第30話 今日、白銀の上で貴方と

 旅は続く。

ブレーマンを出発しラインガ街道をひたすら南下していく。

今日は悲しいことに雨だ。

冬の雨は冷たくて心まで凍りそうな気がしてくる。

俺たちは防水透湿に優れたレインウェアを着ているからいいが、フィーネは革マントとヘルメットだけで凌がなくてはならない。

だけど雨になることは「気象予測」のスキルでわかっていたので準備はばっちりできていた。

リヤカーのフレームと登山用ストックを使ってシートを幌のように張っておいたのだ。

これでリヤカーには簡易の屋根が出来た。

一方クララ様はプレートアーマーの上にサーコートという外套を着用している。

紋章などが刺繍してあってとても恰好がいい。

これのお陰でアーマー内に水は入ってこないそうだ。

だけど木綿のコートで雨を完全に防ぐのは無理だと思う。

風邪などひかないかちょっと心配だ。

バイクが雨水を跳ね上げたがリヤカーの前面に板を立てかけて進んだ。


 時刻は13時近くなっていたが街道沿いに集落は一つも見当たらなかった。

「コウタ、どこかで休憩にしよう。少し体を温めたほうがいいだろう」

クララ様に言われて休憩場所の選定にはいった。

なるべく平らな場所で木と木の間がよかった。

まとわりつく雨と冷気に耐えながらしばらく進むと条件に合う場所が見つかった。

最初に雨を凌ぐタープを張ってしまおう。

二人掛かりで木と木の間にロープを渡す。

吉岡も最近ではロープワークに慣れてきて器用にロープを木に結び付けていた。

ふた結びや、張り綱のテンションを調整できる結び方トートラインヒッチなんかもスムーズに結べるようになっている。

木と木にロープを渡したらそれに大き目のタープをかけてサイドを細引き(細いナイロンロープ)とペグ(小さな杭)でとめれば休憩場所は完成だ。

屋根は高い位置にかけているので調整すればタープ内でも焚火はできる。

「吉岡、火を熾したいんだけど何とかなる?」

「任せて下さい」

吉岡は先ず土魔法で風よけの小さな炉を作った。

それから小さなファイヤーウォールをその中に出現させ濡れた土を乾かしてくれた。

「こんなもんでどうですか?」

「いいね! 充分すぎるくらいだよ」

リヤカーの中にストックしておいた乾いた薪に火をつける。

パチパチと音をたてて燃える薪が心まで温めてくれるようだった。

 カフェオレを作って、パンにチーズを挟んだだけの簡単な軽食を立ったまま食べた。

あまり豪華なものを俺たちが提供するとクララ様が気に病んでしまうのだ。

というわけで俺たちがだすのはコーヒーだけにとどめた。


 空を見上げると雨は夕方から雪になると「気象予測」のスキルが教えてくれた。

「3時間後には雪になります。次の集落まではどれくらいの距離ですか?」

「恐らく10キロほどだ。エレンブルクという村がある」

あと2時間くらいで到着できるな。

今夜はそこに泊まることになりそうだ。


 夕方少し前にエレンブルクに到着して、村の神殿に宿をとることが出来た。

濡れた服を脱いで火の側で乾かす。

俺たちもこちらの世界ではこちらの世界で買った服を着ている。

でも一着しか持ってないので今は日本で買った普段着に着替えた。

「珍しい服ですよね。それがコウタさん達の世界の服ですか?」

「そうだよ。こっちの方が着慣れていて楽だね」

ザクセンス王国の服は厚手でゴワゴワしていて重たいのだ。

着ていると肩が凝ってしまう。

そういえばフィーネは随分と薄着だ。

いくらちびっこでも中身は18歳。

ささやかではあるが、胸のふくらみが自己主張をしている。

目のやり場に困りますな。

「寒くないのかフィーネ?」

「だって上衣は一つしかないんだもん」

吹き込んだ雨がフィーネの服も濡らしてしまったようだ。

変えのシャツとズボンが1枚ずつあるだけだそうな。

この世界に下着はない……。

「僕のフリースを貸してあげるよ」

吉岡が薄緑色のフリースをだしてやった。

サイズ的に俺のよりフィーネに近くていいだろう。

「うわあ、軽い服!! それにあったかい!」

フィーネは天使の服だとか言って喜んでいる。

天使はそんなものは着ていなかったぞ。

イケメンさんは真っ白な神官服のようなのを着てたもん。

「先輩、クララ様は大丈夫ですかね?」

「そっか、身体が冷えたらいけないよな」

クララ様は170センチ以上身長があるので俺のフリースを貸してあげたほうがいいだろう。


 ドアを開けるとクララ様は暖炉の傍らに立っていた。

その姿に思わずどきりとしてしまう。

普段はプレートアーマーかその下に着るギャンベゾンという厚手の鎧下を着た姿しか見たことがない。

でも、今日のクララ様は普通のシャツに革の乗馬ズボンといういで立ちだった。

「どうした?」

「あ、お召し物は乾きそうですか?」

ドギマギしながら答えてしまった。

「うん、隙間から雨水がだいぶ入ってしまったようだ」

サーコートもギャンベゾンも今は暖炉脇に干してある。

「少し薪を足しましょう。お身体が冷えるといけません。それからよかったらこれを着て下さい」

水色のフリースをクララ様に手渡した。

「これは?」

「私の予備の服です。お嫌かもしれませんが風邪をひかれるよりは――」

