第30話・失って得たもの
「……ライゼリア兄さん。今まで犯した罪を償ってもらえませんか? 人として。でなければ私は、モンスタースレイヤーとしてライゼリア兄さんを討つ事になります」
「上等じゃねえか! 今度こそお前を本当にあの世へ送ってやるよっ!」
私が養女として引き取られた当初は、ライゼリア兄さんもとても優しかった。そして少なからずライゼリア兄さんに対しての情があった私は、できるだけこの戦いを避けたかった。
だから私は、ライゼリア兄さんの中に僅かにでも残っているかもしれない良心に賭けてそう訴えた。でも私の願いはあっさりと一蹴され、ライゼリア兄さんと戦わざるを得なくなってしまった。
犯してしまった罪は今更取り消し様もない。だけどせめて、ライゼリア兄さんには人としてその罪を償ってほしかった。もしもラファエル兄さんが生きていたなら、きっと同じ様な事を言ったと思うから。
でもライゼリア兄さんは人としての償いの道を選ばず、カラーモンスターとして私と戦う事を選択した。それならもう、モンスタースレイヤーである私の取るべき道は一つしか無い。
「ライゼリア兄さん……残念です…………。私はモンスタースレイヤー! ユキ・ホワイトスノー! 多くの命に仇なすカラーモンスターを狩る者! 私はモンスタースレイヤーとして、多くの命を奪い取ったお前を討つ!!」
私は覚悟を決め、自分の中にある僅かな情や迷いを振り払う為に大きな声を上げて敵を見据えた。
「いいのか? あの小娘と一緒に戦わなくて」
「その必要は無いわ」
「ほお。自信満々じゃねえか」
「自分の力に自信が無ければ、モンスタースレイヤーなんてやってられないわ。それに今の傷付いたお前に、私を倒す力が残っているとは思えないしね」
「ふん。言ってくれるじゃねえか。だが残念ながら、今の俺にその力が残っていないのは事実だ」
「そう。だったらすぐに降参する?」
「冗談。俺はあの時、誰にも何にも縛られないと決めたんだよ。だから俺はその為に、人である事を捨てるっ!! グアアアアアアアア――――ッ!!」
そう言うと奴は何を思ったのか、自分の胸の急所部分を突いてそこへ手を入れ、苦しみの声と共に一つの赤く輝く結晶を取り出した。
「ククク……コイツを体内から取り出すと、人としての感情や理性を失って完全にカラーモンスター化しちまうらしいが、こんな所でお前に殺されるよりはマシだ。グオオオオオオオオオオ――――ッ!!」
突然大きな雄叫びを上げると、奴は大きな手に持っていた赤い結晶を地面へと落とした。そして唐突にその雄叫びが止んだかと思うと、奴が自分でつけた胸の傷はいつの間にか完全に塞がっていて、私を見る目つきは完全にカラーモンスターのそれと同じになっていた。
そしてその様子を見た私がやや驚いていると、奴は唐突にその大きな口を開き、そこから紅蓮に染まった炎の塊を連続で私に向かって飛ばしてきた。
――速い!
