六本木坂道発進

@ozawajun

第1話

 床から生えてる 「トヨエースタイプのサイドブレーキ」を

操作したことありますか?

 その時代の実話。


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 舞台の最終練習が終った。今日は、疲れた。けれど仕上がりは、

上々かな。大道具を運んだロングボディーのライトエースに乗る。

運転は、ペーパードライバの舞台監督。渋滞なの。六本木を抜けら

れない。さすがに、金曜の夜は、厳しいのかな~。地理不案内につ

き膝の上に地図を広げて、ペーパードライバ運転手のナビをしてる

私。六本木って、上りと下りの繰返しね。上り坂での渋滞、きつい

な~。運転の腕も心配だし・・ 疲れてるし。少し眠たい。


 「ええっつ? 車下がってない?、後ろに下がってない?」思わ

ず声が出た。気づいた彼があわてて、ブレーキを深く踏みこむのが

分かった。その時、助手席の私だけ、気づいた。ミラーに写った後

続の黒いベンツから人が降りて来るのが。その男、私達のライトエ

ースの後輪蹴って、こっちに来る。私達の車、後ろに下がったから

怒ってるんだ。彼、気づいていない。その男、助手席の窓から、私

達をのぞき込んだ。そして、凄んだ。


「ちょいっと、車 ぶつかったみたいなんだけどな~あ。」ドスの

効いた声だ。突然のことに動転して、運転手の彼、謝る。このライ

トエース彼の親戚の工務店から借りてきたから、荷台の横にで~ん

とお名前と電話番号が入ってる。からまれたら、逃げるのは、大変

だ。だから、平謝り。けれどその男、割と紳士、野蛮っぽくない。


坂の上の信号が青になって、前の車が進んだ。彼、観念して言った。

「他の迷惑になるから、車、端に寄せますから・・」

でも、男は言った。

「まあ、ええや。気をつけて行けや。 俺、六本木で、やくざやっ

てるんやけど」

男は、衝撃のセリフを残して、そのまま自分の車に戻った。私達、

ドキドキしっぱなしだった。彼、結局、坂道発進3度も失敗した。

下がらないように張りつめてるからエンストしてる。3度目、思い

っきり吹かしてサイドブレーキを戻して、車をやっと前に出せた。

動揺してる上に、馴れないフロアから伸びてるサイドブレーキだか

らなおさら下手くそな運転。どうにか帰れそう。良かった。


 ちょっと怖すぎたな~。 私、思ったけど声に出せなかった。


 その男、私達をのぞき込んだ時、フッと表情が和らいだのに私、

気づいていた。

がりがりに痩せてる色白の彼と、地図覗き込んでる色気ない娘が相

手じゃ男のプライドが許さなかったのかもしれないなと思った。

きっと「やくざ」としての。


 良かった。これなら初日の幕、上げられるね。


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 この時、ミュージカルは大成功。 実話なの

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