第114話 暴食の大蛇
大蛇と向き合う。
ナシトが生み出したのだろう魔導の光が、僕らのいる『赤坑道』を照らしている。光は水晶の赤を反射して、広間全体を赤く染めていた。
瞬間、ケルキダ=デェダはこちらから顔を背けた。長い
横からの気配に気付かなかった。
僕へ勢い良く、でも優しく、誰かが抱きついた。僕の鎧と彼女の胸当てがぶつかって、かしゃりと音を立てる。細い腕が僕を抱き締めた。
「ルシャ?」
名を呼んでも反応はなかった。ただ僕の首元へ頭を寄せて、顔を見せてくれない。身体は少しだけ震えているようだった。
「……無事、ですね。本当に、良かった……!」
聞こえた小さな声は身体と同じように震えていた。当然だけど、心配させてしまった。僕は大蛇の気配を追いながら、一瞬だけ視線をルシャへ向けかけて。僅かに早く、ルシャは弾かれるようにして僕から離れた。
「すみません。戦闘中なのは、分かっていたのに。もう、大丈夫です」
「……ありがとう、ルシャ」
離れ際に一瞬見えたルシャの目元は赤かった。思わず謝りかけて、止める。謝るのはなぜだか違う気がした。
森で大穴が開いた時、シエスを守るために飛び込んだことに後悔は無い。それ以外に選択肢は無かった。僕以外にシエスを守れる者はいなかった。僕の行いは、僕の最善だった。そう信じている。
けれど、シエス以外の皆だって、傍にいるべき仲間なのは間違いない。シエスを守って、ルシャも悲しませないようにするには、あの時どうすれば良かったのだろう。ルシャを不安にさせずに切り抜けられる術があっただろうか。僕にはまだ分からない。
近くで別の気配がまた動いて、思考を打ち切る。ケルキダ=デェダのものではない、ギラついた視線。ガエウスがこちらへ歩いてきていた。
「よぉ、ロージャ。遅かったじゃねえか。お前無しでこんな大物を釣るたぁ、俺もまだ捨てたもんじゃねえと思ったンだが。結局、お前絡みだったかよ」
「冗談は後だ、ガエウス。あの魔物――ケルキダ=デェダは、何してるのか分かるかい」
先程から、広間近くの土の中を
「さあな。さっきから潜ってばっかでつまらねえ。攻めも単調だしな。魔導も使ってこねえ」
つまらないと言う割には楽しげな声だった。こういう時は大抵、魔物が隠している何かに期待している。僕がとりあえずの攻め方を提案しようとすると、遮るように後ろから野太い声が聞こえてきた。
「土と水晶を喰っとるんじゃい。ケルキダ=デェダは、喰って溜めた魔素で傷を癒す化物じゃからな。さっきの腹の一発も、もうきれいさっぱり消えとるじゃろな」
カフ=カカフとシエスがすぐ傍まで来ていた。シエスを見つけたのか、隣のルシャの気配がふっと和らいだように感じた。
ケルキダ=デェダはいくつかの魔導を扱うと聞いていたが、『癒し』の魔導とは予想外だった。暴食で再生する大蛇か。土も水晶も腐るほどあるこの地下で相手をするべき魔物ではなさそうだ。けれど、やるしかない。
「んだァ? おっさん、ドワーフか? 久しぶりに見るが、相変わらずもじゃもじゃだな!」
「やかましいわい! なんじゃいお主は! ……ロジオンよ、わしも戦うぞ。あの忌まわしいモグラ、放ってはおけん」
明後日な方向に楽しげなガエウスは無視して、カフ=カカフの言葉にただ頷いてみせた。彼の戦い方はもう聞いてある。鎚主体の重戦士。聞いた限りでは、僕よりも素早く攻めて、僕ほどは守らない。本当は僕と同じ最前線での守りを担ってもらうべきなのだろうけれど、いきなりの連携は難しい。今回はルシャと同じ攻め手を担ってもらうつもりだった。
土壁の向こうで、蠢く音が一段と大きくなった。そろそろ出てくるところだろう。ルシャたちから相手の出方を詳しく聞いておきたかったが、時間がない。
