第87話 ショウナイを確保せよ

 怒涛の半月が過ぎようとしていた。

暦も変わり今は風の上月(三月)だ。

その間に日本へ2回戻り俺も吉岡も無事に会社を退職することができた。

スキルも新たなものが二つ増えている。


スキル名 水泳

水の中を自由に泳ぎ回れるだけでなく、水深100メートルくらいまでの潜水が可能。

約10分間、息継ぎなしで泳げる。


とてもすごいスキルだけど今は実証できない。

春は名のみで風は冷たい。

雪だってたくさん残っている。

もう一つの新しいスキルも夢のある技だ。


空歩くうほ(初級)

空中に空気を圧縮した足場を作り、空を駆けることができる。

初級なので1歩から2歩。


これが非常に楽しい。

ジャンプしたところから更にもう一歩飛び上がれるなんて、まるで格闘ゲームのようだ。

今は一歩しか飛び上がれないのだが、たくさん練習して早く2歩すすめるようになりたい。

ところが困ったことに練習場所がなかなかないのだ。

ドレイスデンは都会なので人がいない場所というのが少ない。

スキルの内容は人に知られたくないから練習風景は見られたくない。

だからと言って室内でやるわけにもいかない。

天井に頭をぶつけてしまいそうだし、アパートでやれば下の住人から苦情が寄せられると思う。

今日も新たな練習場所を探して俺は地図とにらめっこだ。

「コウタ殿、ちょっとよろしいだろうか?」

資料室で適当な空き地を探して地図を見ていた俺に声をかけてきたのはエマさんだった。

「どうしました?」

「実は、また両親にショウナイ殿の居場所はわからないかとせっつかれまして……」

エマさんはバツの悪そうな顔をしている。

なんでも今度は宰相が俺のことを探しているようだ。

しかも腕時計や食器類ではなく神の指先ゴッドフィンガーを持つ者として捜索しているという。

騒ぎになるのが嫌でペーテルゼン男爵たちには口止めしていたのだが、宰相の圧力に屈してしまったようだ。

そのこと自体は仕方がないと思う。

俺だってつい最近まで会社員をやっていたのだから気持ちはわからんでもない。

上司に聞かれれば口をつぐんでいるわけにはいかないだろう。

責める気はないが、だからと言って名乗り出るほどお人よしではないのだ。

「エマさん、悪いけど俺もいろいろとやらなければならないことが多いんだよ。セラフェイム様に命じられていることもあるし……」

セラフェイム様に頼まれたノルド教の聖典の出版はまだ全然進んでいない。

だけどこう言っておけばエマさんは簡単にあきらめてくれる。

「そ、それでは仕方がありませんね。時空神様のご意思は宰相様の願いとは比べられるものではございません」

うんうん、わかってくれればいいんだ。

すごすごと引き上げていくエマさんに若干の罪悪感を覚えながら見送った。


―――――


 ザクセンス某所。

暗い室内の真ん中に一本だけ蝋燭が灯っている。

狭い部屋の中には10人を超える人間がいたが、正確な数が分からない程に室内は薄暗かった。

ここはザクセンス王国が誇る諜報機関である影の騎士団シャドウナイツのメンバーが集まる秘密の会所だ。

今晩集まっているのはとある指令を受けた3チームだった。

「全員揃っているようだな。お前たちにはショウナイという謎の人物の捜索を任せていた。それぞれの報告を聞こう」

まとめ役が促して今回の合同任務の報告会が始まる。

「ショウナイという男はベルリオン侯爵家やブレーマン伯爵家に出入りしている商人と同一人物である可能性が高いです。目撃情報をまとめると多くの点で外見の一致が見られます。」

次の人物が後に続く。

「ショウナイという商人にはカワゴエという仲間がおります。ショウナイの居所は掴めていませんが、カワゴエがドレイスデンのホテル・ベリリンに投宿していることは判明しております」