「嫌などと! ……そのようなことはない。着方を教えてくれ」

シャツの上にフリースを着せてあげた。

やり方が分からないクララ様にかわってファスナーをあげる時は物凄く緊張してしまった。

生まれて初めて女の子のブラジャーのホックを外したあの日よりも緊張したと思う。

脱がした時より着せる時の方が緊張するなんて変な話だけどさ。

「軽くて温かいな」

「気に入っていただけましたか」

「うん。……でもぶかぶかだ。コウタは……大きいのだな」

長すぎる袖をぶらぶらさせて遊ぶクララ様が可愛かった。

こんなしぐさは初めて見る。

「外は雪になっていますよ。今晩はそれを着たまま寝て下さいね」

「ああ。そうするよ」

クララ様がフリースを気に入ってくれてよかった。

今度日本に帰ったらクララ様とフィーネのフリースを買ってきてやろうかな。

安いものなら2000円ちょっとで買えるからいいかもしれない。

この世界では服の値段が凄く高いんだよね。

毛織か綿のシャツが基本だけど、どちらも3000マルケス以上する。

ものによっては日本の方が安かったりするのだ。


 ブリッツに餌をやろうと外へ出ると、一面の雪景色だった。

バイクが進むかとても心配だ。

単体ならまだいいが、リヤカーを引いてとなるとちょっと難しそうだ。

積雪をはかったら15センチ積もっていた。

「積もりましたねぇ。バイク大丈夫ですか?」

吉岡も不安そうに雪の深さをはかっている。

「俺もそれを心配してたところ。とりあえず試してみるからブリッツの世話を頼む」

餌やりを吉岡とフィーネに任せてエンジンをかけた。

 ゆっくりとアクセルをまわす。

なんとか走れるのだが非常に危ない。

走らすというよりも滑らせながら進むという感じなのだ。

今日一日で進む距離は38キロくらいある。

かなりつらい旅になりそうだ。

「どうです先輩?」

「やばいかも」

「そうですか。あっ、先輩のスキルってパッシブですか?」

「なにが?」

「水上歩行ですよ」

パッシブスキルのわけないよ。

もしも自動で水上歩行が可能な状態ならお風呂にすら入れなくなる。

って、そうか! 

雪は空気中の水蒸気が結晶化して落ちてきたものだ。

つまり元をただせば水だもんな。

「吉岡、あったまいい!」

さそく「水上歩行」をアクティブ常態にしてみた。

おお! 

雪の上を沈むことなく歩けるぞ! 

もう雪山でラッセルすることもない! 

だけど問題はここからだ。

バイクにまたがった状態でバイクも雪の上を浮いてくれるかどうか。

……やったぁ! 

大成功だ。

凄いぞ「水上歩行」! 

微妙なスキルなんて言ってごめんね。

君は最高のスキルだよ。

かんがえてみれば「種まき」以外は全部役に立つスキルだよなぁ。

いや、「種まき」だってきっと素晴らしいスキルなのだろう。

その時が来ればわかるはずなんだ。


 バイクやリヤカーという乗り物も「水上歩行」をアクティブにすれば沈まないことはわかった。

次に生物で試してみよう。

クララ様にお願いしてブリッツに乗せてもらうことにした。

ところがブリッツは嫌がってどうしても俺を乗せようとしない。

普段はあんなに甘えるくせに恩知らずなやつだ! 

仕方がないので吉岡におんぶしてもらった。

「いくぞ」

「バッチコーイ!」

吉岡の痩せた背中に飛び乗ってスキルを発動だ。

「どう?」

「お、沈まないですよ」

ふらつきながらも吉岡は雪の上を歩けている。

「私もやってみたいです!」

えー、ちびっこの背中に乗るのはちょっと……。

背徳感がすごくて……。

「フィーネが潰れちゃうよ」

「解体した肉を背負って雪山を歩いてたんですよ。どうってことないです」

そこまでいうなら……。

あ、女の人の背中に乗るのって小さい時以来かも。

「本当だ! 全然沈みません!」

フィーネの方が吉岡よりしっかりとした足取りだ。

「ふむ、私にもやらせてみろ」

「ええ! クララ様まで!?」

「プレートメールを着ているのだ。構わぬだろう……」

まあ、肌が触れ合うわけじゃないけど……。

最近のクララ様は少し変わったな。

エッバベルクにいた頃なら絶対こんなことはしなかったはずだ。

皆の仲が良くなってきた証拠だと思う。

だけどクララ様におんぶねぇ……。

「そうだ。クララ様、ガントレットを外して下さいませんか」

「構わぬ。コウタ手伝ってくれ」

装備を外し、自分の手を差し出す。

「お手を」

クララ様がつけていたミトンを外すと長く美しい指が現れた。


 繋がった手からスキルの力が伝わっていった。

二人でそっと雪の上に足を置いてみる。

ふいに起こった旋風つむじかぜに粉雪が舞い、雪原の上を滑っているかのような錯覚に陥る。

互いの指に少しだけ力が籠った。

「本当に沈まぬのだな!」

こういう時のクララ様は年相応にはしゃぐ。

普段の騎士としての顔も好きだったが、自由に心を解き放っている時の顔の方がもっといいと思った。

「コウタ、今度は海の上を歩いてみたいな」

「クララ様のお気の召すままに」

少しだけ目を閉じて、月夜の海を二人で散歩する姿を夢想した

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