第5話 "Halcyon and On and On."
どてらねこのまち子さんはコロッケが好きなので、よく商店街の肉屋のコロッケを買うのです。
「すいません。コロッケを3つください」とまち子さんが肉屋の主人に声をかけると肉屋の主人は人食いコロッケに襲われている最中でした。
「痛いっ!痛いっ!!たすけっ!!たすけええええ!!」と肉屋の主人が叫びます。その声にはごぽごぽと言う音が聞こえます。気管に血液が逆流しているのです。
店の奥から肉屋の主人が助けを請うように走ってきました。肉屋の主人の下あごは人食いコロッケに食いちぎられていて、穴ぼこになっていて、それは缶ジュースのプルトップのようでした。
血液が目に入って視界が遮られていた肉屋の主人はディスプレイに突撃しました。ディスプレイが肉屋の主人の血で染まります。
ころころころも。ころころころも。
妙な鳴き声をまち子さんは耳にしました。
まち子さんが鳴き声のする方に目をやると、ディスプレイの上に人食いコロッケが立っているではありませんか。
ころころころも。ころころころも。
人食いコロッケの確かな殺気を感じ取ったまち子さんは一歩、二歩と下がります。
肉屋の主人はもはや叫び声を発することもできず、身体の部位が食いちぎられる度に「べっ、べっ、べっ、べっ」と息を漏らすことしかできなくなっていました。
まち子さんは覚悟を決めて逃げようとしました。
すると背後から「うぎゃああああ!」と叫び声がしました。
振り向くと、後ろの24時間営業の中華料理店の店員がのたうち回っているではありませんか。
そうです。人食い麻婆豆腐です。
人食い麻婆豆腐が店員に襲いかかっていたのです。
人食い麻婆豆腐はその粘りを活かして、店員の首と胴体を見事に分離させてしまいました。
しせしせしせん。しせしせしせん。と呟きながら人食い麻婆豆腐は中華料理店の客に襲いかかりました。
中華料理店の床は一気に血で染まりました。ただでさえ滑りやすい床が、もっと滑りやすくなってしまいました。
「ひぃぃ!こいつは整体じゃねえ!脊髄引き抜きマンだ!!」
肉屋の隣の整体から叫び声が聞こえて、その直後窓ガラスを首の無い人間の身体が突き破りました。
その直後、ぴろりろりーんと音が鳴って整体の自動ドアが開きました。長い脊髄がぺろんとついた生首を持った脊髄引き抜きマンが出てきました。
人食いコロッケに人食い麻婆豆腐に脊髄引き抜きマン。
その3人が商店街の同時多発したのでした。
これは世界的に見てもまれなことです。
まち子さんはその3人にじりじりとおいつめられていました。
ころころころも。ころころころも。
しせしせしせん。しせしせしせん。
脊髄引き抜きまーす。脊髄引き抜きまーす。
3人の鳴き声がまち子さんを追い詰めます。
肉屋、中華料理店、そして整体。
それぞれをつなぎ合わせると三角形になる中、その中点にまち子さんは追い詰められて行ったのです。
そのときでした。
まち子さんの身体がぶわっと浮きました。
そうです。3人の異常殺人者の殺気により、空気が圧縮され、一瞬のうちにはじけ飛んだのでした。
そのパワーは皆様も知っての通り1人の異常殺人者が持つあの圧縮能力の三倍・・・ではありませんでした。三乗でした。
まち子さんの身体は天高く高く高く飛ばされて行きました。
「うわー」
まち子さんの身体が上下逆さまになります。
持っていた買い物かごも逆さまになってしまい、買った物が落ちていきます。
「あっ、なすびが」
買ったばかりのなすびも落ちていきます。紫色の皮が日光に照らされています。
まち子さんの身体は空高く飛ばされていきました。
でも、いつまでも飛び続けることはありません。
そうです。地球には重力があるので、落ちてしまうのです。
まち子さんは重力を感じ始めました。
「うわー」
まち子さんの身体が落ち始めました。
しかし、安心してください。
3人の殺人者が集まったせいで、まち子さんは成層圏ぎりぎりまで飛ばされていたのです。
なので、すぐには落ちることはありません。
まち子さんにとってこれが初めてのスカイダイビングになっていました。
気持ちいい。まち子さんはそう感じたそうです。
しかし、このままでは確実に落ちてしまいます。
このままでは死んでしまう!
その時でした。小粋なベースラインを奏でながら一機の戦闘機がまち子さんに近づいていました。
戦闘機を操縦するのは、そうです、米軍随一のパイロットと言われたホークスでした。しかし、引退していた彼がなぜ・・・!
ホークスは後のインタビューでこう答えています。
「乗らなきゃいけないって感じたんだ。俺はそのとき、基地で若いガキどもの相手をしていたわけだけど。咄嗟にコクピットに乗り込んで、それからは一気に空に飛んだよ。ああ。勿論、許可なんか下りてない。でも、今は飛ばなきゃいけない。そう思ったんだ」
ホークスはコクピットの上部開口を開けて叫びました。
「まち子!ここに飛び込むんだ!」
まち子さんは身体をうまく使って、コクピットに向かいました。
そのときの様子をホークスはこう言っています。
「まるで、アイアンマンのようだったよ。彼女は誰よりも鉄の心を持ってる。ああ。俺が保証するよ」
まち子さんは見事に戦闘機のコクピットに入ることに成功しました。
「ホークスさんありがとうございます」
「いいってことよ!まち子!それよりもあれを見てみな!」
とホークスが地上を指さしました。
するとそこには富士山が今まさにラジオ体操第二を踊っている最中ではありませんか!
その光景の美しいこと。なんてこと。
富士山がラジオ体操第二を踊るのは江戸時代以来だと言われています。
まち子さんもそんな風景を見ることができるなんて思ってもみませんでした。
「ホークスさん。ありがとうございます」
「いいってことよ。それよりもまち子。新年おめでとう」
「ホークスさんこそ、あけましておめでとうございます」
「あいかわらず堅え女だぜ!」
ホークスの操縦する戦闘機が富士山の周りを旋回します。
その戦闘機から出る飛行機雲はいつしかHappy new yearという字になっていました。
「って夢を見たんだけども、これって1富士、2鷹、3なすびってことになるのかな」とまち子さんは私に聞きます。
私は「うーん・・・」と答えるのを迷ってしまった。
「そもそも、もう初夢じゃないからねえ・・・」と私はそう答えてコーヒーを啜った。喫茶店に飾られたカレンダーは1月15日の文字
「そうだよねえ・・・」とまち子さんも嘆いて、ココアを啜った。
「あちちち」とまち子さんは悲鳴をあげた。
まち子さんは猫舌なのだ。
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