「まずはいつも通りいこう。カフ=カカフは自由に動いてください。ただし鎚を当てる時以外は僕より前に出ないで」
「おうよっ」
ドワーフの雄叫びとほぼ同時に、轟音。土壁にまた一つ大穴が開いて、眼の無い大蛇の頭が現れた。
「ナシトは僕以外に『隠蔽』を。シエスは大きめの魔導を。氷がいいかな。ナシト、聞いていたかい?」
「ああ」
「ぬぉっ、なんじゃこやつはっ!」
ナシトは案の定すぐ傍にいた。カフ=カカフが驚くのも無理はない。ガエウスですら、ナシトの気配は完全には読み切れない。
ひとつ息をついて、意識を切り替える。ここからは正真正銘、命の取り合いだ。
「おい、ちょっと待てよ? ドワーフがいる地下ってこたあ、地底都市も近えんじゃ――」
「よし、行こう。皆、武運を」
ガエウスの声がはしゃぎ始めた。無視して合図を送る。大蛇はもうこちらを捉えている。
「はっ、面白くなってきたぜっ」
変わらず楽しげに叫んで、ガエウスが消えた。ナシトの『隠蔽』の魔導で、僕以外の仲間たちの気配が薄れて弱まるのとほとんど同時に、ケルキダ=デェダが動き出した。身体をくねらせて地を這い、巨体に似合わない速度で真っ直ぐに僕へと向かってくる。先程の貨車での一撃をよほど腹に据えかねているのだろう。
盾を構えて、出方を伺う。今の速度なら、『力』で強引に止められるはずだ。でもそうする気はない。ログネダさんの言葉を思い出す。『力』を頼りすぎてはいけない。『力』無しでこの化物を相手にできるとは思っていないものの、それだけに頼った戦い方は避けたかった。使う時は効率的に、あくまでも補助的に。理想は、ガエウスの魔導のように。
大蛇が目の前に迫る。僕が奴の射程に入る少し手前で、もたげた鎌首が下を向いた。突然、ケルキダ=デェダの頭が僕の前の地へ落ちる。そのまま、まるで水中に潜るかのようにすんなりと、魔物は地の中へ消えていった。
気配を探る。土の中の気配は読みにくい。けれど地中を削り進む音と振動のおかげで、居場所はある程度予測できる。大蛇は僕の足元、真下へ迫っていた。
『力』を脚へ、僅かに込めて、後ろへ一歩跳ぶ。跳んだ瞬間、目の前の地が弾けて、大口を開けた大蛇が姿を現した。鋭い牙が見える。
僕は着地した脚に、また『力』を込めた。今度は逆向きに、前へ跳ぶ。跳びながら盾と鎚を持ち換えた。上へ向けて伸びゆくケルキダ=デェダの横腹目がけて、鎚を振り抜く。ぶつけた瞬間、鈍い音がした。硬い。
『力』はあまり込めなかったが、衝撃は通じていたようで、大蛇は折れ曲がりながら金切り声をあげた。上へ向けていた頭をまた僕へ向けて、降り落ちてくる。僕ごと飲み込もうとするように、その口は大きく開かれていた。
鎚を背に回しながら、盾を取る。全身があの硬さだとすると厄介だ。弱点を探る必要がある。ケルキダ=デェダは真下の僕を喰らおうと迫っているが、大した速度でもない。蛇の頭を、半歩横に出て躱した。すれ違い際、その頬を盾で叩く。これも、まるで鉄の塊を叩いたかのような重さと硬さだった。
大蛇は弾かれて地に落ち、けれど素早く立て直してまた僕へ頭を向けた。まだ口は開かれていないが、纏う殺気が膨らんでいた。何かが来る。そう感じた瞬間、ケルキダ=デェダの眼の無い頭、その口元についた二つの触角が、伸びた。
触角は恐ろしく速く、別の生き物のように動いて、僕へ飛んでくる。盾で防ぐか、跳んで避けるか。一瞬逡巡しかけて、近くに良く知る気配を感じて、僕はすぐに盾を背に回した。再び鎚を取りながら、『力』はまだ込めずに、前へ駆け出す。走りながら、触角の向こう、大蛇の頭との距離を測る。
