第47話 異世界にて地域振興を考える
ブレガンツから軍船に乗せてもらった俺たちはラインガ川を優雅にクルージング中だ。
……もちろん嘘です。
そんな優雅な旅になるはずがありません。
クララ様はともかく、従者は当然のごとく仕事が割り振られているんだもん。
さすがに操船作業や哨戒任務なんかは素人だからさせてはもらえないけど、掃除や料理の手伝い、洗濯、買い出しなどが主な仕事だ。
今は適材適所ということで吉岡は厨房でジャガイモの皮を100個分剥き、俺はデッキで掃除をしている。
「ヤモリの手」のお陰でマストの上でも平気で登れるから隅から隅まで丁寧にモップ掛けをしてやったぜ。
俺の働きぶりを見た水兵さんたちが王都警備隊なんてやめて水軍に志願しろと本気で言ってくれたのが嬉しかった。
でも俺はもうクララ様のものなのさ。
悪いね、浮気はしない主義なんだ。
あっ、………………久しぶりに絵美のことを思い出して落ち込んだ。
川の中州に小さな塔が見えるなと思ったらまた関所だった。
領地が変わるたびに川岸や中州に通行税を徴収するための建物が次々と現れるのだ。
これらは貴族が自分の領地内で、川の通行を許可するために建てた料金所みたいなものだ。
こちらは軍船なので通行税をとられることはないが、商用の船や漁船なんかからはしっかりと徴収している。
こんなにしょっちゅう通行税をとっていたら経済発展は望めそうにないと思う。
関所を撤廃すれば人と物の流通が盛んになる。
そうすれば商業が栄えて領地も発展するだろうに、目先の利益にばかり囚われているのだ。
例えば昔の日本では織田信長が他の戦国大名に先駆けて関所を撤廃している。
尾張の商業が栄える一因となったことは有名な話だ。
クララ様が内政をする時は是非関所の撤廃を助言してあげよう。
……でも、エッバベルクってド田舎なんだよね。
そもそも関所なんてなかった気がする。
いや、それ以前によそから来た通行人を見たことがない。
やっぱり地の利って大切だ。
山間部に近いエッバベルクじゃ関所の撤廃は何の意味も持たないか。
「先輩、何をたそがれているんですか?」
休憩になった吉岡が甲板に上がってきた。
「お疲れさん。いやね、エッバベルクをどうやったら発展させられるかなと思ってさ」
俺の発言に吉岡は即座に手を振る。
「ナイナイ。無理ですよ~、先輩もわかってるでしょう?」
そうなんだよ。
やっぱりエッバベルクには地の利が無さすぎなんだよね。
「主要街道からは離れているし、資源が取れるわけでもない、唯一の救いはラガス迷宮ですけど規模が小さすぎますよ」
巨額の資本を投下すれば何とかなるかもしれないけど、負債は100年以上消えないだろう。
会社の運営と領地経営を同列に論じることはできないけど、どれだけ上手に企画書をつくっても、役員会では絶対に承認されない事案だ。
「どこの銀行も金を貸してくれないだろうな」
それこそ比較的近場のブレーマンに遷都が決まるとか、新しい鉱山が見つかるとかしなければどうしようもないな。
「だから、自分たちが頑張ってクララ様がもっと実入りのよい領地を貰えるように功績をあげる方が手っ取り早いですよ」
吉岡の言う通りなのかもな。
「何の話をしておるのだ?」
後ろから突然話しかけられて俺たちは川に落ちそうなくらいびっくりした。
「クララ様……」
「エッバベルクの話をしていたようだが、どうしたのだ?」
どうせ俺はクララ様に嘘はつけないので、吉岡との会話の内容を包み隠さずに話した。
クララ様は終始穏やかに聞いて、最後にクスリと笑った。
「コウタとアキトが私の為を思って知恵を巡らせてくれたことを嬉しく思うよ。だが領主として領民により良い暮らしをさせてやりたいとは思うが、別の土地に行きたいかと聞かれれば、そんなことはないのだ。新興の領主ではあるが我が家はあの土地とは縁が深い」
そういえばクララ様の母方はあの地を治めていたギリール人の家系だ。
新興のアンスバッハ家が問題もなく領地を治めていられたのはかつての族長の娘の血がアンスバッハ家にはいったからだ。
「私はあの地を動くつもりはないよ。もし領地を加増されたら代官でも雇うつもりさ」
そうなのか。だったら俺も村の発展で楽しんでみるかな。
「わかりました。クララ様がそういうおつもりならば、私もエッバベルク発展のために微力を尽くしましょう」
あれ?
なんで驚いてるの?
「クララ様?」
「い、いや……こ、コウタ達は王都での軍務が終わるまでしかいてくれないのかと……」
あら、軍務が終わったらお払い箱?
「ち、違うのだ! もちろんそなた達が側にいてくれればこんなに心強いことはない。私には過ぎた従者たちだ。だ、だが……私はその、たいした給金も払わずにそなた達を束縛している……」
そんなことを気にしていたのか。
「大丈夫ですよ。私たちが少しづつエッバベルクを発展させてしっかりお給料を上げてもらいますから。ね、先輩」
「吉岡の言う通りです。とりあえずの方針は……大きなことはできないけれど!」
「小さなことからコツコツと!」
さすがは吉岡、息がぴったりだ。
午後のひと時を三人で今後のエッバベルクについて語り合った。
「領民の暮らしを楽にするっていうんなら農具でも買い付けてくる? 小型の耕運機とかエンジン付きの刈り払い機とかなら運べると思うんだ」
「いいですね。何回かに分ければビニールハウスとかも運べそうじゃないですか?」
「おお! 試験的に早い時期に作物を作り始めるのも楽しそうだな」
クララ様に俺たちが買おうとしてるものの説明をしたり、そのためにはいくらくらいかかるのかを計算したりしていく。
気分的には領地経営シミュレーションゲームだな。
「あとは、ラガス迷宮の中に宝箱にいれた100均グッズを設置するのはどうかな?」
「その程度でやって来る人が増えますか?」
劇的に増えることはないと思う。
小さな迷宮なのであんまり増えても困るしね。
「まあ、魔石産出量を増やすための入場者数促進グッズだよ」
ダンジョンの入場料は大切な収入だから少しでも増やしたほうがいいもんな。
これからいろんな町で宣伝のために100均グッズをラガス迷宮で見つけたものとして売ってみようかな。流石に高級ティーセットは拙いだろう。
あんなものを見つけたことにしたら迷宮に人が殺到してしまう。
ちいさなダンジョンだからあまりに大勢の冒険者が詰めかけたらすぐに干上がってしまいそうな気がする。
「ふふふ、夢が広がるな。コウタ達のせいですぐにでもエッバベルクに戻りたくなってしまったぞ」
俺もです。
チェーンソーとかインパクトドライバーとかを見たらリアたちは驚くだろうな。
ゾットなんか大興奮するかもしれない。
三人それぞれのビジョンを出し合って、エッバベルクという一つの形を作っていく作業はとても楽しかった。
夕方になってロンハウゼンという街に到着した。
今日だけで162キロの移動だ。
やっぱり船旅は早い。
王都まであと二日の船旅で到着する。
国の中心地に近づいているせいか街の規模も大きく人々の数も多い。
そしてこのロンハウゼンの軍港で俺はこの世界に来て初めて獣人たちに出合った。
「先輩、ついに来ましたね。リアル獣人ですよ」
「おお。いつかは出合うと思ってたけど、じっさいに会ってみると感動するよな」
彼らはここユラセア大陸から西へ遥かに進んだアメリア大陸(通称西大陸)から軍船の漕ぎ手として半ば強制的に連れてこられていた。
半分奴隷のようなものなのだが、一応雀の涙ほどの給料は支払われ、4年の任期が過ぎると除隊して一般市民として暮らせるそうだ。
種族はいろいろ雑多でトカゲっぽい人やネコっぽい人、リスっぽい人もいる。
夕方、川のほとりで水面を見つめるネコっぽい兄妹を見かけた。
やけに真剣な表情だと思ったら川の中で泳いでいる魚を見ていたようだ。
体長が40センチくらいある大きなマスが泳いでいる。
「お腹減ったね」
「ああ……」
獣人は軍の中でも差別の対象になったり、いじめに遭ったりすることがあるそうだ。
もしかしたら食事を取り上げられてしまったのかもしれない。
「魚食べたいね……」
「取れたらたき火で焼けるのにな」
あれだけ大きなマスなら二人で食べても食いでがあるな。
俺は手のひらを
思った通り魚も引き寄せることが出来たぞ。
うまく掴めなかったけど、水の中から飛び出したマスは陸の上でピチピチとはねている。
「ほら、これを食べなよ」
ネコっぽい人達はびっくりして立ち尽くしている。
でも少しずつ状況が飲み込めてきたようだ。
「貰ってもいいのか?」
「おう。たき火で焼いて食べたら美味しいと思うぞ」
そう言うと、妹らしき方がマスの頭をポカンと殴って気絶させてしまった。
うーん、ワイルド!
「ありがとう犬人族の人」
いや、俺は犬人族ではないんだが……。
「兄ちゃんこの人は獣人じゃないよ」
うん。
「ん? ああ、ハーフか」
それも違うぞ。
俺は京都人と信州人のハーフだ。
兄弟は嬉しそうに魚を掴んで去って行った。
そんなに犬っぽいのだろうか?
多分もう薄暗くなってるから見間違えたんだな……。
沁みるような夕日が赤く燃えていた。
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