第89話 王女殿下

 迷いそうになるくらい広い宮廷で、宰相のナルンベルク伯爵とアンネリーゼ殿下に引き合わされた。

殿下は現国王の次女で19歳になるそうだ。

エルケさんが言っていたフランセアとの政略結婚候補の筆頭に名前が挙がっていた人じゃないか。

フランセアの王子様はユリアーナの方が好きみたいだけどね。

たしかにぽっちゃりしていてスタイルはユリアーナの方がいい。

だけど顔はそんなに悪くないと思う。

唇が大きくて目が細いのは、ザクセンスの美的基準からは少し外れているのかもしれない。

地球ならアジアのモデルさんとかでよく見るタイプだ。

アンニュイな感じが色っぽいともいえるけど、コロンとした体形なので微妙に決まり切らない。

そして一番の欠点は髪のボリュームがないことかもしれないな。

端的に言ってしまえばちょっぴり薄い。

「ショウナイと申したな。そなたの出身地を聞かせてもらおう」

さっそく宰相が聞いてくる。

吉岡と話し合って既に方針は決めてあった。

「日本です」

サラッと真実を話すと宰相の視線が鋭くなった。

「ニッポンか……」

もしかして日本をご存じなんですか? 

この様子だと日本という地名を知っているようだぞ。

「一つ聞かせてくれ。そなたらはナラという地名を知っているか?」

奈良って奈良県だよな? 

もちろん知っているし修学旅行で行ったこともある。

「存じております」

「どのようなところだ?」

なんでザクセンスの宰相が奈良県のことを聞いてくるんだよ? 

俺だってそんなに詳しくないぞ。

「私も訪れたことは3回しかございません。1300年以上前に建てられた古い街です。大仏と呼ばれる巨大な神像が有名でございます」

仏さまを神と表現するのは拙いかもしれないけど、ここはアバウトな表現でいいだろう。

「なるほど、本当にユウイチの言う通りだったな」

ユウイチ? 

ひょっとしてザクセンスが勇者召喚した日本人か?

「我が国の勇者は3人おるが、ショウナイと同郷の者もおるのだよ。ユウイチはニッポン国ナラ県の出身だと聞いている」

ずっと噂は聞いてきたが勇者召喚された人間の具体的な消息は初めて聞いた。

「その方はどちらに?」

「今は地方に出向いている。そのユウイチが、奈良といえばダイブツか鹿だと常々言っておったのだ。日本人なら誰でも知っているとな。他にも柿の葉寿司だの奈良漬けだのよくわからない食べ物のことも申しておった。タカノハラという町がホームタウンらしい」

ごめん、タカノハラのことはよく知らない。

漢字で書いたら高野原かな? 

 宰相の話によると他にもアメリカ人やインド人の勇者がいるそうだ。

どの人も全員地方に行っていて面会することはできなかった。

「ではショウナイ殿たちはどこかの国が召喚した異世界人ということか?」

「違います」

俺の否定に宰相は驚かない。

「そうであろうな。勇者召喚された異世界人ならこのようなところをうろうろしているはずがない」

必ず国の監視がついているということか。

「では、ショウナイ殿とカワゴエ殿はどういった存在なのだ?」

「我々は時空神によってこの世界に呼び出されました。現在はセラフェイム様の命で働いております」

流石の宰相も驚きに目を瞠みはる。

実際はセラフェイム様の下請けって感じだけどね。

時空神にとっては孫請け? 

でも、こう言っておけば宰相も俺たちの行動を阻害することもないと思うんだよね。

虎の威を借る狐じゃないけど、神の威を借る凡人ってところだ。

「セラフェイム様の命とは……」

「ノルド教の経典を印刷せよという話でして」

「印刷?」

そうか、印刷技術を知らないもんな。

空間収納から本を一冊取り出して見せる。

「こんな感じです。これは私共の言語で書かれているのでお読みにはなれないと思いますが、このように機械で印刷された聖典を出版するように命じられているのです」

「これは……すごい」

宰相は読めもしない本を夢中になって捲っている。

王女様は話について来られないようだ。

ノートパソコンを取り出して画面を見せてあげた。

「このような感じになる予定ですよ」

ザクセンス語で書かれた文字が羅列されている。

フィーネに書いてやっている『シンデレラ』だ。

「…………」

二人とも絶句していた。

丁度いいから大切なことをお願いしておこう。

「目立たないように活動しているので私たちのことは内密にお願いしたいのですが」

「わ、わかった。秘密は漏れぬようにいたそう」

とりあえずは一安心だな。

「それで、今夜のご用はどういったものでしょうか?」

安心した俺は最高の営業スマイルを二人に向けた。



 時刻は18時を過ぎた頃だ。

詳しい話は食事の後でということになった。

いきなり王族や宰相との会食だなんて緊張してしまうではないか。

テーブルマナーとか大丈夫かな? 

