第53話 仲間になる
魔物の調査もある程度で切り上げて、僕らは来た道を戻り、大穴を抜けた。設営した拠点もそのままに、魔導都市へと駆ける。道中、会話はほとんどなかった。
魔導都市に着いた頃には、もう日が暮れていた。できれば今日中に、ギルドと魔導都市と話しておきたかった。
そう思って最初にギルドに向かったが、トスラフさんは不在だった。応対してくれたギルド員の人によると、トスラフさんは今魔導学校にいるらしい。何の用事かは分からないけれど、好都合だった。校長と合わせて、まとめて話してしまおう。
すぐにギルドを出て、仲間たちと一緒に魔導学校へ向かう。皆、何も言わず付いてきてくれているけれど、ガエウスだけは明らかに、ダンジョンを出てから今まで始終つまらなさそうな顔をしていた。
魔導学校の主棟を上り、校長室に近付く。するとひとりでに校長室の扉が開いた。
「開いておるよ。入りなさい」
ヴィドゥヌス校長の声が聞こえた。僕らが来ることが分かっていたらしい。言われた通りに中に入ると、校長と、トスラフさんがいた。
「遅くに、すみません。初期探索の件で、ギルドと魔導学校に、至急報告したいことがありまして」
「……やっぱりか。校長に呼ばれて、嫌な予感はしてたんだが」
手短に切り出す。事態を察したらしいトスラフさんの顔は、早くも青くなり始めていた。
僕の認識では、『溢れ』とは、第一に時間との勝負だ。しかも今回のあの大穴は、魔導都市から近すぎる。あの距離で、数え切れないほどの魔物が湧き出してからなんとかするのは、難しいだろう。湧き出す前に、ダンジョンごと叩くしかない。
「あのダンジョンは、近く、溢れる可能性が高いです」
まず結論を告げた。僕の言葉に、トスラフさんが息を呑む音が聞こえる。校長の顔は変わらず、けれど何かを思案しているようだった。
それからダンジョンの大まかな様子と構造、魔物の種類など、昼の探索で分かったことを伝える。僕の主観が混じらないように、極力簡潔に、明らかなことだけを述べる。
「トカゲとコウモリ、のう。それがうじゃうじゃと。あまり気持ちの良い絵ではないの」
僕が報告を終えて一息つくと、校長が口を開いた。
「聞いた限りでは、魔物自体は既存種じゃろう。覚えがある。ただ、魔素が膨れ上がったのはつい先日じゃ。魔物が増えたのもその時期と見ると、どうも、おかしいのう。発生してすぐに溢れかけるダンジョンなぞ、聞いたこともない」
白い顎ひげを撫でながら、校長が独り言のようにつぶやく。校長ですら、想定外の事態なのか。また不安が募るけれど、なんとかして顔には出さない。
「以前から北に、その大穴と地下の大空洞があったのかは、分からん。ただ長いこと、そこに魔素がなかったことは確かじゃ。……何者かがそこに魔素と魔物を引き連れて、急ごしらえのダンジョンに作り変えたとするなら、辻褄は合うがの」
「ぶ、物騒なことを言わないでくださいよ、校長……。あの位置にダンジョンがあるってだけで、そもそも異常事態なんですから……」
トスラフさんはもう泣き出しそうな弱り顔をしていた。
魔導師は、魔素を操れる。けれどナシトが言うには、あのダンジョンの魔素の量は異常だ。それが人間が作ったものだとは、到底思えない。
まして、魔物を操るなんて。魔物を召喚できる魔導が存在する、ということは聞いたことがあるけれど、一体召喚するにもとんでもない量の魔素が必要だったはずだ。
あの量の魔物を呼び出して、ダンジョンを作り出すなんて、それこそ人間業ではない。あり得ない。あり得ないはずだ。
「……まあ、根拠は無いからの。ぼけ老人の戯言とでも思っとくとよい。ただ、このダンジョンからは、あまり自然の匂いがせん。それだけじゃ」
校長はそう言って、僕を見る。その穏やかな眼からは、これからどうする、と問われている気がした。
「これはもう、初期探索どころじゃないな。巨人の時と同じように、領主とも話さないと――」
トスラフさんが対策を纏めに入ろうとした、その時。後ろから、ガエウスがずいと踏み出してきた。トスラフさんも言葉を止めて、彼を見ていた。
ガエウスの横顔が不敵に笑っている。嫌な予感がする。
「なあ、校長。それにギルド長さんよ。この件、引き続き俺たちに任せてくれねえか」
「ガエウスっ」
「びびんなよ、ロージャ。お前ももう、今までのお前じゃねえンだ。この冒険、俺たちで超えられねえとは思わねえ」
ガエウスが笑っている。眼に力がある。笑っているのに睨み殺されそうな、奇妙な圧のある眼。これまでに何度も見た、冒険狂いの眼。これは、一切引かない時の顔だ。
「あのダンジョンは地下で、道幅も狭え。どう考えても少数で当たるべきだ。それに領主軍が頼りにならねえのは、前回のデカブツの時に分かっただろ。俺たち四人の方がずっと強え」
