第128話 サンドイッチ
目まぐるしく日々が過ぎていく。
ダンジョン探索を前に、俺が最初にやったのはクララ様の新領地であるバッムスにポータルを設置することだった。
本当はクララ様とのんびりとした旅を満喫する予定だったのに、真夜中に一人でバイクを走らせることになってしまったよ。
新領地のバッムスは王都よりもエッバベルクからの方がずっと近い。
初めにエッバベルクまでポータルを使って、そこからは150キロほどの距離だったから比較的簡単に行くことができた。
平均時速55キロくらいで3時間かからなかったくらいだ。
こうしてみるとエッバベルク ― ブレーマン ― バッムスを繋ぐ交通機関を作ったら領地繁栄の役に立ちそうな気がする。
鉄道なんかだと大がかりすぎるけど、貨物を積めるトラックやバスとかを定期運航させるのなら何とかなるかもしれない。
問題は道の悪いところをいかに整備するかと、他領の通行を許可してもらうことかな。
日本から技術書を持ってきてバッハ君たちと相談してみるか。
お金なら余裕があるから、車両の購入自体は簡単だよな。
だけど吉岡と二人掛かりでも1トン以上の自動車を持ち上げるのは無理だよね。
……自動車をばらして持ってくるって可能だろうか?
エンジンだけとかも売っているもんな。
ASSY(アッシー)てやつだ。
ASSYというのはパーツ単体ではなく部品が複数組み合わされたユニットのことをさす。
ネットなんかでも売っていたはずだ。
空間収納に入れられたら楽なんだけど……。
そういえば空間収納がまた成長した。
今のサイズは、高さ52×横幅62×奥行92(cm)になっている。
フィーネなら余裕で入れるぞ。
セラフェイム様に人が入っても問題ないって教わったけど、今のところ実験をしてみようという気持ちにはなれないね。
やっぱり怖いもん。
このまま成長を続けてくれればいつかは自動車を持ち帰ることもできるだろう。
でも、そうなるとガソリンも運ばなきゃならないな。
それだったら魔力を応用したザクセンス王国産の自動車を作り出した方がいいかもしれない。
帰ったらヨシオカやゲイリーにも相談してみるか。
バッムス近郊の森の中に仮の場所としてポータルを設置した。
バッムスにはまだクララ様の館のようなものはない。
元々は王室の直轄地だったために領主の館は存在しないのだ。
王室が代官を置くほど大きな町でもないしね。
町長が代官みたいなものだったらしい。
今後は村の様子を見ながら、クララ様がどのような判断をされるかを見ていくしかない。
ポータルを使い一度アミダ商会へ戻った。
「ただいま帰りました」
部屋を訪ねるとクララ様は書類仕事をしている最中だった。
レオやフィーネと一緒にバッムスの税収や作付面積を確認していたようだ。
「お帰り、コウタ。その様子では無事にバッムスに着いたようだな」
「ええ。早速視察してみますか?」
まだ、日は高い。
時間なら充分ある。
「だが、コウタは寝てないのだろう? 疲れているのではないか?」
クララ様が俺を気遣ってくれる。
でも、心配はご無用だ。
俺には|神の指先(ゴッドフィンガー)があるのだ。
既に回復済みですよ。
人差し指を立てて微笑んだだけでクララ様も俺の言わんとしているところが分かったらしい。
「それにしたって食事くらいはするべきだ」
やけに緊張した顔でクララ様が食事を勧めてきた。
そして、立ち上がって扉に向かった。
「えっ? どうしたんですか?」
「いいからそこで待っていてくれ」
それだけ言って出て行ってしまった。
ご飯をとってきてくれるつもり?
それくらい自分でやるのに。
落ち着かずにいる俺にフィーネとレオが笑いかけてきた。
「いいからそこに座ってなよ」
「そうですよ、ヒノハル様。それよりもバッムスはどうでしたか?」
普通ならフィーネもレオもクララ様がいく前に自分がやると言うはずなんだけど、今日は様子が変だ。
「この後、バッムスに行くなら私も準備しなきゃね。制服で行った方が舐められないかしら」
クララ様はもう王都警備隊の任を解かれており、フィーネも警備隊員ではない。
だが、フィーネは身長が高く見える警備隊の制服を気に入っているようだ。
次のお土産はシークレットブーツでも買ってきてやろうかな?
「いよいよ着任かぁ……。やっぱりちょっと緊張しますよね」
レオは代官としてバッムスに駐在する予定だ。
徴税権と警察権を持っているのでかなり責任重大なのだ。
部下も二人くらいは必要になるだろう。
「まだ代官の家も決まっていないし、今から緊張したってしょうがないよ。とりあえず今日の視察で町長と詳しい話を詰めていこう」
バッムスについてあれこれ話しているとクララ様が戻ってきた。
手には紅茶とサンドイッチが乗ったお盆を持っている。
「わざわざクララ様が運んでくださったんですか!? すみません。後は自分がやります」
立ち上がろうとした俺をフィーネが無理矢理ソファーに座らせた。
「いいから座ってなさいよ」
どうなっているんだ?
クララ様がゆっくりと紅茶をテーブルに乗せる。
カチカチとティーカップが音を立てているのはクララ様が緊張しているせいか?
「……すみません」
「よいのだ。それよりも早く食べてみるがよい」
クララ様がせっかく持ってきてくださったのだ。
遠慮しないでいただくとしよう。
サンドイッチは野菜サンドとハムチーズサンドの二種類が乗っていた。
どちらも食べやすい大きさで綺麗に切り分けられている。
大好きな野菜サンドから食べた。
「あ、味はどうであろうか?」
「ええ。とっても美味しいです。ビアンカさんかクリスタさんが作ったのかな?」
ハンス君のお姉さんのクリスタさんもアミダ商会で働き出している。
生活力は高そうに見えたから料理も上手なのかもしれない。
「そ、そ、それは、私が作ったのだ」
……。
一瞬頭が真っ白になった。
「クララ様が?」
「うむ。料理くらいできるようになっておきたかったのだ……。本当はもっと手の込んだものを作ってやりたかったのだがアキトが少しずつ覚えればいいと言ってくれて……。このような簡単なもので済まない」
「何を言っているのですか! とても美味しいですよ。とても丁寧に作ってくださったんですね。クララ様……嬉しいです」
「コウタ……」
見つめあう俺たちの視線の端にフィーネのニヤケ顔が映った。
「クララ様は毎日練習していたんだよ。最初は指を切ってアキトさんが回復魔法をかけたりしてね」
「フィーネ! そのようなことは内密にだな……」
照れて顔を赤らめるクララ様がどうしようもなく愛おしかった。
このサンドイッチを食べたなら鬼ヶ島に鬼退治にだってついていくよ。
チョロいと言われたって知らないもんね。
キビダンゴ一つで桃太郎の家来になった犬よりかはずっとましだと思うぞ。
コウタ犬はそんなに安くない。
ワンワン!
だってこのサンドイッチにはクララ様の愛情がいっぱい挟んであるんだぞ。
お腹も心も満たされて俺の元気も10倍だ。
「どれもとても美味しかったですよ。ごちそうさまでした」
「うむ。次はもう少し違うものを作ってみる。また食べてくれるか?」
「もちろんです。私は果報者です」
「バカ。そなたは私のフィアンセだろうが……」
「だから幸せなのです」
俺とクララ様は満たされた気分のままバッムスに視察に出かけることにした。
俺たち四人はポータルでバッムスに移動した。
バッムスの人口は1821人と136人しかいないエッバベルクよりはだいぶ広い。
おもな産業は岩塩、毛織物、塩漬け肉、穀物生産が中心となっている。
気候はエッバベルクよりも南にある分いくらかは温暖だ。
せっかく特産物があるのだから交通網を充実させれば更なる経済効果をもたらすだろう。
エッバベルクの時も思ったが小型の耕うん機やビニールハウスを持ってくれば農業にだって貢献できるだろう。
迷宮に行く前にその手の物を持ってきた方がいいだろうな。
次回の送還の時は少し長めに時間を貰うとしよう。
俺たちは町長の家を目指して町の門をくぐった。
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