう。


「もしよろしかったら、これからアミダ商会を皆さんで見学してみませんか?」


俺の言葉にルブラン親子は目が点になる。


「これからドレイスデンに向かうのですか?」


驚くのも当然だ。

普通に行ったら片道だけで一カ月近くかかってしまうもんね。

もちろんポータルを使ってだ。

どうせ今後は何度もここに来ることになるのでポータルの存在を明らかにしてもいいだろう。

クララ様が「よいのか?」という視線を送ってきたので頷いてみせた。


「私のフィ、フィアンセのヒノハル騎士爵は空間系の魔法が使えるのだ。王都のとある商家とバッムスを瞬間移動できるように手配をしてくれている」

「おお! そういうことでしたか。それならば納得です。って……これから王都につれてっていただけるんですか!?」


途端に沸き立つ町長一家。


「日帰りで軽く見学するくらいならば問題ありませんよ。ですよね、クララさ……ん」

「ええ。アミダ商会のスタッフが増えることは私にとってもありがたいことですから」


最近、人前ではクララ様とフランクな感じで話そうとするんだけど、どうにもうまくいかない。

吉岡に言わせると俺の犬属性が邪魔をしているそうだ。

悔しいけど当たっている気がする。

クララ様って呼んだ方がしっくりくるんだもん。

クーン、クーン。

王都に連れていってもらえるとわかったルブラン一家はいそいそと準備を始めた。


 俺のポータルも少しレベルアップして数が増えた。

現在はホームをアミダ商会に設置し、エッバベルク、ブレーマン、バッムス、俺の隠れ家であるドレイスデンのアパートにも設置してあり、さらにもう一つ設置できるようになっている。

最初はポータルが二つしかなかったけど今では五つに増えたわけだ。


 一番上等な服に身を包んだと見えるルブラン町長たちが応接間に戻ってきた。


「皆様、お待たせをいたしました。あの……本当に妻も連れて行って宜しいのですか?」

「ご両親に確認していただいた方がいいですから」


奥さんはものすごく緊張した顔をしていた。


「それでは行きましょうか。まずは森のところまでついてきてください」


一回に五人までしか運べないから二往復しないとダメだな。

前は四人までしか運べなかったんだけどこちらの能力も若干アップしている。



 アミダ商会はドレイスデンの一等地に建てられた瀟洒(しょうしゃ)な建物だ。

それだけでもバッムスから来た人たちにとっては珍しいだろう。

しかも窓には板ガラスがはめ込まれ、そこからは石造りの王都の街並みが見えている。


「ふわあぁ……」


ナオミとララベルはため息をついていた。


「さっそく一階の店舗部分から見てもらおうか」


俺は皆を連れて一階へと移動した。


 階段を下りて店舗まで行くと全員が声を失っていた。

きらめく照明を反射してクリスタルガラスや腕時計、ティーカップなどが輝いている。


「ここではアミダ商会で扱っている品物が展示してあるんだ」


ララベルは魅せられたようにガラスケースの中のダイヤモンドの嵌った小さな腕時計に見とれていた。


「こ、こんなに無造作に置いておいて盗まれないのですか?」


ナオミが心配そうに聞いてくる。


「大魔導士ヨシオカの結界が張ってあるから、そうそう盗めはしないんだよ」


それに、ゲイリーがくれた魔信機のおかげで強盗が来れば俺や吉岡、リアやクララ様にも連絡がいくようになっている。

いざとなったら誰かが駆け付けられる。

しかも勇者ゲイリーの作品だけあって惑星規模で通信が可能なのだそうだ。


「おーい、コウタぁ~」


店の説明をしていると俺を呼ぶのんびりした声が喫茶室の方から響いてきた。


「やあ、ゲイリー。来ていたんだ」

「うん。コウタがいないから帰ろうと思っていたけど丁度良かった。ロイ・ロジャースを出してよ。厨房ではコーラを切らしてるんだって」


こいつは……。

ロイ・ロジャースはコーラにグレナデンシロップ(ザクロシロップ)を入れたノンアルコールカクテルだ。

まあ、ぶっちゃけてしまえば甘酸っぱいコーラだ。


「わかったよ。コーラはレギュラー、それともダイエットコーラ?」

「レギュラーで」


甘すぎないか?


「そういえば、こちらの皆さんは?」


ゲイリーが人懐っこい笑顔のまま聞いてくる。


「クララ様の新領地バッムスの町長さん一家だ。こちらの娘さんたちをアミダ商会に引き抜きたくて店を見てもらっているんだ」

「そうだったんだ。皆さんこんにちはゲイリー・リーバイです!」


ゲイリーは愛想のいい笑顔をルブランさんたちに向けた。


「ゲイリー・リーバイ様? はて、どこかで……」

「勇者ゲイリーですよ」

「っ!!」


教えてあげると皆がびっくりして固まっていたが、ゲイリーはいつも通りのマイペースだった。


「こんな素敵な娘さんたちがアミダ商会に入ってくれたら僕も嬉しいな。あ、皆さんもご一緒にロイ・ロジャースを飲みましょうよ。ご馳走しますよ。コウタ、ロイ・ロジャースを六つだ」

「あいよ」


ルブラン町長は初めての王都で、勇者と同じテーブルに座り、訳の分からない異世界の飲み物を飲まされるというとんでもない経験をしたが、二人の娘がアミダ商会に就職するという件は許してくれた。

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