私は奴の放つ火球をなんとか回避したけど、思っていたよりも到達速度が早く、その攻撃を無難に回避する余裕は無かった。
そして私が放たれた全ての火球をなんとか回避し終えると、奴は再びその大きな口を開いて紅蓮の火球を飛ばしてきた。
「くっ! ライトオブセイバー!」
このまま速い火球を放たれ続けては、いつか回避しきれなくなる。そう思った私は即座に攻撃へ移り、相手の攻撃の手が緩んだところで一気に蹴りをつけようと考えた。
しかし私のライトオブセイバーは、奴に当たる寸前で綺麗に掻き消えてしまった。
――完全にカラーモンスター化してもディスペルマジックは使えるのね。
だけどライトオブセイバーでの攻撃は、相手の攻撃を止めるには十分だった。
私は動きを止めた奴に目掛けて左手を突き出し、同時に右手に魔力を溜め始めた。
「アンチマジック!」
突き出した左手から淡い青色の光が放たれると、その光は向かって行った先に居る奴の身体全体を包み込み、一瞬眩しく輝いたのちに消えた。
そして淡く青い光が奴の身体から消えた瞬間、私は魔力を溜め込んでいた右手を素早く前へと突き出した。
「ヘブンズレイ!」
突き出した右手の前に多重魔法陣が展開し、そこから数多くの眩い光が矢の様に放たれ、奴を包囲する様にして飛んで行く。すると奴は私の魔法攻撃を回避しきれないと判断したのか、無数の光の攻撃を前に微動だにしなかった。
その様子は間違い無く、ディスペルマジックで魔法攻撃を無効化しようとしている様にしか見えなかった。そして私のヘブンズレイは、本当なら奴へ当たる前に掻き消されていただろう。
けれど私の放ったヘブンズレイは一つも掻き消される事なく、その全てが奴の身体を貫いた。
「ギュアアアアアア――――ッ!!」
ヘブンズレイによって身体を貫かれ、奴は絶叫の声を上げる。
奴に人としての感情や理性が残っていたなら、もっと違った声を上げていたと思う。けれど今の奴は完全にカラーモンスター化したせいか、その叫び声は私にとって聞き慣れたもので、それが私には悲しくて仕方なかった。
けれどその道を選んだのは、他でもない奴自身。だから私はいつもの様に、沈着冷静にカラーモンスターを狩るだけ。
私はヘブンズレイを受けてほぼ身動きが取れなくなった奴に向け、重ね合わせた両手を前へと突き出した。
戦いを長引かせれば相手がどんな行動に打って出るか分からない。
相手は元人間で、失われた古代魔法すら使っていた。ならば他にどんな隠し手を持っていたとしてもおかしくはない。その他多くのカラーモンスターとは明らかに違う点がある以上、倒せるチャンスがある時に速やかに倒しておくのが正解。
私は重ね合わせて突き出した両手に有りっ丈の魔力を込め、この一撃で全てを終わりにしようと魔法を放った。
「プリズマティック・プリズンレイ!」
重ね合わせた両手から放った虹色の光が相手の四方八方を囲み、それと同時に内部に放たれる光が中に居る者を焼き溶かしていく。
「ギュオオオオオオオオ――――ッ!!」
耳に届く断末魔の声が、私の心を酷くかき乱す。
そして私の放ったプリズマティック・プリズンレイが消えると、そこにはもう、奴の姿は無かった。
「さよなら、ライゼリア兄さん……」
そう言った途端、私の頬を涙が伝い落ちた。
それが何を思って出た涙だったのかは、私自身にもよく分からなかった。けれど義理とは言え2人の兄を
「「ユキ!」」
そんな事を思っていると後ろから私を呼ぶ声が聞こえ、2人の走って来る足音が聞こえ始めた。
私は慌てて頬を伝い落ちていた涙を拭い、こちらへと向かって来る2人の方へと振り返った。
「大丈夫か? ユキ」
「ええ。大丈夫よ」
「本当に本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫よ」
私がそれぞれにそう答えると、2人はほっとした感じの表情で笑顔を見せた。
でもそれはほんの少しの間の事で、途端に2人は神妙な面持ちをしてその表情を曇らせた。
「どうかした?」
「いや、その……ユキがモンスタースレイヤーになった目的は果たせただろうけど、何て言っていいのか分からなくて……」
「どういう事?」
「だって、ユキは義理とは言え家族を倒さなきゃいけなかったんだ。それなのに、『仇を討てて良かったね』なんて言えるはずないだろ?」