クララ様には特に注意されたことは無いからいけるとは思う。

むしろ俺や吉岡はお行儀がいいと褒められている。

宰相は器量人だけあって巧みな話術で場を盛り上げてくれたので、少しずつ心に余裕を持つことができた。

会食のメンバーはアンネリーゼ様と宰相のナルンベルク伯爵、そして俺の3人にしてもらった。

ザクセンスの宮廷料理は初めてなので楽しみだ。


食事はニンジンのポタージュから始まった。

生クリームがたっぷりでどっしりとした感じのポタージュだ。

量は少なかった。

お次がローストした玉ねぎと炙り焼きされたサーモンが一切れ載っている料理だ。

ソースはサワークリームがベースかな? 

グルメ吉岡がいたら横で説明してくれただろうに、不在が残念で仕方がない。

皮ごと焼いた玉ねぎが美味しかった。

 こんな感じで次から次へと食事が運ばれてくる。

一皿の量は多くないけど種類が多いのかな? 

それにしてもこの王女様はよく食べるな。

さっきから大きなガチョウのモモ肉を何も喋らずに黙々と食している。

体型からみても食べることが好きなのだろう。

俺の周りにはよく食べる女の人が多い。

フィーネはその筆頭だな。

クララ様もよく召し上がる。

ベックレ中隊長も毎食、豆のスープをお代わりしている。

気持ちよく食べる人は好きだ。

視線が王女のところに留まりすぎたようだ。

すこし非難めいた表情を返されてしまった。

俺のチラ見は王女のガン見というやつだな。

悪いことをしてしまった。

そこからは料理に集中して黙々と平らげていった。

デザートまでかなりの量を残さず食べきったぞ。


 コーヒーは別室のソファーで飲むことになった。

「いかがだったかな。ザクセンス料理はショウナイ殿の口にあっただろうか?」

「大変おいしくいただきました。特に貴腐ワインでマリネしたブルーチーズには驚かされました。あのような食べ方は初めての経験です」

甘い白ワインを煮詰めて作ったソースにチーズを絡めた料理で、ブリオッシュのようなパンの上に乗せて食べるのがとても美味しかった。

吉岡がきいたらきっと羨ましがると思う。

「あれは私も好きです……」

王女様が挨拶以来初めて口を開かれた。

「姫様は特に甘いものがお好きですから」

「それは良かったです。私共が扱う商品には甘いお菓子もあるのですよ」

ティーカップや時計の話をしている時はまったく興味のなさそうな顔をしていたが、スイーツの話となるとちょっと違うようだ。

「異世界のお菓子ですか?」

「はい。こちらの世界にもございますチョコレートやケーキですが、やはり製法や原材料に差があるので味にも違いが見られます」

「そうですか。それは試してみたいですね」

王女様がようやく微かに微笑んだ。

だが、

「姫様、これまでの努力が無駄になりますよ。今宵はお控えなさい」

との宰相の言葉に、僅かに見せた微笑みはどこかに消えてしまい、能面のような顔になってしまう。

ダイエットでもしてるのかな? 

その割には夕飯をしっかり食べていた気がするけど。

「いまさら何をしたところで……」

王女殿下の目から涙が零れる。

どうした?

突然の涙に内心はびっくりだ。

「殿下、貴女は王族なのです。高貴な身分には責任が伴うことは殿下もよくご存じでしょう」

王女様はイヤイヤと首を振っている。

親子喧嘩の茶の間に偶然居合わせた客の気分だ。

「私に恥をかかせた男に媚を売るのが王族の責任ですか!? 他の女に目がいっている男を娼婦のように誘えと宰相殿はおっしゃるのですね」

「殿下!」

「失礼します!」

王女殿下は部屋を出て行ってしまった。

宰相はため息をついて椅子に深く腰掛けた。

「どうしろというのだ……」

宰相の呟きに俺は思う。

それは俺のセリフだぜ……。



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