第24話 彼女と彼と彼女の関係

 再び俺たちはカッテンストロクトの神殿に宿を借りた。

今夜は大部屋に吉岡と二人きりだ。

クララ様は貴族用の個室に泊まるし、フィーネは家族の元へ帰っている。

前回召喚されてから明日で五日目になる。

一日早いのだがクララ様にお願いして元の世界に送還してもらうことにした。

その間にフィーネも家族とゆっくりお別れができるからだ。

王都へ向けてカッテンストロクトを出発するのは明後日の早朝に決まった。

「先輩、明日はどうします?」

向こうへ帰ってからの予定を吉岡が聞いてくる。

買い物もしたいが一人でのんびりしたい気もする。

送還されれば向こうでは土曜日の朝だ。

仕事は休みなので時間的には余裕があるな。

「とりあえず風呂に入りたい」

「ですよね~」

真っ先に思ったのが熱い風呂だった。

こちらに召喚されてからの六日間、身体を拭くだけで風呂には一度も入っていない。

空気が乾燥しているのであまり汗はかかなかったがやっぱり気持ちの悪いものだ。

アウトドア派の俺は風呂に入らないで過ごすことにも結構慣れてはいる。

登山で縦走をすれば何日も風呂に入らないなんてこともざらだ。

だけど今どきは山小屋でさえシャワーを完備しているところも多い。

文明人として風呂無しは一週間が限度だった。

俺でさえそうなのだ、吉岡にはもっときついことだと思う。

「風呂入って、ちょっとのんびりして10時くらいに買い物場所に集合でいいですか?」

吉岡のマンションから家まで30分くらいの距離だ。

自分の部屋で少しはくつろげそうだ。

「それで構わないよ。今回は何を買っておく?」

明日の送還に向けて吉岡と買い物リストを作った。

「先輩、そういえばフィーネの足はどうしましょう?」

忘れていたな。

クララ様はブリッツに乗るし、俺たちは125㏄のバイクに二ケツだ。

従者がクララ様と一緒の馬に乗るわけにはいかないし、小型車に3人乗りは無理だろう。

オリエンタルな国の人々は普通にやっているらしいけど、ちょっときつすぎる。

どこの雑技団だって話だ。

いくらフィーネが小柄でも残り1400キロ以上をそんな状態で旅したくはなかった。

そもそも吉岡と二人乗りも結構つらいのだ。

もう少しスピードを出せれば楽だが、ブリッツがばてないように時速は最高でも10キロ程度だ。

サイドカーなんてつけたらバイク本体より金がかかるしなぁ……。

「バイク用のリヤカーってあったよな」

ずっと前にスーパーカブにリヤカーをくっつけているのを見たことがある。

「ありましたねそんなの。自転車が屋台をひいてるのを見たことがありますよ」

自転車にもつけられるなら俺のバイクにもくっつけられるんじゃないだろうか。

「スピードを出すわけじゃないしいけるんじゃね?」

「二ケツは辛いですからね。サスペンスに問題はあるでしょうけどこの際しかたありませんよ。確か実家の蔵でリヤカーを見たことあるなぁ。使ってないみたいだから頼めばくれると思いますよ」

「本当? 吉岡の実家ってどこよ?」

「川越です」

埼玉県か。

時間的には問題ないな。

リヤカーがいくらするかはわからないが買うよりは交通費の方が安くつきそうだ。

「あとは何を用意しとこうか?」

「食料と……、フラッシュライトは俺が1本持ってますから、それを持ってくればいいですね」

フラッシュライトは首都警備隊に編入された時に使う予定だ。

お巡りさんの必需品だと思う。

しかも吉岡が持っているのは軍隊にも採用されているアルミニウム合金製で、護身用の武器にもなるそうだ。

電池も普通の単三とか単四じゃなくて、CR123とかいう一本400円近くもするものだそうな。

強力な光で敵の目を眩ませ、相手がひるんだら殴りつけることが出来るらしい。

「なんでそんなの持ってるの?」

「いやぁ、世の中物騒で怖いじゃないですか」

そんなものを持っているお前の方がよほど怖いぞ。

だけどもう攻撃魔法が使えるから護身グッズは持たなくてもよくなったわけだ。

これで夜の街で職質されても安心だね。

「他にいる物は何でしたっけ?」

「そうそう、吉岡って無線機持ってなかったっけ?」

こちらでは携帯電話なんて繋がらない。

連絡手段が欲しかった。

「ああ! あると便利ですよね。それも実家です。ハンディー(携帯型)もモービル(据え置き型)も押し入れの中で眠ってますよ」

ハンディー機でも出力の高い製品は7万円くらいするそうだ。

やっぱり明日は川越までドライブだな。

「でもハンディーは充電していけばいいけど、モービルは電源が必要ですよ」

発電機は重すぎるし、場所をとるのでまだ持っていきたくない。

それ以前に買う金も惜しいのだ。

王都に到着して、もう少しこちらの世界で儲かったら考えてみよう。

それにしても電源か……。

「先輩、バイクのバッテリーって何ボルトですか?」

「12ボルト」

「だったらいけますよ。バッテリーあがりが怖いからコンデンサだけ着けときましょう」

流石は吉岡、頼りになる。

「じゃあ、俺が車を出すから川越までいきますか?」

「はい。ウチの実家の近くにホームセンターもあるし必要なものはいろいろ揃うと思います」

川越か、子供の頃に行ったきりだな。

たしか「小江戸」なんて呼ばれていて蔵造りの街並みが残っているお洒落な場所だった気がする。

街のシンボルになっている『時の鐘』という鐘楼をみた記憶があるな。

サツマイモを揚げた芋けんぴが美味かった。

時間があったら揚げたてをクララ様のお土産にしよう。

空間収納に入れておけばアツアツの状態を保てるもんね。

吉岡と二人で細かいタイムテーブルを決めてから眠りについた。


 翌朝7時、クララ様に送還してもらう。

日本時間も7時なのでわかりやすくて丁度良い。

「再召喚は本日17時で構わぬのだな?」

「はい。それでお願いします。タイマーは既にセット済みです」

向こうでゆっくりしてもよかったのだが、俺も吉岡も早いところこちらに戻ってきたかったというのが本音だ。

吉岡は村はずれで魔法の練習がしたかったし、俺も新しいスキルを早く見てみたかった。

「それでは送還する」

何でだろう? 

クララ様は俺を送還する時はいつも不安そうな顔をする。

送還って俺が考えているよりも難しいのだろうか。

「また、お土産を買ってきますよ」

最期に投げかけた言葉の返事は聞こえない内に俺たちは狭間の小部屋に戻っていた。


 コウタ達がいなくなった部屋の中で、しばらくクララはぼんやりと佇んでいた。

部屋の隅にはコウタ達が残していった荷物が積まれている。

空間収納の中身を出して新しい荷物を詰めてくるそうだ。

大丈夫、コウタ達は戻ってくる、クララは自分に言い聞かせた。

前ほどではないが今回もやっぱり、もうコウタは戻ってこないのではないかという不安がクララを苛んでいた。

でもコウタはいつもと変わらない笑顔でお土産を買ってくると言ってくれた。

あの、人を安心させる愛玩犬の笑顔だ。

「大丈夫……コウタは……私の元に……」

コウタの荷物にそっと手を触れながらクララは独りちた。



 帰宅した俺は早速風呂を沸かした。

休日なので絵美はまだ寝ている。

吉岡は9時に来ることになっているので今日は長風呂を楽しむことにした。

また明日からは風呂の無い生活だ。

少し熱めの風呂に浸かって今日一日の予定を頭の中で組み立てていく。

なんだか毎日が充実してるなぁ。

鬱々として暮らしていたのが嘘のようだ。

肩まで湯につかって目を閉じた。

 風呂から上がってリビングへ行くといい匂いがして朝食が用意されていた。

絵美が用意してくれたのか。

なんか久しぶりだ。

食卓の上にはクロワッサンとベーコンエッグ、サラダやコーヒーが並んでいる。

「おはよう」

「お、おはよう」

六日ぶりに絵美の顔をみたが、今日は穏やかな感じだ。

俺としては久しぶりに会ったので普通に挨拶されただけで緊張してしまった。

 特に会話もないまま朝食が進んでいく。

テレビって便利だよな。

アナウンサーが今日のニュースを勝手に喋ってくれるお陰で沈黙が不自然にならずに済んでいた。

「今日はどうするの?」

「お、俺?」

「うん。私はスーツをクリーニングに出して本屋へ行く予定だけど……」

絵美は昼ご飯をどうするかということを聞いているのだ。

「俺は吉岡と一緒にあいつの実家にいくことになってるんだ」

吉岡は何度か家に来ているので絵美も知っている。

「実家? どうしたの?」

珍しくこちらに興味を持ったな。

「あ~、大きい荷物を車で運んでやろうと思って」

あいつは自動車を持っていないので言い訳としては妥当だろう。

「ふーん。じゃあお昼はそれぞれね。夕飯は?」

「まだわかんないな。多分夜の7時には帰ってくる」

「ん」

会話はそれで終わった。

後は行儀よくアナウンサーがしゃべる言葉を聞きながらコーヒーを飲む。

なんだろうねこの後ろめたさは。

でも俺も絵美も同じなんだろうな。

今やっていることが夫婦の関係よりも楽しかったり、大切だったりするってことなんだろう。

でも、このままっていうのも寂しい気がする。

次に帰ってくるときはもう少し絵美との時間をとってみるか。

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