幕末でも空は青い 

森 モリト

第1話 新之助の青春

春、大川端に桜の花が咲く頃

こんな陽気にこうやって、ごろごろしてこれ以上のいい事ってないんだろうね。ぼんやりと午後の時間を楽しんでいると、清二のバカほどでかい声がひびいてきた。

「新之助様、錦之助さんがお見えになりましたよ」

「新ちゃん、こんにちは。道場に行ったら 新ちゃん来ないで心配しちゃたよ」

からだを起こして、伸びをして

「おう、こんないい天気に 稽古もないかなってな・・・」

「師匠、怒ってたよ」

こんないい天気だから、稽古をさぼったわけじゃない。剣術の稽古は好きなんだ。

俺、加納新之助は旗本の次男坊。優秀な兄がいて、早々と侍に見切りを付けて商家の養子に入った如才ない弟にはさまれている。それで俺は、剣一筋で生きていこうと幼い頃からなんとなく決めていた。いたのに、それでは生きていけない世の中になってきた。

俺が稽古をさぼったのは、道場の連中がここ最近「このままでは、いけない」「お前は、攘夷派か」「公方様のやり方が悪い」とか言い出したからだ。俺も知ってるよ。俺らが小さい頃に黒船がやって来て、その頃から徳川様の世の中がみしみし軋み出したってこと位はね。でも、それぐらいしかわからねえ。そんな分かんねぇ頭で、話していい事じゃないような気がするんだよ。お前らだって、わかちゃいないだろうにさ、昨日まで俺と同じように棒切れ振り回していただけじゃないか。そんな話が聞きたくなくて、止めろって言うほどの根性もないし。取りあえず自分が聞かなきゃいいからって、稽古をさぼった。

「新之助さま、ちょうどいいじゃありませんか。お二人でお花見でもいかがですかい」

「花見ねえ」

「新ちゃん、行こうよ。ばあちゃ・・・いや おばあ様から小遣い貰ったんだ。一緒に団子でも食べようよ」

「そうだなぁ。出掛けるか」

「うん」

俺の横でニコニコ顔の奴は、錦之助って言う。紙問屋の子供で、俺の幼馴染だ。錦之助は、町場の商家の跡取り息子のはずなんだが、その恰好は武家の子供の格好をしている。錦之助の家は、二親がいない。婆さんが店の主人で、そのままいけば新之助は、紙屋の主になるはずなのだが、「新之助は、とある大名の家臣の子で、世が世ならお侍だ」とやり手の婆さんが、言ってきかない。それで、新之助は小さい頃からお侍の子の格好をしている。初めて会ったのも道場でだった。どんなに侍の子って言っても、周りはそんな風には見てくれない。侍の子にも町場の子にも、どちらにも相手にされずに何時も一人ぼっちでいた。相手にされないどころか、皆にからかわれたり柄が小さいからいじめられてもいた。ある日、たまらずに助けてやったんだ。それからは、ずっと一緒に遊んだ、何時でも俺の後ろを付いてくる。錦ちゃんはそんなやつだ。

「お梅ちゃん、団子ちょうだい」

「私も、団子をお願い致します」

二人で、大川端の茶店にいった。桜の時期なんでそこそこ人が出ている。それでも常連の俺たちに看板娘のお梅ちゃんが、ちゃんと席を用意してくれた。

「お梅ちゃん、ありがとね」

「新之助さんも錦之助さんも、毎日おこしだもの」

「可愛いお梅ちゃんの顔は、毎日見たいさ」

「新之助さんたら・・・」

お梅ちゃんが、ぽっと頬染めてる。可愛いよなと隣に座った錦之助に声を掛けようとして初めて気が付いたんだ。錦之助の苦い顔、えっと思って合点がいった。

「錦ちゃん、何で言わないの。俺達って友達だろ」

錦之助は、ポカンとした顔でこっちを見ている。わかってるよ。みなまで言うな。

「いや、錦ちゃんに先を越されることになるとは、思わなかったよ。なぁ、いつ頃からなの、俺、全然気がつかなくって、申し訳ない。でも、錦ちゃんも言ってくんないとね」

「新ちゃん、何のこと言ってるの」

「えっ、だって お梅ちゃんと付き合ってるんだろ」

錦ちゃんは、真っ赤な顔をして、首を振っている。

「ああ、そうなんだ。そうかぁ。よし、何とかしてやるよ。この新之助さんにまかせな」

おろおろして、今にも逃げ出しそうな錦之助の首根っこをひっつかまえた。団子を運んで来たのは、店主の爺さんだった。

「よし、そうと決まればうちで色々かんがえよう。清二のやつもあれで色々頼りになるしな。楽しくなってきたよな」

錦之助は、最初のうちは凄く嫌がってたけど大人しくついてきた。

「新ちゃん、そんなに楽しいのかい」

「おお、最近面白いこと無かったからな」

「・・・そうかぁ、じゃあ仕方ないか。新ちゃんが楽しいなら、それが一番だ。

うん、一番だ」

家に帰って、清二に色々話を聞いたんだ。清二は、うちの家で働いている中間で

若くて年が近いのでいつの間にか、俺の世話を専門にしてくれてる。昔からうちにいたわけじゃないし、若いくせに苦労したのかやたらと色々詳しくて、面と向かって言わないけど頼りにしているんだ。でその清二が、「女にはなんか物を贈ってやると、喜びますぜ」って言うもんだからお梅ちゃんにも何か物を贈ることになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る