第29話 大反省会

 城の門から出てきたところで吉岡が囁いた。

「先輩、手汗が止まりません」

「安心しろ。俺の脇もグショグショだ」

しばらく歩いたところで笑いがこみ上げてくる。

「くくくっ」

「ぷぷっ」

吉岡も同じ気持ちらしい。

やがてクララ様がいるのに大笑いになってしまった。

「まさかこんなにうまくいくとはな」

「予想はしてましたけど、最後まで不安でしたよ」

馬上のクララ様は俺たちを見下ろしながら肩をすくめる。

「まったく、エッバベルクの半月分の収入をたった2時間で売り上げてしまったな」

エッバベルク村の月々の税収は200万マルケスくらいか。

クララ様はそれを使って領地を運営してるんだな。

あんまり余裕はなさそうだ。

「先輩、あとで反省会しましょうね」

「そうだな。次の仕入れについても考えないとな」

軍資金は100万円以上だ。

今回はたまたまうまくいったけど、次回もこうだとは限らない。

今晩はしっかり反省会をして次回の作戦を練らなければ。


 時刻は既に正午をまわっていて、今から王都へ向けて出発することは見送られた。

この時間に出発すると途中で日が暮れて野宿することになりかねない。

テントをはじめとした装備はあるのだが安全のために出発は明日にした。

「それでは午後はどう過ごされますか?」

クララ様はニヤリと笑う。

悪そうな笑顔も素敵だ。

「本日の午後は鍛錬にあてるぞ。みんな武器を持って城壁外へいこう」

鶴の一声で午後は武術鍛錬になった。

そういえばきちんとした武術の稽古なんて初めてだ。

中学と高校の授業で柔道をやったことがあるだけだ。

「吉岡は武道の経験ある?」

「ピアノしか習ったことありません」

音楽ができるってかっこいいよなぁ。

「先輩は?」

「高校時代はバレー部だ」

「踊る方じゃないですよね?」

「バレーダンサーって喧嘩が強いって聞いたぞ」

極真空手の創始者である故・大山倍達先生は修業時代に密かにダンスを習い、バレーなどの研究にも熱心だったとか。

空手に必要なリズム感や強靭な下半身と体軸を養うのに有効なのかもしれない。

だけど俺がやっていたのは6人制のバレーボールだ。

武術とは何の関係もない。

大昔のバレーボール漫画で殺人スパイクと呼ばれる技が出てきたそうだが、バレーボールで人は殺せないと思う。

宿に戻ってフィーネと合流してから郊外へと出かけた。


 俺たちはクララ様から標準の装備として槍とショートソードを貸与されている。

本当はこれに弓矢と防具なども貸し出されるのだが手持ちのクロスボウと防弾ベストとヘルメットで間に合わせている。

フィーネも弓に関しては使い慣れた自分の弓を使っているので、俺たちと同じく槍とショートソードをブレーマンで買って貰えた。

防具も一般的なレザーアーマーを配備された。

 日頃の鍛錬で一番重視されるのは弓だ。

戦闘は遠距離戦である弓矢の撃ち合いから始まる。

今日は戦闘時における盾の使い方と弓の使い方を教わった。

盾で飛んでくる矢を防ぎ、弓で矢を射る動作を繰り返した。

放物線を描いて飛ぶ矢で目標にあてるのは本当に難しい。

俺と吉岡が苦戦する中でクララ様とフィーネはかなりの確率で的に命中させていた。

それが終わると槍の訓練だ。

基本的な握り方と突き方を指導されて、その後に走りこんで槍を突き出す訓練をした。

「だいぶ動きがよくなってきたぞ」

クララ様に褒められて嬉しい。

尻尾があったらぶんぶん振っちゃいそうだ。

「でも、槍は両手を使うので俺の得意な麻痺魔法を出すことが出来なくなりますね」

「ふむ。人によっては武器から攻撃魔法を出すことも可能なのだがな」

クララ様が槍を横なぎにすると大きなつららが現れて大地に突き刺さった。

「お見事!」

俺もやってみるかな。槍の穂先に意識を集中して魔力を集める。

おっ、いけそうな感じだ! 

