第108話 偽りの訪問

キイトと喧嘩した日からしばらく経ち、ドラグネ族の集落に、大勢の訪問者が現れた。それは最悪の訪問者であった。訪問者の多くは武装しており、平和的な訪問には見えなかった。


ファシーとヒュレルのいる建物に、アフオンと母が慌てた様子で訪ねてきた。

「お客人。急ぎここを離れる支度をしてください」


ファシーが理由を聞くと、アクザリエル帝国の使者がこの集落へやってきたとの話であった。理由に納得したファシーとヒュレルはすぐに準備をした。

「アフオンが案内します。安全な場所でお隠れください」

「礼を言います」

「そうね。ありがとう」


すぐにアフオンに案内されて、ファシーとヒュレルは里の裏手から、山の上へと登っていく。その先には山小屋があり、集落からかなり離れていて、里の者しか知らない場所なのでとりあえずの隠れ場所としては十分であった。



族長の家へ訪ねてきたアクザリエル帝国の使者は10名。外には50名ほどが待機していた。アクザリエルの使者は乱暴に族長の家へと押し入ると、族長を呼びつけた。

「何の用ですか、デナソイエス軍政官。今日は随分と強引な訪問ですね」


カリュネスにデナソイエスと呼ばれた男は、小太りでカエルのような顔をしている。態度が大きいことから、それなりの地位のある人間なのがわかる。


「カリュネス。今日は幾つか話があってきた。その答え次第では、取り返しのつかないことになると思って結構だ」

カリュネスは脅しに近いその言葉に、顔色も変えずに返事をする。

「はい。それはどのような要件ですかな」

「一つは、アースレインなる野蛮の地の者を、ここに潜ませているとの話を聞いた。そんな怪しいものが国内にいるのは捨て置けん、すぐに引き渡してもらおう。もう一つは、竜騎士団を、軍の完全な指揮下に入れることだ、これからは我らの命令に従うように」


「お断りします」

カリュネスの答えは短く、はっきりしたものであった。

「うむ。聞き間違いかな・・今、わしの提案を断ったように聞こえたが・・」

「アースレイン王国の者は、ドラグネ族の古くから交友のある部族の方で、我々の客人だ。それを引き渡すような無礼なことはできない。また、我々は自由の民だ。誰の支配下にも入らない」

「なるほど・・クハン様の予想通りの返答だな。警告したはずだぞ。取り返しのつかないことになると・・」


デナソイエスは目で周りの護衛に合図をする。それは戦闘の始まりを知らせるものであった。すぐに殺気を感じたカリュネスが剣を抜く。そして右にいた剣士の首を狙った一撃を弾き返す。左の剣士からは、下段の構えから腕を狙った強烈な一撃を放たれる。それは後ろに少し引くことで避けた。だが、その瞬間、カリュネスの腹に激痛が走った。すぐ後ろに、いつの間にか忍び寄っていた黒い騎士に、背中から貫かれていた。


カリュネスは最強の竜騎士であり、飛竜に乗らなくてもかなりの強さを誇っている。だが、そんな事はデナソイエスも承知のことで、カリュネスを斬るために、最強の三人の刺客を用意していた。一人は首を狙った剣士で、名をシフーカといい、剣術大会で優勝するほど猛者である。左に立っていた者はここ数年で名を上げてきた若い剣士で、ブガデイという名の大隊長であった。


そしてカリュネスを後ろから貫いたのは、名をジベルディといい、アクザリエルの黒点と呼ばれる最強の騎士で、北方でも知らぬ者はいない強者である。


腹を貫かれたカリュネスは、力の限り大声で叫ぶ。

「皆! 逃げるんだ!」


その声を聞いて、息子のキイトが奥から飛び出してくる。すぐに大変なことになっている父の姿を見て、デナソイエスに叫んだ。

「デナソイエス様! 約束が違います! ドラグネ族は罪に問わないと言ったではないですか!」


それを聞いて、この訪問が、我が息子の仕業だと知ったカリュネスは心を痛めた。

「何が約束だ、裏切り者ども! 敵になるくらいなら皆殺しになるがいい!」


キイトにアクザリエル兵の剣が振り下ろされる。族長の三人の護衛は、すでに斬られていた。誰も助けてくれるものはいなかった。偉大な竜騎士である父以外には・・キイトを斬ろうとした兵は、カリュネスに斬り伏せられた。そして残りの力で息子に叫ぶ。

「キイト・・逃げろ!」

だが、そんなカリュネスであったが、後ろからシフーカに斬りつけられ床に倒れこむ。そこへキイトが駆け寄って行く。

「父上!」

「いいから・・逃げろ・・」

もう剣を持てなくなった父に代わり、キイトがその剣を拾った。そして剣を構える。


キイトは、父のような偉大な竜騎士になりたかった。だから剣の稽古もたくさんした。同い年の連中の中では一番上達が早く、アフオンにも負けることはなかった。だけど・・黒い騎士の剣を受けることも避けることもできなかった。黒い騎士が剣を振ったと思った瞬間・・その剣が自分の体に深く斬り込んでいるのに気がついた。痛いという感覚はない・・だけど意識がどんどん遠くなる・・ごめん・・父上・・ごめんアフオン・・・それが父に憧れた少年の最後の呟きであった。


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