第25話 大いなる遺産

 九時ちょうどにやってきた吉岡を車に乗せて出発した。

練馬から関越自動車道にのって川越へと向かう。

高速道路を使って少しでも時間の節約だ。

だいたい一時間くらいで川越につく予定だった。

「さっき実家に電話したんですけどやっぱり使ってないリヤカーがあるそうです」

「おお! やったな」

「しかもバイク用の牽引機付!」

何てご都合展開なんだよ。

「マジか?」

「ええ、死んだ祖母が買ったみたいです。祖母は車の免許がなかったから、農作業の道具を運ぶのにバイクにつけていたそうです」

なるほど、そんな需要もあるわけね。

「でも原付につける場合は重量制限があったみたいで、結局ほとんど使わなかったようですよ」

「吉岡のお婆ちゃんって畑を作ってたの?」

「ええ。家は兼業農家でしたから、祖父が死んでからも一人で死ぬまでやっていましたね。ほとんど趣味みたいなものでしたよ」

もっと早くに知り合えたら俺の「種まき」スキルでお手伝いが出来たかもしれなかったな。

「あ、そこの信号を左に曲がってください」

「了解」

「左側に細い道が見えてきますから入ってください」

「あいよ」

言われた通りに運転していく。

「着きましたよ、右側の建物です。そのまま門の中に車を入れてしまってください」

「ホントに?」

「はい。このまま入っちゃってください」

いいの? 

だってとんでもなく巨大なお屋敷だよ!?  

昔の日本風の両開きの門があって、石畳がずっと奥まで続いている。

道は緩いカーブになっていて大きな石灯篭いしどうろうや曲がりくねった松とかが植えてあるから奥が見えない。

ゴージャスすぎて入るのに勇気がいるレベルだ。

頑張れ俺の「勇気六倍」! 

表札には吉岡って書いてあるから大丈夫なんだろうけど……。

吉岡ってばお坊ちゃまだったのね。


 吉岡ママに挨拶してお土産を渡した。

近所の店で適当に買ったお菓子だからちょっと恥ずかしい。

お口に合えばよろしいのですが……。

吉岡のやつが俺のことを上司として紹介したから凄く丁寧に対応されてしまった。

厳密にいえばそうなんだけど、ここはもう少しフランクな感じでお願いしたかった。

 一息ついたところで早速リヤカーを見に行った。

案内された場所は大きなお蔵だ。

黒壁に黒い瓦の立派なやつだ。

土蔵ともいうんだよね。

本物のお蔵に入るのは初めてだ。

お宝とかが眠っていそうな雰囲気だよ。

ちなみにお蔵の壁が黒いのは戦時中に黒く塗るように指導があったからだそうだ。

白いと爆撃の対象になったのか? 

そういえば太平洋戦争のときは夜に光が漏れないように各家庭でも気をつけていたらしい。

窓を塞いだり、電灯に覆いをかけていたそうだ。

灯火管制とうかかんせいって言ったかな? 

もっともアメリカの爆撃機には既にレーダーが搭載されていたからあんまり意味はなかったみたいだ。

歴史を感じながらお蔵に入った。

お蔵は入ってすぐのところが広い土間になっていて、隅の方にバイクと小さめのリヤカーもそこにあった。

「おお、これか」

勝手に古いものを想像していたが、リヤカーは比較的新しいものだった。

「死んだお婆ちゃんが北千住きたせんじゅの会社に特注したものでしてね、随分と凝った造りをしてるそうですよ」

吉岡ママが困った様な顔で説明してくれる。

確かに黒塗りスチールのフレームは堅牢そうだし、車輪の根元にはショックアブソーバーまでついていた。

吉岡は大笑いだ。

「婆ちゃんらしいね。これなら中古の軽自動車の方が安いんじゃない?」

「ええ。30万円以上かかったのよ。私が畑まで荷物を運ぶって言っても聞く耳をもたないんだから」

「たぶんリヤカーの打ち合わせをしている内に楽しくなっちゃったんだよ。そういうことにはお金を惜しまない人だったからね」

吉岡は絶対にお婆さんの血を受け継いだな。

「どうせ誰も使ってなかったからいいけど、こんなもの何に使うんだい?」

「先輩とアウトドアで遊ぼうと思ってね。丁度こういうのを探してたんだ」

完全な嘘ではないな……たぶん。

 リヤカーの仕様書が残っていたので吉岡ママが出してきてくれた。

見ると、引っ張り試験2.8トンに耐えられる溶接で作成してあると書いてある。

これならバイクにつないでも大丈夫かもしれないね。

積載面の寸法は長さが1メートル34センチ×幅が92センチだ。

少し狭いがバイクに二ケツよりはマシだろう。

重さも55キロなので吉岡と二人なら十分持ち上げられる。

召喚時に持っていくこともそれほど大変じゃないな。

一人でバイクを持ち上げた時に比べれば余裕だぞ。

スペアタイヤまであったのでこれも持っていくことにした。

空気入れは俺のバイク用のモノが既にあるから大丈夫だ。

 リヤカーは自動車の荷台には入りきらなかったので屋根の上のルーフレールにザイルで括り付けた。

二人でやれば持ち上げるのも何とかなったぞ。

その後は吉岡が無線機の用意を、俺は近所へ買い出しに行った。

クララ様へのお土産もここで買っていくつもりだ。

美味しいお菓子や芋けんぴの店も既に吉岡ママからレクチャー済みだぜ。


 途中で昼ご飯を食べたり、燃料や予備のバッテリーなどを買って家についたら16時過ぎだった。

なんだかんだ言ったけど俺もアキバで吉岡と同じメーカーのフラッシュライトを買ってしまったよ。

いじってたら欲しくなっちゃったんだもん。

差別化を図るために吉岡のより少し長いタイプの物を買ったぞ。

それから100均ショップにも寄った。

これは向こうで商売をするための準備だ。

あちらの世界ではとにかく刃物が高値で取引される。

しかも物はお世辞にも良いとは言えない。

クララ様の剣も実を言うとあんまり切れない。

はっきり言ってなまくらだ。

現在、俺が毎晩少しずつ研いで切れるように改良中なぐらいだ。

今ではトータル研ぎ時間が3時間を超えてだいぶいい感じに仕上がってきた。

クララ様は魔法で強化しているみたいだから本当は必要ないんだけどね。

でも刃物を研ぐのって結構楽しくてはまってしまうのだよ。

それはともかく、向こうの世界では刃物は貴重なのだ。

というわけで初期投資3240円で包丁を30本買ってみた。

100均の切れない包丁でも向こうの世界ではまあまあいい包丁になる。

それどころかステンレスの錆びない包丁は魔法の包丁と言っても差し支えないかもしれない。

普通の包丁が1本5000マルケスで売られているから、同じ値段で全部捌ければ15万円になるはずだ。

どうせ初期投資は数千円だし失敗したら別の商品を考えることしようと吉岡と話し合った。

他にもいろいろ買って準備は万端だ。

地方都市ブレーマンについたら早速商品を卸してみることにしよう。


 マンション地下の駐車場には相変わらず人はいなかった。

屋根に括り付けたリヤカーを下ろして、スペアタイヤを積んだ。

他のこまごまとしたものは全部空間収納に放り込む。

「あれ? 空間収納が少し広くなってる?」

「ほんとですか? 変わんないと思うけど……」

気になったのでメジャーで測ったらやっぱりほんの少しだけ広くなってました! 

前にはかった時は高さ32×横幅37×奥行63(cm)だったのが、今回は32.5×37×63で高さだけだが5ミリ広くなっていた。

「へぇ、スキルって成長するんですね」

「吉岡の魔法も修練次第で成長するんだろう。空間収納スキルも同じことじゃないか?」

スキルも使っていれば少しずつ成長するようだ。

俺もいつかはこのリヤカーが入るくらいの空間収納を扱えるようになるのだろうか? 

いつになるのかわからないけどね。

「もうすぐ5時ですよ」

「おう。15秒前から持ち上げようぜ」

リヤカーのパイプを握りしめてタイマーを見つめる。

地下駐車場にタイマーの音が鳴り響き俺たちは狭間の小部屋へと飛んだ。

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