第34話 はい、リターン!

 いまや伯爵家の居間は静まり返っていた。

「そ、それはまことのことであろうか?」

伯爵の声がちょっとだけ震えている。

「はい。私共は時空神によってクララ様の元に遣わされた異世界の者であります。この世界のものではございません」

実を言えばクララ様だけじゃなくてリアも俺たちを呼び出せるけどね。

召喚術式はみだりに人に教えないようにリアにはよく念を押しておいた。

その代わり困ったことが起きた場合はすぐに召喚するようにとも言ってある。

でもクララ様に召喚されている時にリアに召喚されたらどうなるんだろう? 

その辺はまだ謎のままだな。

「では、この茶器やグラス類は……」

「異世界の品でございます。ただし! ……そうたくさんはございません」

主に資本金の関係でね。

それと数を制限して希少価値を保たなくてはならないのだ。

「ウーム……。だがそなたたちが時空神の御使いだという証拠はあるのかな?」

そんなもんあるわけないじゃん。

「こればっかりは信じていただくしかございません。しいて言うならこれらの品が証拠になるかと」

俺はテーブルに広げられた品々を手で指し示した。

「……確かにこれらの物はこの世のものとは思えぬほどの出来だ」

伯爵家の人々の視線が痛いぜ。

そんなに見つめられたら困っちゃうだろ。

俺は「勇気六倍」があるからいいけど、元来人見知りの吉岡なんて大変だよ。

ほら~、下向いてるじゃないか。

「あいわかった! コウタ殿たちを信じよう」

あ、呼び捨てからコウタ殿にランクアップした。

本当に信じてくれたみたいだ。


 伯爵は400万マルケスのティーセットと35万マルケスのブランデーグラスを二つ、ご子息が小さなフラットカットのグラスを42万マルケスで買ってくれた。

しめて512万円のお買い上げな~り! 

儲かって嬉しいけど、これだけの物をポンと買えてしまうことに驚いた。

お金ってあるところにはあるんだよね。

最初は仕入れ値の12倍に少しだけ罪悪感を覚えたけど特に問題はないようだ。

欲しいものを手に入れて満面の笑顔で喜んでいる伯爵家の人々を見ていたらそう思えた。

みんなとっても嬉しそうだ。

 伯爵は気前よく3通もの紹介状を書いてくれた。

そして何と門のところまで見送りにまで来てくれたのだ。

クララ様の時でさえそこまではしなかった。

「コウタ殿、アキト殿、気をつけていかれよ。私も近いうちに王都へ行く予定だ。また向こうでお会いしよう」

「伯爵、親切なお言葉の数々痛み入ります。今日の御恩は決して忘れません」

挨拶が終わりバイクのエンジンをかけた。

「ま、待たれよ!」

ん? 

なんでしょう伯爵の御子息さん。

「そ、そのゴーレムは貴殿のものか?」

「はい。ですがこれはゴーレムではございません。特別な燃料で動くオートバイクという機械にございます」

「ほほう……」

え? 

なに? 

乗ってみたい? 

ちょっとだけですよ。

ご子息をリヤカーにのせて街中を一周してあげた。

人の少ないところでは30キロ以上のスピードで走ってあげたぞ。

「コ、コウタ殿」

「なんでしょうか?」

「これはいかほどするものなのだろうか?」

吉岡を見ると首を振ってから指を上にあげている。

値段を思いっきり釣り上げろってことか? 

乗り出し価格で37万円くらいだけど……。

「あー吉岡君、いくら位だったかな?」

わからない時の吉岡頼みだ。

「えーと……」

しまった、アイツはバイクの販売価格をまったく知らなかったな。

「1500万マルケスくらいでしたっけ?」

ばっ、40倍くらいの値段をつけやがった!

「おお……やはり高額なのだな……、だが今年の銅山の売り上げがあれば……」

買う気かよ!

「あ、あの。お買い求めになるんですか?」

「うむ、そのつもりだが」

そうはいっても発注してから自宅に届くまでには早くても1週間はかかる。

俺たちはほとんどこちらにいるし、そうなれば向こうの時間は止まったままだ。

しかもメンテナンスや修理を出来る人間がこちらにはいない。

大儲けできそうだが事情を話して諦めてもらうしかない。

「あの、壊れることもありますし、この世界の技師では修理ができないと思うのですが……」

「どれくらいの頻度で壊れるのだ?」

そんなこと聞かれても困るぞ。

使用方法や使用回数によるだろう。

車体の当たりはずれもある。

と、以上のことを説明したのだが……。

「壊れたらまた購入するので構わんよ。話を聞く限りそんなにすぐにダメになるものでもなさそうだ。何とかならんかな?」

マジかよ。

これが金持ちの考え方なの?

普通は修理して使うんだよ。

バイク好きのおっちゃんが聞いたら怒って発狂しそうなセリフだな。

……だけどバイクに憧れる気持ちも分からんではない。

簡単なメンテナンス方法は俺が翻訳して渡してあげれば何とかなるか? 

最悪替えの部品とかも運んであげられると思う。

ガソリンも定期的に販売できるしいいのかな……。

「えーとですねぇ……、これは作るのに非常に複雑な作業を要します。お渡しできるのは大分先だと思いますよ」

「かまわんとも! 1年でも2年でも待つさ!」

そんなに熱い目で見られると困っちゃうんだよね。

え? 

手付金をくれるの? 

じゃあ50万マルケスで……。

普通に新車購入費用を貰ってしまった。

残りの1450万マルケスは納車時に……はい。

あ、メンテナンスブックの翻訳費用と工具はおまけでつけときますんで。

フルフェイスのヘルメットもサービスしときますね……。

はい、ありがとうございました~。

……帰ったらすぐにバイク屋に電話だな。



 ヘルメットにつけたインカムから吉岡の声が聞こえてくる。

「先輩……退職届はいつ出します?」

気が早いって。

気持ちはわかるけどね。

「もうちょっと待とうぜ。それぞれがリスクの少ない投資で食えるくらいの金が溜まってからでもいいだろう?」

だけど、日本で仕入れてザクセンスで売る今以上の投資は思いつかない。

125㏄のバイクが1500万円で売れる世界だ。

高級車ならいくらになるんだろう? 

もっとも狭間の小部屋に自動車は入らないな。

軽自動車ならいけるか? 

今度、念のために測ってみよう。

持ち上げることはできないと思うけどね。

「先輩、今晩は祝杯ですね」

「ああ、この間買ったスパークリングワインを開けような」

こんなことならシャンペンでも構わなかったな。


 昼前に先行していたクララ様に追いついた。

「どうであった?」

「紹介状は三通も書いていただきました。しかも商品の一部をご購入いただきましたよ」

512万という売上金額を聞いた時にはクララ様も絶句していた。

今は全ての商品を12掛けの値段で売っている。

今回の投資総額は119万円。

その内の10万円を投資したクララ様の今回の儲けを計算してみたら約43万マルケスになっていた。

「よいのだろうか?」

金額を聞いた時のクララ様は困った様な顔をされた。

俺も「いいのかな?」って思いましたけど皆さん喜んでいらっしゃいましたよ。

「伯爵をはじめご家族の方も終始ご機嫌でいらっしゃいました」

「さようか。ならばよいのかな?」

クララ様は最後まで釈然としない様子だった。

だがエッバベルクのことを考えて気を取り直したようだ。

「これでずっと懸案事項だった村の東側の防備が固められるな」

ゴブリンがやってきた方面だな。

「そういえば、ゴブリンは迷宮に封じられていないのですね?」

ほとんどの魔物はダンジョン内に封じられていると聞いている。

新ダンジョンを見つけた時にそう教わった。

「そうなのだ。繁殖力が強く、森の中に逃げ込んだためにゴブリンだけは封じ込めに失敗している。エッバベルクが発展しない理由の一つだな」

普通のモンスターと違い抜群の繁殖力を誇り、普段は森の中で暮らすゴブリンを根絶するには莫大な費用が掛かるそうだ。

クララ様もいろいろご苦労されているのだな。

資金を集め、産業を興し、安全を確保できればクララ様の憂いも減るだろう。

そのためのお手伝いが出来たらいいなと思った。

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