トスラフさんは、眉をしかめながらもガエウスの言葉を待っている。
僕も、動揺しながら、けれどガエウスの言うことは真実だと理解していた。巨人の時とは、状況が違う。
でも、あの魔物の数は、四人では無理だろう。僕には、あの群れの前に仲間を守りきる自信がない。
「……あの数は、四人では処理しきれないだろ。魔導が武器なのはナシトだけで、ナシトも大規模な攻撃魔導に長けている訳じゃない。……ダンジョンを溢れさせないには、何よりも魔物を殲滅することが大事で、それだけの火力が僕らには無いじゃないか」
真っ当な主張をしているつもりなのに、ガエウスの前だと言い訳じみた響きになるのが嫌だった。
ナシトは多種多様な魔導を扱える万能な魔導師だけれど、長けているのは隠蔽や記録といった補助の魔導と、的を絞った単体攻撃系の魔導だったはずだ。
数的不利の中で魔物の群れを殲滅するには、魔導に頼るしかない。けれどあの数をナシトに全て任せてしまうのは、不安だった。
「なら、一人だ。あと一人、火力のでけえ魔導師がいりゃあ良い。……ロージャ、この街で一番強えのは俺たちなんだ。俺たちに出来なきゃ、誰にも出来ねえんだよ」
ガエウスはいつも、曲がらない。初めて一緒にダンジョンへ潜った時から変わらず、引かない時は絶対に引かず、口にしたことは全て成し遂げる。
その強さは、今も僕の憧れであることは、間違い無い。でも、僕は全てを守らなきゃいけない。
覚悟はある。仲間を守り抜く、そうやって生きると決めている。けれど、ガエウスも含めて、あの魔物の群れを前に仲間を守り抜く力が、僕にあるだろうか。魔導を感じ取れもしない僕が?
ガエウスに答えられずにいた時、後ろの扉が開く音が聞こえた。
「……ロージャ?もう、帰ってきてたの?」
シエスの声だった。思わず振り向く。彼女はきょとんとした顔をして、部屋の入り口に立っていた。
どうしてシエスがここに来たのだろう?
「おお。来たか、シェストリア。お主には一つ、仕事を任せようと思ってな」
「……?」
しばらく無言を保っていた校長が、朗らかに笑う。
彼女に一体何を頼むのか。なぜ今?僕は混乱してきて、状況が良く分からなくなってきた。
シエスは僕と校長を交互に見ている。彼女も良く分かっていないだろうが、動じていないのは流石というか。
「シェストリア。お主には、ロジオンたちと一緒に、ダンジョンに潜ってもらう。そこでお主のありったけの魔導を、ぶちかましてくるのじゃ」
校長の言葉を良く理解できず、僕は固まってしまった。シエスと、ダンジョンに?どうして彼女が?彼女はまだ、魔導学校に入って数ヶ月しか経っていない。
「ん。分かった」
「ちょ、ちょっと待って、シエス。……校長先生、これはいったい、どういうことでしょうか」
即答で受けてしまったシエスを制止して、校長に尋ねる。……シエスはどう見ても、嬉しそうな顔をしているな。
「言葉の通りじゃよ。ガエウスの言った通り、火力の出せる魔導師が必要なんじゃろ?ならシェストリアが適任での」
「いや、ですが。シエスはまだ、魔導学校の学生のはずで――」
「学生じゃが、魔導の殲滅力ならもう儂並みじゃよ。魔導の制御も上手い。魔素の許容量に関してはもうほとんど魔物みたいなもんじゃ。いくら吸っても際限が無い。たぶん、シェストリア以上の戦力はおらんぞ」
校長の言葉を聞いて、絶句してしまう。天才だとは思っていたけれど、ここまでとは。
「嬢ちゃんかっ!こりゃいいな。これで戦力も揃った。もう何の問題もねえじゃねえか!」
ガエウスは何の反対もないようで、シエスの頭をわしわしと撫でている。
「やめて」
シエスは手をぶんぶんと振ってガエウスを振り払おうとしているけれど、躱されて結局されるがままになっていた。
前に向き直ると、校長が僕を見つめていた。
「ロジオンよ。シエスについては、儂が保証しよう。それに今回はあまりにも、不測の事態でな。ガエウスの案以上に適切なやり方も、思いつかん。またお主らに頼ってしまって悪いが、任せても、良いかの?」
校長の声の響きは、いつになく真摯だった。僕は、俯いてしまう。
「……ガエウスくんの言うことは、恥ずかしながら大体合っているよ。だから、ギルドとしては、ロジオンくん、君の判断に任せる。君が無理と言うなら、前回同様、領主も入れてこちらで対策を練るよ」
トスラフさんも、ガエウスと校長の案に賛成のようだった。
正直に言えば、僕は反対だった。
少人数で臨むことは、まだ良い。問題はシエスだ。シエスと、いつか一緒に冒険するかもしれないこと自体は考えていた。けれどあまりにも、早すぎる。
魔導を極め始めていたとしても、シエスはまだ、ダンジョンでの心得も何も知らないじゃないか。危険すぎる。教えようにも、時間も無い。
それに少人数で行くべきとは言っても、たった五人で、あの異常な数の魔物を殺しきれるのだろうか。
