第31話 友達
翌日、僕は魔導学校の校庭に向けて歩いていた。今日から僕の担当する近接戦闘の講義が開講になる。講義は昼からだけれど、僕はなんだかそわそわしてしまって、少し早く家を出ていた。
校内を歩きながら、昨日のうちに届いていた受講予定の生徒に関する資料を、頭の中で思い返す。生徒は五人ほどと少なく、全員の顔と名前を憶えるのは楽だった。
当然といえば当然だけれど、ここは魔導学校なのだから、近接戦闘について関心のある生徒は少ない。もし僕が魔導を使えるなら、どんな魔導を使えるのかとか、魔素の効率的な吸い方は、とかをまず知りたいと思う。けれどこの講義は、近接攻撃手段を持った敵と相対した際の魔導師の立ち回り方と、護身術に近い近接戦闘術を教えるだけだ。多くの魔導師が卒業後に実際に経験して学ぶようなことだろう。
しかし、受講者が少なかったとしても、僕が教師役をやることには変わりない。入学前の手慰みのように、シエスにふわりとした魔導の講義をしたのとは訳が違う。大袈裟に言えば、僕が教えた知識や技能によって、生徒たちは命を拾ったり、逆に命を落としたりもするのだ。僕に教わってから、その後誰かから学び直すということも無い。どう考えたって責任重大だった。
今日は簡単な顔合わせと、どういった講義をするかの導入だけだというのに、僕はまたしても、緊張を抑えることができていない。
最近は、自分の小心者ぶりを痛感することばかりだな。
校庭に着くと、そこには既に、何人かの生徒がいた。こちらを見ている。前の講義の生徒、という訳ではなさそうだ。
近付いてみると、生徒の内のひとりはシエスだった。彼女も、案の定というか、僕の講義を受ける生徒のひとりだ。
シエスは僕があげた杖を手に、僕の方をじっと見ている。
待てよ。杖は、学校指定のものが配布されているはずだ。現に他の生徒は皆、似たような色と形をした杖を持っている。シエスはまだ貰ってないのか?そんなはずはないと思うのだけれど。
とりあえず、手を挙げてシエスに挨拶を送る。それを見て、シエスも胸元まで手を挙げて、ひらひらと振ってくれた。
シエスの横の少年が、手を振るシエスを見てぎょっとしている。その後すぐにこちらを向いた。茶髪に茶色の瞳。表情がころころと変わっていて、活発そうな少年。……なんだか、睨まれているような気がする。
生徒たちの前まで来た。まだ講義が始まるまで少し時間があるはずのに、もう生徒たちは全員集まっているようだった。
念のため、確認しておく。
「はじめまして。今日から『近接戦闘』の講義を担当する、ロジオンといいます。みんな、受講者で合ってるかな?」
「はいっ!よろしくお願いしますっ」
茶髪の少年が代表して答えてくれた。声と眼に勢いがある。思った通り、活発な子のようだ。視線が鋭すぎる気もするけど。
「ありがとう。まだ少し時間があるから、まずはお互いに自己紹介をしよう。僕は一応先生ということになっているけど、本職は冒険者だよ。等級は第五等。恥ずかしながら、魔導はこれっぽっちも使えない」
シエス以外の生徒が少し動揺した。声には出さないけど、みな眼が揺れている。魔導学校に魔導が使えない先生なんて僕以外いないだろうし、特に気にはならない。
「魔素も見えない。少しでも魔素を取り込むとすぐに吐きそうになる。けれど、魔導については良く知っているつもりだよ」
シエスがこくこくと頷いている。そこは別に頷くところじゃないぞ。
皆が僕の言葉を待っている。気恥ずかしくなったので、自分の話を切り上げて生徒たちの自己紹介に移った。
受講する生徒は、男子が三人と女子が二人。クラスの区別なく受けられる選択講義なのだけれど、茶髪の少年ともう一人の女の子は、シエスと同じ特待クラスだった。
順々に自己紹介していき、茶髪の生徒の番になった。
「レーリクですっ!聖都から来ましたっ!歳は十五ですっ!将来は冒険者になりたいので、この講義を取りましたっ!よろしくお願いしますっ!」
隣の大人しそうな女の子が、えっ、と声を上げて驚いていた。確かこの子、茶髪の少年とは同郷だったはずだ。
「レ、レーリク、冒険者になりたいの?」
「え?あ、ああ、実はずっと憧れてたんだ」
「この間、家の魔導軍を率いる男になるんだって――」
「な、ナーシャっ!それは今は別にいいだろっ!俺は冒険者がいいんだ、ずっとカッコいいと思ってたんだっ」
レーリクは隣にいる黒髪の女の子、ナーシャを遮るように大声で騒ぎ始めた。冒険者への憧れを語りながら、ちらちらとシエスを見ている。これは、その、なんというか。
レーリクをなんとか静めて、目でナーシャを促す。彼女は僕に気付くと、おっかなびっくり前に出て、身体を縮こまらせた。人前に出るのは苦手なようだ。割と有名な貴族の子だったはずだけれど。
「は、はじめましてっ。ナーシャといいます。レーリクとは幼馴染みで、聖都の出身です」
それだけ言ってぺこりとおじぎをすると、そそくさとレーリクの横に戻ってしまった。顔が真っ赤だ。レーリクはそれを見て「まだその人見知り直ってないのか」と笑っている。ナーシャは恨めしげに彼を見ていた。
最後はシエスだった。シエスを見ると、そのままてくてくと前に出てきた。
「……シェストリア。よろしく」
いつも通りの無表情だった。名前だけ言って、そのまま元いたところに戻る。もう一言二言あってもいいとは思うのだけれど、城都市の領主の娘というのは伏せているし、まあ、校長やナシトにも同じような調子だったからな。
