少女のインターステラー
ここのえ
第一話【アーキタイプ・センセーション(上)】
無辺の虚無を彩るのは星々と、火球。
時代が宇宙をそのような場所へ変えてしまった。
「なるほど、怪人と呼ばれるだけはあるな……!」
「抜かせ、この程度は序の口でしかないぞ」
複数のプラズマの閃光が暗い宇宙を明滅させる。
兵器を操る彼らには分かっている。この攻撃の群れの中で立ち止まれば死に直結するということを。そして両者ともが嘲笑い合う余裕があるということを。
(シャオ君……!)
脳裏にはまだ若い少女の声がする。
「黙れ。俺のやり方に口を出すとは。何のための血統か」
「余所見か、怪人シャオ!」
「嘲笑わせてくれるな」
隙を狙ったはずの人型の鋼鉄が、逆にその脚がプラズマの熱で溶解される。
寄る辺がない宇宙で損傷は致命的だ。
プラズマを放つ加速器も、もとは資源衛星採掘用のプラズマ粉砕ドリルであったという。互いに近距離・遠距離の両方でそれを使いこなしている卓越した操縦技術。
宇宙を駆けるのは、宙間機動兵器インターステラーと名付けられた機械。フレキシブルに可動する人の四肢に該当する部分に推進機と、推進剤を蓄える増槽を装備している戦闘機。四つある先端には高エネルギー・プラズマ・ビームライフルが備え付けられており、出力を調整することで接近戦と遠距離戦の両方に対応する。
二機の戦いは、怪人と呼称された少年シャオの操るインターステラーの方が優勢だった。相手は脚をもがれたのだから。ただでさえ移動に推進剤を消費するのだから機動力は格段に落ち、相手に殺されるのを待つだけだ。
「退け! これ以上は貴様に勝ち目はないぞ」
「退いて無職になるよりは、戦死して遺族年金を家族に与えた方がマシだな」
「ならば斬らせていただく!」
シャオのインターステラーの手に相当する部分――といっても四肢の構造に違いなどは見られない――に握られた小型の加速器から放出されたプラズマはまるで光の刃のように溢れ出た。
「無念!」
それが、自らの職務に忠実であった男の断末魔であった。
(……終わったぞ)
次に私の体で目を覚ましたのは、格納庫でのことだった。
格納庫にはインターステラーが複数機配備されており、その中の一機がシャオに与えられた仕事道具だ。
「シャオ君の体に問題はない?」
(その君付け以外にはな)
インターステラーの操縦席では間違いなく少年の体だったはずの人間は、今や少女の身体に変貌していた。
「やあ、お仕事の方は終わりましたか」
「エージェント・レンネンカンプさん!」
インターステラーに続く舷梯で独り言をしているような怪しい少女に声をかけたのは黒スーツの男だった。その瞳はサングラスで見えないが、信頼しているような態度で応じた。
(じゃなきゃ戻らんだろ)
「あはは……そうでなければ戻らないと、シャオ君が」
「でしょうねえ。シャオ様にはご苦労さまでしたと、お伝え下さい」
(もっと労え。この俺を褒め称えろ)
「つ、伝えておきますねっ」
「それにしても不思議ですよ。貴女のような可愛らしい少女が、憎たらしい小僧へと変わるのは。その神秘たるや目にしても信じられない」
「そうでしょうか? 私にはこれが普通なので分からないのですが」
「それは他の皆様方に尋ねても私と同じ反応をすると思いますよ。男女の違いは骨格に留まらず、筋肉や性器……ああ、それからレイシア様につきましてはお胸も。それら全てが別物になるのですから」
サングラスで目線が分からないというのは不便であるが、レイシアと呼ばれた少女は慇懃無礼なレンネンカンプは今、自分の胸を見ながら言ったと確信した。
「む、胸ですか? 胸は関係ないと思うんですけど」
恥ずかしそうに手で大きく育った胸を隠す。寄せブラのような下着類で補正していない以上、素でDカップはあるのだった。
インターステラーの操縦者は耐Gや生命維持のためのオーバースーツ(一般的な宇宙服の延長線にある)の下に、体温や排泄管理のためのアンダースーツと呼ばれる衣服を着用する。このアンダースーツは身体に密着するため、体のラインがそのまま出てしまうで余計に羞恥心が増す。
太っていると見られるのは、嫌いだ。これでも鍛えているのに。
(だからオーバースーツは着るべきなんだって!)
(この俺は被弾しないんだから、着る必要はないだろ)
(そういう話をしているんじゃないの!)
「では本題に入りましょうか」
エージェント・レンネンカンプはレイシアが脳内のシャオと口論しているのだろうなと察しながらもそれを意図的に無視する。
こうなった二人は長いというのを、経験から理解しているからだ。
「は、はい!」
(巫山戯やがって。休みはないのか?)
「ああ、それからこの仕事は段取りによってはそれなりの休暇になると思いますよ」
(ほほう。エージェントにしては殊勝だな)
「レイシア様には、ですけどね」
(くそがぁ!!)
脳内のシャオが存分に暴れまわる。それも仕方なく、体はレイシアのものを共有しているからとはいえ、実働するのはシャオの方になるからだ。
「私には、ですか? それはどういう…………」
「女子高校への潜入と暗殺になります」
「学生になれということ、で良いんですね?」
「ええ。ターゲットは丁度レイシア様と同い年ですから」
(……………………)
(シャオ君?)
(あー、少し考え事だ)
(何それ……この依頼は受けるべきなのか不安になるんですけど)
(受けろ。受けとけ)
「お考えは決まりましたか?」
「はい。不肖レイシア、女子高生にならせていただきます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます