第57話 初任務
狭間の小部屋でスキルカードをひいた俺は思わず
「どうしたんですか先輩。透視術でも手に入れましたか?」
「違うわい!」
それはそれで嬉しい気もするけど、裸にありがたみが無くなりそうで嫌だ。
俺がひいたのはそんなものではない。
ついに武術系のスキルがきたのだ。
スキル名 棒術・半棒術(中上級)
技の全てを会得し、習熟したレベル。
ザクセンスで棒術の大会があったらベストエイトくらいまでならいけるでしょう。
魔力を具現化して90センチ~210センチの長さの棒を作り出せる。
早速、魔力を籠めてみると手の中に棒が生まれた。
「おお!」
スキルの補正なのか棒を持つと体も軽くなる気がする。
「ヤモリの手」とかと組み合わせたら新たな境地がひらけそうだ。
棒術というのは地球でも洋の東西を問わずに存在しているんだよね。
日本では「棒」だけど中国では「
映画なんかだと少林寺のお坊さんが棍を使って闘うのを見たことがある。
一方、西洋ではイギリスのクォータースタッフが有名だ。
ロビンフッドの仲間であるタックという僧侶がクォータースタッフの達人だったはずだ。
実はシャーロックホームズも拳闘・剣術と共にこのクォータースタッフを極めている。
後はフランスのバトン・フランセーズやそこから派生したステッキを用いるラ・キャンなんてものもあるそうだ。
俺の棒術はクォータースタッフと日本の棒術に近い感じのようだ。
「いいなぁ、武術系」
「吉岡は地水火風の四大系統魔法があるだろう」
「いやいや、男の子なら魔法剣士は憧れるでしょう」
そうか?
俺にとっての魔法剣士は器用貧乏というイメージしかないが。
ゲームのキャラだと剣士としても魔法使いとしても中途半端でパワー不足なんだよね。
あっ!
もしかして俺って魔法剣士に近い存在?
魔法は麻痺魔法だけだし、剣士ですらなく棒術使い……。
あんまり深く考えるのはやめておこう。
閲兵式に現れた中隊長は意地悪そうなオバサンだった。
ドーリス・ベックレという爵位なしの貴族らしい。
軍人らしく眼光は鋭く、筋肉質の固太りでとても強そうに見える。
年の頃は40代半ばらしいが未だに独身だそうな。
兵士たちからは密かに「
この仇名はさすがにちょっと可哀想だよね。
「本日より貴様らの上官となるクララ・アンスバッハ殿だ。クララ殿、挨拶を」
ベックレ中隊長は軍の階級でいえばクララ様より上になるのだが、貴族の格としては爵位持ちのクララ様の方が上になる。
この辺の関係が貴族社会の難しいところだ。
「本日よりこの小隊を預かることになったクララ・アンスバッハだ。よろしく頼む」
小隊との顔合わせもすみ、これからの活動が発表された。
下水道掃除夫の監督業務
王都警備隊ってこんな仕事もあるんだ。
具体的に言うと職安から派遣された労働者を各ポイントに割り振り、業務を監督した後に給金を払うまでの仕事らしい。
ただ、下水道は組織犯罪や窃盗犯に利用されたりすることが多いので、これを見回ったり、要所要所の鍵をチェックすることも大事な任務だそうだ。
「クララ殿は本日が初めての任務となるので兵たちと一緒に下水路の見回りをしてもらおう」
「はっ!」
ベックレ中隊長の言葉にクララ様は短く答える。
ん?
エマさん顔が怖いですよ。
「おのれ雌オークめ……」
「どうしたんですかエマさん?」
なんか怒ってますよね?
「コウタ殿、わからぬか? 貴族であるクララ様が下水路に入ることなど本来あるはずないのだ。それをあいつは……」
ああ、上官の立場を使って嫌がらせをしてるわけね。
クララ様が美人だからかな?
でもクララ様はあんまり気にしていないみたいだ。
怒りに震えるエマさんを宥めながら閲兵式を終えた。
だけどエマさんの怒りはますます激しくなっているようだ。
「クララ様、あのような命令に従うことはありません!」
「上官の命令だ、そうはいくまい」
「しかし!」
そんなに下水道がいやなのかな?
俺としてはちょっとだけワクワクしているのだが。
「もし嫌であればエマは地上で待っていてくれてもよいのだぞ」
そういえばエマさんも貴族なんだよな。
やっぱり下水路に入るのは屈辱なのかもしれない。
クララ様にここまで言われるとエマさんも何も言えなくなっていた。
俺の横でハンス君が大きなため息をつく。
「どうしたんだいハンス君?」
「いえ、エマ様がすごい不機嫌だから……」
ああ、自分にとばっちりがきそうで怖いのね。
ハンス君はまだ15歳で気の弱そうな顔をしている。
幼い頃からエマさんのお付きをやっているそうで苦労が絶えないようだ。
「酷いようなら相談してね」
「はい……でもお嬢様のためですから」
ハンス君は偶にエマさんから折檻を受けている様子だが、けっこう激しいものらしい。
体罰はイカンと思うのだが、いろいろな立場があるので言いにくいのだ。
見過ごせない程ひどいものなら一度注意しておいた方がいいのかもしれない。
広場の前に集まった500人の労働者を10組に分け、分隊を一隊ずつつけて送り出した。
俺たちは初めてということもあってバーレ分隊長の隊に同行した。
バーレ分隊長は陽気な中年男でアンスバッハ小隊の中では最年長の兵隊だ。
階級は俺と同じ伍長だけど、兵たちの信頼も厚く分隊長のリーダー格でもある。
俺も敬意をこめて他の兵たちと同じくオヤッサンと呼ばせてもらうことにした。
「オヤッサン、下水道に降りるにあたって気を付けなきゃならないことってありますか?」
オヤッサンは見事な口ひげを捻って少しだけ考える。
「そうさなぁ、大抵の犯罪者は兵隊が降りていけば逃げちまうもんだ。浄化用のスライムも人を襲うことはまずない。たまに変異種が生まれて飛びついてくることもあるけどな」
人に危害を加えるスライムも中にはいるんだ。
「まあ、大抵はあっちから逃げていくから、ことさら追いかけなければ大丈夫だ」
そこでオヤッサンは少しだけ心配そうな顔になった。
「なあコウタよ、新任の小隊長さんはどんな方だ?」
ツンツンしてるけどデレればかなり可愛いです、とは答えられない。
「仕事に関しては自分にも他者にも厳しい人だと思う。でも領民思いの良い領主様だよ」
「そうか……。実はな、下水路には結構な数の浮浪者が住み着いているんだ。大人ばかりじゃなくて親を亡くしたガキどもも多い。中隊長からは強制排除をいいつかってるんだが、この真冬に追い出しでもしたら、奴等にはいくところなんかねぇ……」
間違いなく凍死しちゃうだろうな。
「クララ様なら大丈夫だと思う。俺からも話しておくけど、そんな無体なことをする人じゃないよ」
「そうか!」
バーレ分隊長は安心したように二カッと笑った。
なによ……髭面の癖に恰好いいじゃない!
この人となら仕事もうまくやれる気がした。
重い鉄格子は軋みを上げて開き、その向こうには地下へと降りる階段が続いている。
ドレイスデンにはこのような地下下水路への入口がなん十カ所かあるが、その全てにはこうして大きなカギが取り付けられている。
「オヤッサン、こんなにしっかり戸締りされているのにどうやって人々は下水路に入り込めるんですか?」
「河のほとりにある排水溝から出入りしているのさ。他にも地下室が下水路へ続いているなんて家がいくつもあるんだ」
下水路の総延長は128kmにも及ぶらしい。
しかもそれは幹線路の話で、細かい支線までいれたら何キロになるかは当局も把握しきれていないようだ。
「裏社会ではこの下水路の地図が高値で取引されているなんて話もあるくらいさ」
犯罪者にとってはそれくらい重要な施設ということか。
地下へ降りる前に「犬の鼻」で危険なガスの匂いがないか確かめたが問題はなさそうだ。
予想していたより匂いはきつくない。
これも浄化スライムのお陰だろうか。
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