瞬間、僕の前で大気が揺れた。風が鋭く吹き抜けて、伸びていた触角が二本同時に両断される。近くにはルシャの姿が見える。細身の剣を振り抜いていた。ルシャの魔導剣、不可視の斬撃。僕は『力』を脚へ流して、前へ更に一歩、跳んだ。
彼女が僕へ気配を見せた時、彼女が触角への対処を受け持つことが瞬時に分かった。魔導が使えなくても、長く一緒に戦っていれば、皆の動きは手に取るように分かる。僕らは信じあえている。戦闘中なのに、そのことが嬉しくて仕方なかった。
千切れた触角から血を噴き出すケルキダ=デェダは、それでも僕への殺意を弱めてはいなかった。触角などお構いなしに、また大口を開けて僕へ飛び込んでくる。僕は相手より僅かに早く大蛇の頭の下へ入って、足を地に叩きつけて身体を止めた。そのまま鎚を腰だめに構えて、身体を捻って上へ、振り上げる。大蛇の
鎚の衝撃で、ケルキダ=デェダの頭は浮き上がっていた。鼻先は上を向いて、顎を僕らへ露わにしていた。今度はその喉元へ、矢が突き立つ。ガエウスの放った矢が、あの硬い表皮を貫いていた。ほとんど間を置かずに、矢から光が漏れる。矢に仕込んだ『爆破』の魔導だろう。矢は違わずに、盛大な音を立てて爆散した。けれど大蛇は、あげた叫び声こそ痛々しかったが、喉元に大穴を開けることもなく、『爆破』の傷は僅かであるようだった。
ケルキダ=デェダが素早く動いて、僕らから距離を取る。土の中へ潜っていく。一旦、仕切り直しか。
「あの蛇野郎、中まで硬えのかよ。水晶の喰い過ぎで、あいつ自身も石みてえになっちまったンじゃねえか」
ガエウスが近くに来ていた。吐き捨てるように言いながら、声の響きは躍っていた。彼以外にも、ルシャとカフ=カカフも傍まで寄ってきている。
「触角だけは柔らかいようですが。あれもすぐに生えてきます。厄介ですね」
「硬えだけが取り柄かよ。昔のロージャみてえな野郎だな」
「……ロージャの方がずっと男前ですよ」
「はっ、違いねえ。少なくともロージャにゃあ眼がついてるしなっ」
ルシャとガエウスの冗談は置いておいても、確かに硬い。しかも水晶を食べて傷を癒せるときている。僕らの剣と鎚と矢だけで殺しきるのは難しそうだった。『力』で無理矢理にすり潰すことは出来るかもしれないけれど、僕は一人で戦っている訳じゃない。僕の役目はあくまで皆を守ることだ。僕に敵の注意が集まればそれでいい。僕が無茶をしなくても、僕らにはまだ攻め手があるのだから。
「……お主ら、とんでもないパーティじゃったんか。あのバケモグラ相手に、この余裕とは」
カフ=カカフは驚いたように目を見開いていた。
「余裕はありませんよ。大きい魔物に、少しだけ慣れているだけです。……ナシト! シエスの準備はどうかな」
少し離れたところで、シエスと二人でいるはずのナシトへ声をかけた。二人には特に強く『隠蔽』がかかっているはずで、姿は見えない。僕の問いに答えたのも、暗い声だけだった。
「そろそろだ。ロージャ以外は下がっていろ」
「分かりました。ロージャ、シエスの守りは私に任せてください」
ルシャの声は力強かった。彼女の方を見る。その眼は魔導都市で初めて会った時のように真っ直ぐで、自信に満ちているようだった。
「ああ。魔導よりシエスの安全を優先して。少しでも危なくなったら、シエスを抱いて距離を取ってほしい」
「はい。ロージャも気を付けて」
ルシャもシエスも後方にいて、ケルキダ=デェダとは距離がある。それにあの魔物は今、僕へ注意を向けている。大丈夫だろう。僕が前に出て、ルシャがシエスを守る。彼女たちの傍にはナシトもいる。これが最善だろう。それでもほんの僅かに不安を感じてしまうのは、僕の弱さだ。