考えても、答えを出せない。どうするべきなんだ。分からない。
どうしようもなくなって、ふと、後ろにいる仲間たちを見る。ガエウスとシエス、ルシャにナシトまでが、僕だけを見ていた。彼らの眼を見て、驚く。
全員が、自信に満ちた眼で、僕を見ている。僕を信じている。
……そんな眼をされると、僕にはどうしようもない。彼らの信頼に応えたい。危険を見極めることよりもそのことの方が大事だと思えてしまう。仲間たちが大丈夫と言うなら、大丈夫だろうと、ふとそう思えてしまう。少しだけ心が軽くなる。
確かに、これ以上の案は無い。なら最初から、やるしかないのだろう。それに、そんな化物が来ても、僕が守ればいいんだ。僕が後ろに一匹も通さなければ、何の問題も無い。自分にそう思い込ませるように念じてから、校長に向き直った。
「……分かりました。明朝、五人で向かいます」
僕がそう言った途端、ガエウスが快哉を叫んだ。
不安は、ある。けれどやると決めたからには、やり抜こう。守り抜く。シエスもルシャも、ガエウスもナシトも僕が守る。それだけだ。
話している内にすっかり夜になったので、出発は明朝ということになった。シエスの装備は、明朝までに魔導学校側が用意してくれるという。
僕らは家に戻って、簡単に食事を終えて、僕は自分の部屋で、一人備え付けの椅子に腰掛けていた。
思わぬ形でシエスが仲間に加わって、パーティが五人になった。これを守るにはどう立ち回るのが良いのか、考え続けている。
ルシャには気負いすぎだと言われたけれど、守るのが僕の仕事だ。それに何より、仲間を一人でも失ってしまった時のことを思うと、気が狂いそうになる。
彼らを失うのは絶対に嫌だ。だから今、考える。何が起きても僕以外が傷付かないような戦い方を、探し求める。
「ロージャ」
そんな時、扉の向こうから、ルシャの声がした。
「入っても、良いですか」
「ああ。いいよ」
答えると、すぐに扉が開いた。なんだろう。
扉の先には、ルシャと、それにシエスがいた。そういえば、シエスは今日は、うちに泊まっていくことになっていたんだっけ。
二人とも普段より寛いだ部屋着で、どことなく無防備だった。少し、目の置きどころに困るというか。
シエスがとことこと部屋に入ってくる。表情は、少し固い。どうしたのだろう。
「どうしたの。シエス、ルシャ」
「……ん。ロージャ。今日から、私も仲間」
そう言ってシエスは、僕のベッドに腰かけた。じっと、僕を見つめている。ルシャも部屋に入って、シエスの横に立っている。
「そうだね。……無茶だけは、しないように。僕が守るから、僕から離れすぎないで」
「それは、信じてる。……でも、ロージャがいちばん、無理してる」
シエスから思わぬ言葉を投げかけられて、目を丸くしてしまう。シエスからも、ずっとそう思われていたんだろうか。
「ねえ、ロージャ。私たち、もう、仲間。だから……ロージャのこと、もっと知りたい」
驚く僕をよそに、シエスに続けて、ルシャが口を開く。
「貴方が苦しんでいること、聞かせてもらえないでしょうか。貴方が私にしてくれたように、私も貴方の苦しみを、分かち合いたいのです」
「ロージャ、私と出会った時、泣きそうな顔してた。……何が、あったの?」
ルシャとシエス。二人とも、心底心配そうな顔をして、僕を見ている。参ったな。僕が何から逃げているかなんて、結局、二人には筒抜けだったのか。
「……私では、まだ、お役に立てないでしょうか」
ルシャの、泣きそうな声。
「私のことも、もっと、信じてほしい」
シエスの縋るような眼。
それを見てようやく僕は、僕が何を間違えているのか、少しだけ分かった気がした。
僕は、信じていると何度も口にしておきながら、結局二人のことをまだ心のどこかで、信じきれていなかったのだろう。
僕は信じきれなくて、でも僕を信じてくれる二人のことが大切だから後ろに隠して、守ろうとした。それが本当の仲間じゃないことに、シエスもルシャも気付いていた。
きっとこの歪みは、ユーリとの過去のせいだ。あの時にいちばん大切な人を失ったせいで、僕はもう、失うのが怖くて仕方なくなってしまった。
なら、今こそ向き合うべきなのだろう。
「……ごめん。二人とも、ありがとう。……今から少しだけ、昔話をするよ。聞いてもらっても、いいかな」
僕の声は既に震えていた。
けれど、シエスとルシャが力強く頷くのを見て、少しだけ勇気をもらう。
今から話すのは、恋人に振られただけの、些細な昔話。けれど僕には、何よりも思い出したくない日々。
それを乗り越えて、前に踏み出すために、僕は思い出す。
そうして僕は、過去を語り始めた。
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