槍の先端にゴルフボール大のパラライズボールを作ることが出来た。

「見事だ」

 その後は俺とクララ様で槍の組打ち、吉岡は魔法の練習、フィーネはウサギ狩りをして午後を過ごした。


 日が暮れて俺と吉岡はクララ様に断って反省会と祝勝会を兼ねた飲み会にでかけた。

1杯6マルケスの酸っぱいビールがやけにうまく感じる。

だが、反省点は多く喜んでばかりはいられない。

今後の方針を吉岡と話し合った。

「僕としてはいろんなものを細々(こまごま)売るよりは利益率の高いものをドカンと売りたいですね」

それは俺も同じだ。

ちまちまと商売をしている暇はない。

「同感だ。商売相手は金持ち限定にしたほうがいいと思う」

この世界は地球よりも富が偏在しているようだ。

金持ちはかなり裕福だけど庶民は全然お金を持っていない。

だったらお金持ちが欲しがりそうなものを高い値段で提供すべきだろう。

「何がいいですかね?」

高級品にはあんまり縁がないからなぁ……。

最初に思いついたのは自分の趣味である登山についてだ。

冬用の登山靴は20万円くらいするものもある。

だけど登山グッズに需要があるとは思えない。

それから各国の軍事バランスなんかをこわすものとかもダメだよな。

パワーバランスが保たれて、なるべく無害なものがいいと思う。

「やっぱり嗜好品しこうひんですかね?」

「だよな。たとえば高級ティーセットとかを20万円くらいで買ったら、こっちでいくらになると思う?」

「ああ……なるほど。そういえば伯爵の城でも白い磁器は見なかった気がするなぁ」

ウェッジウッド、ロイヤルコペンハーゲン、ミントン、マイセンなど地球の高級メーカーの品を仕入れて売るのだ。

地球でだって昔の貴族がこぞって磁器を買い求めたくらいだ。

こちらでも高値で売れる気がする。

「数百万マルケスの値段が付く可能性だって無きにしも非ずだぜ」

「先輩、冴えてる! だったらクリスタルガラスとかもありですよね」

バカラ、スワロフスキー、ショット・ツヴィーゼルなんてのもあったな。

ザクセンス王国ではよくビールが飲まれるから高級ビールグラスも需要があるかもしれないぞ。

100円のワイングラスが6000マルケスで売れたのだ。

10000円のグラスなら60万マルケスで売れるかもしれない。

それが無理でも10万マルケスにはなるんじゃないか!?

その夜、俺たちは楽しい夢を見ながら杯を重ねた。

二人で7杯ずつビールを飲んだけど支払いは僅か84マルケスだった。


 アルコール度数は低いビールだったが7杯も飲んだらさすがに足に来た。

俺たちはどちらも酒に強くない。

二人で肩を組んで夜道を宿へと歩いた。

たぶん千鳥足の俺たちはいいカモに見えたのだろう。

暗がりで突然誰かが襲い掛かってきた。

頭を狙って振り下ろされた棍棒を何とか腕で受ける。

「いてぇ!! なにしやがんだ!」

何も考えずに麻痺魔法を襲ってきたやつにむけて放った。

男は硬直したまま地面に倒れてしまう。

「先輩、こいつら盗賊れすよ!! 懲らしめてやりなさい!」

吉岡が呂律のまわらない舌で喋りながら回復魔法をかけてくれる。

よく見ると倒れた男の他に二人の追剥おいはぎがいた。

「おのれ~~。これでもくらえ!!」

俺はポケットから取り出したフラッシュライトの光を盗賊たちにあびせかける。

「ぐあっ」

「目がぁ、目がぁ!」

「大丈夫かムスカ!?」

目潰しをくらった盗賊たちはのたうち回っている。

俺と吉岡はすっかり酔っぱらいだ。

「聞きましたか先輩!? あいつムスカだって!」

「聞いた、聞いた! マジうける!!」

この時、突如警笛が鳴り響き俺たちは全員ブレーマン警備隊に捕まってしまった。

そして事情を聞いて俺たちの身柄を引き取りに来たクララ様にこっぴどく叱られる羽目になる。

さいわい捕まった盗賊の方が前科もあるお尋ね者だったので厳重注意だけで釈放された。

襲われただけなのにな。

そのことを言ったら「襲われるような醜態を晒すのが悪い」とクララ様にまた叱られてしまった。

もちろん宿に帰ってから俺たちが大反省会を開催したのは言うまでもない。

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