第138話 元帥将軍の最後

ジバルダ元帥将軍からの撤退命令が出た後も、多くの兵がシュガト城に残って戦っていた……それは国への忠誠心や愛国心の問題だけではなく、城内に入ってきた敵の数が多く、撤退しようにもそれすら困難な状況だったからである。


「どうしますか、ズワイデン将軍」

副官の問いに、面倒臭そうな仕草をすると、バイキング姿の将軍はこう答えた。

「この城はもう持たねえだろう、さっさと撤退するぞ」

「いいんですか、シュタット軍はまだ戦ってますけど」

北方平和協定の援軍にも、撤退の連絡はきていた──しかし、義理堅いシュタット王国の軍は、ミフカーラ軍の撤退に合わせて引くつもりのようで、まだ必死に戦闘していた。

「そんなの放っておけ、俺たちが撤退したら奴らも勝手に逃げるだろうよ」

強力なズワイデン将軍が率いるワグディア王国軍が撤退することによって、戦況はさらに悪化するだろう、だが、この猛将にとっては他国の戦局など興味のないことであった。


シュガト城の至る所で、ミフカーラ軍は劣勢に追い込まれていた──すでに城内の戦力は5万までうち減らせられいて、殲滅するのは時間の問題に思えた──


「城は守る必要はない! 全ての兵は後方へ退却しろ!」

ジバルダ元帥将軍は生き残った城内の兵を、後方の裏門へと集めていた、それは最後の抵抗をする為ではなく、なるべく多くの兵を逃がすためであった。

「ジバルダ元帥将軍、今なら裏門から撤退できます! 元帥将軍だけでも逃げてください」

長く副官をしているビルチェルの言葉だが、首を縦には降らなかった。

「ビルチェル、お前は周辺にいる兵を連れて王都へ撤退しろ」

「元帥将軍、その命令は聞けません、もし元帥将軍が残るなら、私もお伴します」

「ビルチェル……ならば未婚者で30歳以上の兵で志願する者だけを集めよ……残りの兵は速やかに撤退するように指示を出せ」

「はっ!」

おそらく、確実な死が待っているその任務に五千の兵が志願した。



アースレイン軍の指揮をする、ブライルは、意図的に後方からの攻めを命じなかった、それは退路を断つことにより、必死の抵抗させて味方に大きな損害を出さない為である。

「城の裏門から残っていた兵も撤退を開始したみたいですね」

「賢明な判断だな、残って戦っても犬死するだけだ」

「どこかの師団に追撃させますか?」

「いや、必要ない、追い詰められた小動物は魔獣を噛むと言うからな」

「どこの言葉ですか?」

「エイメル様に教えてもらった言葉だ」

「それは貴重な……私も使っていいですか」

「主の教えは家臣全ての財産だ、使ってダメなわけないだろ」

この言葉はのちにアースレイン軍内に広まり、多くの将が、追い詰めた敵に対しても油断することのない硬い戦術を好むようになっていった。


シュガト城内のほんとんどでミフカーラ軍は鎮圧されつつあった──しかし、城の後方においては、アースレイン軍の追撃を阻む、組織的な抵抗がまだ続いていた。ブライルは、ミフカーラの最後の抵抗を終わらす為に、シュガト城後方にアッシュ上級将軍を送り込んだ。


アッシュは自ら指揮する師団の中でも、白兵戦に強い装甲兵団をミフカーラ軍に突入させる。


アッシュの一万の装甲兵団は、五千ほどの敵部隊に全方向から突撃を開始する──それまで奮戦していたジバルダ元帥将軍の指揮する決死隊であったが、流石に全方位から歩み寄ってくる重装備の装甲兵団には少しづつ押され始め、一人また一人と被害を拡大させていった。


「個で反撃しては飲み込まれるぞ! 周りの仲間と協力して押し返せ!」

ジバルダの声に奮起するが、数、質においても圧倒されているミフカーラ軍はすでに限界が来ていた……反撃らしき反撃もできずに一方的に攻め立てられ、小一時間ほどの戦闘で残っているのは300人ほどになっていた。


「げ……元帥将軍をお守りしろ!」

アースレイン兵に槍を二本刺されながらビルチェルは部下に向かってそう叫んだ──そして残りの力を振り絞り、自らに槍を突き立てている敵兵の首を剣で切りつけて息絶えた……


ジバルダはアースレイン軍に囲まれながら、目の前の美しい碧玉色の敵将の装備に魅入られていた……

「そのような武具を与えられた将なら、さぞ高名な方だとお見受けする」

「我はアースレイン軍、上級将軍のアッシュと申す」

「なるほど……辺境最強と言われたジュルディアの五宝将の一人ですな……我はミフカーラのジバルダ元帥将軍──状況的にこちらからお願いできることではないが、我との一騎打ち、受けて貰えますかな」

ジバルダはそう言うと剣を構えた。

「ミフカーラのジバルダ元帥将軍殿との一騎打ちなら是非もなく」

アッシュも剣を構えてそれに答えた。


戦いは数分で終わりを迎えた──それまでアッシュの剣をなんとか防いでいたジバルダであったが、受けていた剣が、アッシュの魔法剣の威力に絶えきれず、粉砕する──不意のことに、一瞬、ジバルダを斬るのを躊躇したアッシュであったが、ジバルダの次の言葉に応えるように剣を構え直した。

「我の最後の相手が貴公で光栄だ、アッシュ殿……さあ……斬りなされ」


アッシュは苦しまぬように、一刀でジバルダの命を絶った。


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