とんでもなく素っ気ない自己紹介だった割に、レーリクは食い入るようにシエスの一挙手一投足を見つめていた。見惚れている、のだろうか。
「シエスちゃん、いつも名前だけだね」
ナーシャが、戻ってきたシエスに笑いかけている。
「ん。他に言うこと、ない。ナーシャも短かった」
「わ、わたしは、緊張しちゃって」
シエスはいつも通りだけれど、ナーシャの方は先ほどの固い様子が嘘のように楽しげだ。
きっとあの子が、シエスの言う友達だろう。とても良い子そうで安心した。
丁度、講義を始める時間になっていた。講義を始めようとして、生徒の武具を用意していないことに気付いた。少し自己紹介に長くかけすぎたかな。
僕は生徒たちに小休憩を伝えて、講義用の武具を取りに、一旦校庭脇の倉庫に向かった。
歩き出して、すぐに後ろから生徒たちの声が聞こえてきた。
「なあ、シェストリア。もしかして、あの先生とは知り合いなのか?」
「ん。そう」
「私も気になるなあ。シエスちゃん、どういう関係なの?」
「私の、いちばん大切な人」
「なあっ!?」
……武具を手に戻ると、僕を見るレーリクの眼がいっそう鋭くなっていた。
講義では、まだしばらく魔導を使わせる予定はない。魔導を使った実演をするにしても、その時はナシトに協力を仰いで、安全を第一に進めるつもりだった。
「魔導師と相対した時に、僕のような重戦士は何を考えると思う?」
まずは、基本的な考え方からだ。
僕が簡単な問いを出す。
「魔導師に接近すること、ですか?」
レーリクが答える。何やら僕を睨んではいるものの、講義は真面目に受けてくれるようだ。
「結果的には、そうだね。でもなんで、接近する必要があるのだと思う?」
ナーシャを見る。彼女はわたわたしながら、小さな声で答えてくれた。
「魔導を使われる前に魔導師を倒すため……だと、思います」
「そうできれば、それが一番。だけど実際には、魔導の発動の方が圧倒的に早いんだ。彼らは遠くから攻撃できるからね。僕のような魔導を使えないやつは、ほぼ必ず、後手になる」
「……魔導を、自分に集めるため」
シエスがぼそりと、けれどはっきりと言う。僕と一緒に旅をしていて、気付いてくれていたのだろうか。
「そうだ。重戦士の役割は、接近してくる、攻撃してくると思わせて、魔導師の注意を引くこと。結局、僕の仕事は守ることだから、自分の仲間に魔導を撃たれないようにすることが一番大事なんだ。実際には相手にも同じような重戦士がいることも多いから、うまくいかないことも多いけどね」
シエスは嬉しそうに眼を少しだけ緩ませた。あまり特別扱いする訳にはいかないと思いつつ、シエスの様子を見て、少しだけ嬉しくなる。僕の望んでいた、普通の日々の中にシエスはいる。
「だから魔導師にとって本当に危険なのは、陰から近付いてくるレンジャーだったり、遊撃役の素早い剣士だったりするんだ。だから、彼らに近付かれた時にどうやって攻撃を躱して、どうやって距離を取るか。それがこの講義で教える、一番大事なことだよ」
戦闘というのは大概、一瞬の隙を突く駆け引きになる。一撃で敵を戦闘不能にして数を減らせば、戦況は優位になる。逆を言えば、一撃でも耐えて逃げられれば、まだ勝てる見込みは残る。
これは僕の考えだけれど、魔導師に一番重要なのは、火力よりも継戦能力だ。魔導師が生き残り続ければ、一発逆転も可能なのだから。一番最初に倒れるのは、守るのが仕事の僕たちでなければいけない。
生徒たちを見ると、みな真剣な眼でこちらを見ている。良い生徒たちだ。彼らが長く生き残れるように、僕に教えられることは全て教えなくては。
なんだかんだ言いつつ、結局先生役に乗り気になっている自分が可笑しかった。必要とされれば、嬉しくなって頑張ってしまう。単純な人間だ。
それから、短刀を使った簡単な護身術の手ほどきを始めたところで時間が来て、講義は終わりになった。まだ短刀の握り方を教えただけだけれど、生徒たちは皆真剣ながら、楽しそうにしてくれた。満足してくれているといいのだけれど。
講義が終わって、シエスも皆と一緒に校舎の方へ向かっていく。見送っていると、シエスが振り返って、先程と同じように胸元で小さく、手を振ってくれた。
僕は頭の上まで手を挙げて、大きく手を振り返す。表情はもう見えないけれど、シエスは笑ってくれたような気がした。
片付けも終えて、校庭を離れて家に戻る。
今日もシエスは家に来るつもりだろうか。来てくれるのは嬉しいけれど、折角レーリクやナーシャのような友達ができているのだから、彼らとの時間も大切にしてほしかった。
けれど、シエスが来なければ、それはそれで寂しくも思ってしまうのだろう。我ながら、情けない。
そんなことを思いながら、家の前に着いた時だった。
「ああ。丁度良かった。貴方が、ロジオンさんですね」
家の前に、誰かがいた。一人ではない。恰好を見ると、聖職者のようだった。
僕の名前を呼んだ青年は、聖職者たちに囲まれて立っていた。フードを深く被っていて、眼は見えない。まるで、ルシャさんと同じような。
けれどこの男はルシャさんと違って、口が笑っていた。何故か、背筋が震える。
男が、笑ったまま、また口を開く。
「聖都まで、ご同行願えますか。教皇令が出ています」
彼の言葉と、何より彼が纏う得体の知れない冷たい雰囲気に、言葉が出ない。
「貴方には『使徒の因子』が疑われています」
ただ、また厄介事が舞い込んできたということだけは、頭の何処かで理解できていた。
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