エリオスはとても言い辛そうにしてそんな事を言った。それを聞いた私は、いかにもエリオスらしい思いやりと言葉だと思って小さく微笑んだ。
確かに私だって、大手を振って喜ぶ気にはなれない。けれど、その事でエリオスとティアを暗い表情にさせるのは忍びない。
「なるほど。でも気にしないで。私は別に気にしてないから」
「嘘だよ! ユキみたいに優しい子が、家族を喪って気にしてないわけがない!」
私がそう言い終わった瞬間、ティアが大きな声でそんな事を言った。
「ほ、本当に気にしてなんていないわよ」
「そんなの嘘だよ! 絶対にユキは悲しんでるはずだもん!」
「どうしてそう思うの?」
「だってユキは、生きてた事を私達に伝えられなくて謝ってた。それって私達の事を思ってくれてたからでしょ? そんな子が家族を失って悲しくないわけがないよ。だから嘘をつかなくていいんだよ……泣きたい時は泣いていいんだよ……」
「ティア……」
「そうだね。ティアの言う通りだと思うよ? ユキ」
「……でも、私はモンスタースレイヤーなんだから、そんな弱さを見せるわけにはいかない」
「ユキ。ユキはモンスタースレイヤーである前に、1人の女の子なんだ。だから悲しい時は泣けばいい。俺やティアの前だけでもいいから泣けばいい。俺やティアにとってユキは、家族も同然なんだからさ」
義理とは言え家族の全員を喪い、また天涯孤独の身となった私には、エリオスの言葉はとても嬉しかった。
でも、私は素直にその言葉に甘えていいのか不安だった。失う事の怖さを知っているから。
「……ありがとう、エリオス。でも私は、失うのが怖い。そうなったらエリオスとティアを失うのがもっと怖くなる……」
「なーに言ってるの? 私が居るんだから、ユキが悲しい思いをするなんてありえないよ」
「えっ?」
自分の中にある本音を口にすると、ティアはあっけらかんとそんな事を言った。
「だって私はモンスタースレイヤーで、お兄ちゃんは私とユキの指導を受けてる優秀な弟子なんだよ? そんな私達が一緒なら、怖いものなんてないよ。そう思わない?」
その言葉には何の根拠も無い。けれどその言葉はこれでもかと言うくらいに力強く、そして納得のいく言葉でもあった。
「ふふっ。相変わらずティアは単純でいいわね」
「な、なにおー!」
「あなた達がそれでいいなら、私を家族として迎え入れてくれると言うなら、是非お願いするわ。いいかしら?」
「もちろん! 俺は大歓迎だよ!」
「ティアはどうかしら?」
「私もお兄ちゃんと同じだよ」
「そう。ありがとう……それじゃあ、今日から家族としてよろしくね、兄さん、ティア」
「えっ!?」
私はそう言ってエリオスへ近付き、ピタリと身体を密着させてその腕を両手で抱き包んだ。
「ちょっ! ちょっとユキ! 何してるの!? お兄ちゃんから離れてよっ!!」
「あら? 私達は家族なんでしょ? だったら妹として兄さんに甘えたって何の問題も無いはずよ?」
「ダメダメダメ――――ッ!! お兄ちゃんに甘えていいのは私だけなんだからっ!」
「ティアはああ言ってるけど、兄さんはどお? 私が甘えたりしたら嫌?」
そう言って更に強くエリオスの腕を抱き包むと、それを見ていたティアがエリオスの反対方向の腕をグッと包み込んで引っ張った。
「お兄ちゃんは私のお兄ちゃんなのっ! ユキには渡さないんだからねっ!!」
「エリオスは私の兄さんになったのよ? だからティアだけの兄さんではないわ」
「違うもん違うもん! お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんだもん!」
そんな事を言っていつもやっていた様な言い合いをティアと繰り広げる。
最初はそうでもなかったけど、時が経つにつれてティアとのそんなやり取りも私は少しずつ楽しくなっていた。けれど、今日ほどティアとのこんなやりとりを楽しいと思った事はなかった。
「お、おいおい! ちょっと落ち着けって!」
私とティアに引っ張られているエリオスの困り顔を見ながら、私は柄にもなくしばらくの間はしゃいだ。
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