思考を振り切って、また前へ出る。大蛇はまだ土の中にいるようで、姿は見えない。仲間たちとかなり距離を取ってから、立ち止まって盾を構える。
シエスの魔導は大規模だ。ある程度狙いがずれても問題ないが、それでも相手が動き回っていては当てにくいだろう。敵の注意を引きながら、魔導が発動する瞬間に、できれば相手を足止めする。それが今の僕が果たすべき役割だ。先程顎を叩き上げても、ケルキダ=デェダは怯んだ様子はなかった。頭を狙い続けるのが良いかは疑問だ。動きを止めるためには、打撃で怯ませるのではなく、他のやり方を試した方がいいかもしれない。
足元で気配が上ってくるのを感じた。奇妙な感覚だ。前方へ大きく跳ぶと、先程と同じようにケルキダ=デェダが地を喰い破って現れた。そのまま、僕に喰らいつこうと滑るように僕へ這ってくる。どうやってこの大蛇を止めるか。一つ、思いついたことがあった。
「こっちだ!」
わざと声に出す。同時に跳んで、距離を取る。ケルキダ=デェダは奇声をあげながら、身体を波打たせて僕へ迫る。立ち止まった僕目がけて、また正面から大口を開けて、僕を丸呑みにしようとする。その横面を盾で、今度は『力』を強く込めて、思い切り殴りつけた。鈍い音が響く。大蛇は弾かれたように吹き飛んだが、身体の後ろ半分はそのまま地に伏せたままだった。
“ロージャ、離れろ”
ナシトの声が頭の中に響く。割れるような痛みが一瞬だけ走る。離れる前に、一つだけ。地を踏み蹴って、前へ跳ぶ。すぐに目当ての箇所を見つけて、強引に立ち止まる。
先程少し誘導したおかげで、大蛇は今、自身で開けた大穴の上に横たわっている。上を這っても落ちることはないけれど、無理矢理押し込めば嵌まり込むはずだ。
盾と鎚を持ち換える。跳び上がりながら、鎚を振り上げる。振りかぶる瞬間、その瞬間だけ『力』を、ありったけ込めた。全身から暴れるような力の奔流を感じる。その全てが鎚へ伝わるように、全力で振り下ろす。鎚の頭が空気を突き破って、おかしな音を立てた。僕の背丈ほども高さがあるケルキダ=デェダの腹へ、真上から鎚をぶち当てる。弾けるような音と共に、鎚は大蛇の腹を容易く貫いて、大穴を開けた。ケルキダ=デェダはこれまでにないほどの凄惨な叫び声をあげた。
しまった。動きは止められたけれど、狙いと違いすぎる。まさか、硬い表皮を突き破ってこんなことになるとは思わなかった。知らぬ間に、『力』が大きくなっている。とはいえ、まだ大蛇の身体は繋がっているし瀕死という雰囲気でもない。止めを刺す必要がある。
のたうち回るケルキダ=デェダから離れる。大きく跳んで、皆のいる方へ駆け出した。前方にシエスが見えたので、手を大きく上げて合図をする。小さな影は頷いたように見えた。
それからすぐに、その小さな白い影がふっと中空へ浮き上がった。杖を僕のいる方、大蛇へ向けている。僕の背で、空気が急激に冷えていくのを感じた。頭上を見ると、槍のように鋭く尖った氷の塊が次々と現れていた。シエスと初めて一緒に潜ったダンジョン、『大空洞』で見せたのと同じ、氷の魔導。
シエスが杖を振るう。数百、数千もの氷の槍が途轍もない速度でケルキダ=デェダへ飛んだ。轟音と土煙があがる。大蛇の断末魔も聞こえる。いかに硬い魔物といっても、重い氷をあれだけ多く叩きつけられればひとたまりもないだろう。
シエスたちとはまだ距離がある。けれど、大蛇が死にきらなかった時のことも考えて、僕は皆と魔物との丁度中間あたりで立ち止まった。氷の槍は変わらずに、まだケルキダ=デェダへ降り注いでいる。相変わらず、とんでもない規模の魔導だ。シエスは涼しい顔をしているけれど、こんな魔導を容易く行使できる自分がどれだけすごい魔導師なのか、シエスは知っているのだろうか。ナシトは厳しい教師だから、シエスをちゃんと褒めているか怪しい。僕が褒めるより彼が褒めた方がシエスも嬉しいだろうに。
大蛇から気配が薄れていく。殺気はもう感じない。戦闘の終わりを感じて、警戒を緩めかけた時だった。
「ロージャっ! デケえのがもう一匹、来るぞっ!」
ガエウスの声。いつになく真剣だった。
瞬間、魔導が立てる轟音とは別の、地が崩れるような音が聞こえた。音は、皆の頭上あたり。背筋が凍える。崩れ落ちる赤水晶と共に姿を現したのは、眼の無い大蛇、ケルキダ=デェダだった。
別の個体。『外れ種』が、同じ場所に二体? 聞いたこともない。しかも、新しい個体は見た目もおかしかった。触角が、その全身で蠢いている。まるで、大蛇の全身から無数の蛇が湧き出ているかのような、おぞましい光景だった。
「ルシャ! シエスを!」
思わず叫んでいた。『力』を込めて地を蹴る。皆へ向けて全力で跳んだ。皆のすぐ傍へ落ちたケルキダ=デェダは、既に猛り狂っていた。全身からでたらめに生えた触角を伸ばして、目につく相手へ叩きつけようと暴れさせている。僕はまだ遠い。間に合わない。
「っ! シエス、こちらへっ」
「んっ。……! 杖がっ」
ルシャはすぐに跳び上がって、浮いていたシエスを抱き留めた。シエスは突然の展開に固まってしまっていたようだった。ルシャとぶつかった衝撃からか、シエスは杖を取り落として、杖は先に地に落ちてからりと音を立てた。間を置かず、二人を触角が襲う。
「させるかよっ! 触手野郎っ!」
ガエウスが笑う。無数の矢が降り注いで、触角のほとんどを貫いて、爆破した。残ったものも、ルシャがシエスを庇いながら剣撃で全て斬り払っている。僕はもう一つ、全身へ『力』を込めた。あと少し。
ケルキダ=デェダが狂声をあげた。中空が歪む。何もないところから、岩のような何かの塊が無数に湧き出している。これはまさか、シエスが振るったような魔導。ガエウスはともかく、ルシャたちに躱す余裕はない。
「ナシトっ! 壁を、頼む!」
叫ぶ。あれがルシャとシエスに降り注いだら。ナシトの姿は見えない。けれど僕の声とほぼ同時に、僕らへ見えるように青白く色のついた『魔導壁』が、シエスとルシャの前へ広がった。
数瞬の後、中空に浮いた岩塊が動き出した。僕と同じほどの大きささえある大岩が、二人めがけて飛ぶ。ナシトの壁なら大丈夫だろう。壁が防いでいる間に僕も間に合う。そう思った時だった。
「シエスっ! 何を! 駄目ですっ」
ルシャの後ろで庇われていたはずのシエスが、ルシャを越えて魔導壁をも越えて、前へ出ていた。その先には、先程落ちたシエスの杖。出会った頃に僕が渡した、手作りの杖が無防備に転がっていた。
「シエスっ!」
僕は無我夢中で跳んでいた。壁を越えたシエスに大岩が迫るのを見たと思った、次の瞬きには僕はもうシエスの前で盾を構えていた。経験したこともない速さで、音さえ置き去りにして。
「発現っ」
シエスとルシャの前で、盾に込められた魔導を発動させる。光が迸って、魔導壁に似た光壁が間一髪で広がる。
次の瞬間には、僕らへ岩塊が降り注いだ。光壁と盾に衝撃が走る。耐えられる重さだ。ただ、数が多い。轟音の中で、背の後ろでルシャがシエスをまた抱き留めるのを感じながら、土煙の向こうでシエスの杖が、岩の雨に呑まれて粉々に砕け散るのが見えた。
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