まとめ役は頷いた。

「カワゴエを見張っていればその内にショウナイに接触するだろう。しかしその二人はどこの出身なのだ?」

別のものが答えた。

「それはまだ判明しておりません。わかっていることは二人がかなり流暢なザクセンス語を話すこと。北の地で山賊に襲われた際にクララ・アンスバッハ騎士爵によって助けられたとの情報が入っております。ブレーマン伯爵に二人を引き合わせたのもアンスバッハ騎士爵です。以上のことから北方経由で我が国に入国したと考えられます」

正しい情報と偽の情報が交錯していた。

「カワゴエを拉致してショウナイの居所を吐かせるべきでしょうか?」

この質問にまとめ役は静かに首を振る。

「我々はショウナイなる者の協力を得なければならない。手荒な真似は絶対に控えよ。むしろ正攻法で行くべきだな」

「正攻法ですか?」

「ああ、それなりの使者をカワゴエという男の元へ派遣してショウナイへの取次ぎを頼むのだ。そうすれば、応諾するにしろ拒否するにしろカワゴエがショウナイに接触を図る可能性は高くなる」

「承知いたしました。我らは奴らを取り逃がさぬように監視を続けます」

「よし、以上だ。質問のあるものは?」

会所は静寂に包まれた。




 夕方、クララ様の夕飯の給仕をフィーネに頼んで俺は兵舎から出た。

今日は夕食を食べながら出店計画の進捗状況を吉岡から聞くことになっている。

豆のスープから解放されると思うと気分は軽かった。

一度アパートに寄ってショウナイの姿に偽装する。

食事前にベルリオン侯爵の屋敷にご機嫌伺いに行く予定だった。

 馬車を降りて顔見知りになっているドアマンと言葉を交わす。

「こんにちは。カワゴエは部屋にいるかな」

「いらっしゃいませショウナイ様。カワゴエ様ならラウンジで来客中でございますよ」

不動産屋かな? 

もしプライベートな客だったら邪魔をしちゃ悪い。

「どんな感じの人だった?」

「様子から察するにご大家お抱えの騎士様のようでした」

男の騎士というなら多分色恋は関係していないと思う。

仕事の関係なら無視はできないし早速挨拶をしておこうとラウンジに向かった。

「失礼します。カワゴエ君、お客様ですか?」

俺を見上げた騎士は50代くらいの真面目そうな男だった。

眉毛が太く目に力がある。

「ひょっとして貴殿がショウナイ殿ですか? これは手間が省けて助かった」

騎士はスッと立ち上がり俺の手を握ってくる。

かなりの大男だ。引き締まった体が武術の技量を示している。

だが愛想は悪くない。ごつい手をブンブンと振りながら武骨な笑顔をみせてくる。

「それがしはエゴン・ヘンケンと申す。むむっ、ショウナイ殿も鍛えておりますな! これはかなりやっている手だ」

オッサンは握手したまま嬉しそうに喋り出す。

離して欲しいのだがエゴンさんのペースに呑み込まれて言い出せない。

「某も騎士の嗜みとして一通りは使います。はははっ。ショウナイ殿の得意な得物は?」

「じ、自分は棒術を少々……」

つい、手を引っ込めるのも忘れて正直に喋ってしまった。

「おお! 棒術か。突いてよし、切ってよし、払ってよし、隙のない武器だ! おまけに組技、足技まであるんだから油断がならない。儂のような不器用な男にはとても修められん技だよ」

うん、褒めてくれるのは嬉しいけどいい加減に手を離して欲しい。

「あの!」

「ん? 儂の得意な得物か? 儂はもっぱらハルバードじゃ!」

聞いていない。

「いえ。そうではなくて、ヘンケン様はどういったご用向きで参られたのですか?」

「ん? 用向き? おお! そうじゃった」

ヘンケンはようやく自分の役目を思い出したかのように居住まいをただした。

「ショウナイ殿、本日まかり越したのは貴殿にたっての願いがあってだ。頼む。儂と共に我が主に会って欲しいのだ」

ヘンケンさんのご主人様ねぇ。

「それはどちら様でしょうか?」

大きな声で周りの人の存在などまるで気にしていなかったヘンケンさんの声がぐっと小さくなった。

「ザクセンス王国第二王女、アンネリーゼ様である」

いよいよ王族がきたか。


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