第13話 仲間

 ソロヴェイが二体とも完全に動かなくなったのを確認して、僕は改めてガエウスと向かい合う。

 シエスもこちらに駆け寄ってきたが、新たに現れた、いかにもガラの悪そうな男を警戒しているのか、僕の後ろに隠れるようにして立っている。


「改めて、ありがとう、ガエウス。僕一人じゃ、負けることは無くても、退治するのはかなり面倒だった」


 正直に話す。シエスには見栄を張ったけれど、あのまま僕一人だったなら、ここまであっさりと片付けられたとは思えない。


「良いってことよ。ああいう面倒な奴らを引き付けンのがお前の仕事だろ」


「そうなんだけれどね。まさかソロヴェイが山を降りてくるとは思ってなかった」


「……そりゃあ確かに妙だな。ルブラス山にゃ俺も昔かなり通ったが、魔物が山の外に出たなんて、一度も聞いたことねえ」


 ガエウスも訝しげだ。やはり、山で何か起きたと考えるべきだろうか。そうだとすると、このまま山に入るのは不用心かもしれない。


「ンなことより、そいつが例の、護衛対象とかいう嬢ちゃんか?」


 んなことで片付けてしまうほど些細な問題では無いと思うけれど、ガエウスの興味はもうシエスに移ったようだ。僕は紹介するために、シエスを僕の前に連れ出す。


「ああ。彼女はシェストリア。色々とあって、彼女の護衛を引き受けている。ほら、シエス」


「……」


 シエスはまだ警戒しているようだ。一言も発しない。僕と最初に会った時もこんな感じだったな。無表情なのは今も変わらないけれど、徐々に打ち解けてくれているということだろうか。


「ンだァ?無愛想な嬢ちゃんだな。まあいい。俺ァガエウス。ロージャの仲間だ」


「……シェストリア。よろしく。……ロージャの、仲間?」


「あぁ。長いことパーティを組んでる。コイツといると退屈しなくてな」


 ガエウスの言葉を聞いて、ドキリとする。ガエウスはああ言ったが、僕たちはもう、パーティを解消している。王都で、僕が村に帰ることを伝えた時の、ガエウスの冷たい眼を思い出す。


「……ガエウス。君が、僕の依頼を受けてくれたってことで良いんだよね?」


「そうなるな。大変だったんだぜ。ギルドでお前の依頼を見つけた時はもうかなり期限が迫っててな。王都からここまで、飛ばしに飛ばしてなんとか間に合ったってわけよ」


「……良いのか?」


「何がだ?」


 ガエウスは割と本気できょとんとした顔をしている。


「いや、王都を出る時に、無理やりにパーティを解散して、君を失望させてしまったのに」


「ンだァ、お前、まさか気にしてんのか?」


 ガエウスがくつくつと笑い出す。僕はなんだかよく分からなくて困惑するばかりだ。


「……まあ、あんときは俺もキレてたが、よくよく考え直すと、フラレたくらいでお前の冒険が終わるとはどうしても思えなくてな」


 ユーリにフラレたことは、僕の人生において間違い無く、最大の出来事なのだけれど。だって彼女は僕の生きる目的だった。僕にはそれしか無かった。それなのにガエウスは、僕がユーリに捨てられたことなんて、大したことじゃなかったかのように笑っている。


「お前の『不運』っぷりは筋金入りだ。絶対にまた何かに巻き込まれる。したら案の定、直ぐにお前から素っ頓狂な依頼が出てきた。村に帰ったはずのお前が、ルブラス山に用があるなんてよ。依頼を見つけた時は笑っちまったぜ」


 ガエウスの眼は楽しげに揺れている。あの日の冷たさなんて欠片も感じない、いつものガエウスの眼だ。


「それに、お前抜きでダンジョンに潜ると、どうも上手くいき過ぎてつまらねえ。あの後何度か潜ったが、駄目だった。俺がしたいのは冒険でな。お前がいると予定が狂いに狂って、楽しいのよ。だからまた、ダンジョン、付き合ってもらうぜ」


 ガエウスはまた僕と来てくれると言う。自棄になって逃げようとした情けない僕を、それでも未だ必要だと言ってくれる。

 ようやく思い出した。僕にはユーリの他にも、心まで預けられる仲間がいたんだ。僕は馬鹿だ。

 気が付いた時には、僕は泣いていた。


「……ロージャ?どうしたの」


「お、おい、なんでいきなり泣いてやがるっ!」


 シエスとガエウスが困惑する声が聞こえる。だけどどうにも抑えることができず、その後もしばらく一人で突っ立ったまま、ただ泣いていた。



 しばらく経って、ようやく落ち着いた。

 人前で泣いたのは本当に久しぶりで、振り返ってみるとかなり恥ずかしい。今日は朝からてんやわんやとあったので、山に入るのは明日からということになって、今は夜営の準備をしているが、気恥ずかしくて二人の顔を見るに見れない。夕食を終える頃には普段通りに戻れるといいのだけれど。


 ちなみにシエスはガエウスが僕を泣かしたとでも思ったのか、ガエウスに対する態度が僕の時よりも明らかに固い。一方のガエウスはそんなシエスを特に気にしておらず、むしろ彼女にちょっかいを出すのが楽しいらしい。相変わらずのお調子者だった。



 シエスが寝た後、ガエウスと今後の道程について話し合った。

 ソロヴェイがルブラス山を降りてきたことは気になるものの、ガエウス曰く「山を突っ切る他に選択肢もねえだろ」とのことで、それはまあその通りだった。それに山の制圧が目的ではなく、あくまでも通過するだけだ。加えて今は偵察と索敵に長けたガエウスもいる。たとえ想定外の魔物がいたとしても、気付かれる前に迂回して進めば良いだけだ。


「まあ、面白そうな化物がいたら俺はほっとかないけどな」


 魔導都市までの行動方針を確認して、最後にガエウスが恐ろしいことを口走る。

 まあ、彼が好奇心に負けて突っ込んでしまうことは多々あり、最早手のつけようも無いので、その時はもう、色々と諦めるしかない。

 それにガエウスは、好んで無茶をするけれども決して無謀ではない。死ぬような窮地には、流石に飛び込まないだろう。……飛び込まないはずだ。そう信じたい。


 ガエウスに火の番を頼み、久しぶりに横になって眠る。隣でシエスがすうすうと眠っている。予想外なことばかり起きた一日だった。

 明日からはダンジョンだ。ガエウスが加わって余裕ができたとはいえ、僕自身ダンジョンに潜るのは久しぶりだ。気を抜く訳にはいかない。

 そう思いながらも、仲間に後を任せて眠れる、それだけで随分と気持ちが楽になる。結局のところ、頼れる相手がいなくて僕は不安だったのだ。まだまだ、一人で生きられるような人間にはなれそうもない。


 それでも、良かった。一人で生きるよりは、頼れる仲間がいた方がずっと良い。僕は馬鹿だったんだ。

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