第106話 飛竜の里
北方の北の地にある、鉱石の採掘で財をなしている大国、アクザリエル帝国。そこにある、大陸でも五本の指に入る標高のズヴァース山脈の中腹に、数万人が住んでいる大きな集落があった。そこでは人だけではなく、大空を自由に飛び回る、飛竜も家族のように暮らしている。それはドラグネ族と呼ばれる民族で、遥か昔から飛竜と共に暮らし生きて来た竜騎士の民であった。
少年はいつものように、相棒の飛竜に食事を運んでいた。この村では、騎士となる子供には、相棒となる飛竜を幼少から割り当てられ、それを世話することで絆を作っていた。騎士の家系に生まれた少年にも、自らの相棒となる飛竜が与えられていた。少年の名は、アフオン。相棒にも名があり、ドゥラフといった。
飛竜がいるのは飛空所と呼ばれる場所で、切り立った崖の上に作られた大きな円形の建物で、そこには、多くの飛竜が暮らしていた。アフオンが飛空所に入ると、相棒のドゥラフがアフオンに気づき、すぐに近づいてくる。アフオンが食事をドゥラフに与えると、相棒の飛竜は高い声で嬉しそうに一鳴きした。
アフオンが相棒と絆の時間を過ごしていると、幼馴染のキイトが声をかけてくる。
「アフオン。知ってるか、近々戦争があるって噂があるの」
「戦争? どことだ。クルバ領の反乱は鎮圧されたばかりだし、ゾルディ族も最近はおとなしいぞ」
「ちげえよ。そんな小さい戦争じゃなくて、大きな戦いがあるって話だ」
「なんだよそれ、大きいってどういう意味だよ」
「外の国が攻めてくるんだよ」
アフオンには言ってる意味がわからなかった。外の国が攻めてくるなんて話は初めて聞いた。アフオンには北方平和協定などの知識は全く無かったが、国同士の争いがタブーなことは、周りの空気で感じていた。
アフオンは家に帰ると、キルトの話を父に聞いた。すると父は、子供が気にすることではないと詳しく話はしてくれなかった。
次の日、集落に旅人がやってきた。深く険しい山奥にある集落に、旅人が来ること自体が珍しいことなのだが、その旅人が二人の少女であったことがさらに驚きを大きくした。集落の子供達は、自分たちと歳の変わらないその客人に興味深々で集まる。
「お前ら客人に失礼だぞ。見せ物じゃないんだから、ジロジロ見に来るんじゃない」
集まった子供達に、大人がそう声をかける。その注意も聞かずに、子供達はワイワイとその少女たちを眺めていた。
二人の少女は、ドラグネ族の族長の客人であった。すぐに族長の家に案内される。その道中に、アフオンも噂の少女を見ることができた。一人は金色の短い髪の少女で、もう一人は銀色の髪の少女であった。髪の色は違うが、顔は瓜二つで、それが双子の姉妹であるのがわかる。二人ともかなりの美人で、最近異性を気にし始めたアフオンにとっては刺激の強い相手であった。
「アフオン。あの二人、すげー可愛いよな」
「ふん。そこそこ可愛いけど、俺の趣味じゃねえよ」
キイトの言葉に、心にもないことをなぜか言ってしまう。
「強がり言うなよ。それよりあの子たちがどんな話するか聞きにいかねえか」
キイトは族長の息子である。なので族長の家に迎えられる彼女たちの話を聞くことは可能であった。
「まあ、暇だか行ってもいいけどよ」
あくまでも強がった言い方で同意する。
族長の家の客間へと案内された少女たちは、ズヴァース山脈で取れる、グボの葉を乾燥させて造られたグボ茶を飲みながら、族長を待っていた。ほどなくして、引き締まった体で、長身のダンディな男が現れる。
「お待たせしました。私がドラグネ族の族長の、カリュネスです。竜人族の方がお見えになるのは久しいですが、本日はどのようなご用ですか」
飛竜を友にするドラグネ族と、竜人である竜人族は、古来より交流があり、友好的な関係であった。
「カリュネス殿。今日は、竜人族の使いではなく、アースレイン王国の使者としてまいりました」
「そうね。アースレインの使者です」
「ほほう。あの竜人族が、アースレイン王国なる国に、従属したとの話は本当でしたか・・それでは、そのアースレイン王国が、ドラグネ族に何の御用ですか」
「はい。ドラグネ族は、アクザリエル帝国とは臣下の関係ではないと聞いております」
「そうね。聞いていますわ」
「そうです。我々は誰の支配下にも入りはしない。アクザリエルからは、傭兵としての依頼を受けて戦うことはありますが、それはいつも対等な立場での契約で成り立っている関係です」
それを聞いた少女は頷き話を続ける。
「それでは用件を伝えます。アースレインに雇われる気はありませんか」
「そうね。雇われるといいです」
「なるほど、そうきましたか・・だが、アクザリエルにも多少の義理がありますので、簡単にはその話に乗るわけにはいかないですね」
「ドラグネ族には、アクザリエルの領土の半分をお約束すると、我が王は言っております」
「そうね。半分は大きいです」
「それは大きな報酬ですね・・だけど、私たちには、領土など興味がないのです。今住んでいるこの地があれば十分なのです」
それを聞くと、少女は笑顔でこう返事をする。
「あなたが、そう言うと我が王は予想してました。なのでもう一つ提案を持ってきております」
「そうね。そちらが本命ですね」
「なるほど。それはどういう条件ですか」
「はい。ドラグネ族のこの地での存続の保証・・それが我が王からの条件です」
「そうね。保証してあげます」
それを聞いたカリュネスは眉を細める。そして怒りの口調でこう言う。
「それは脅しですか・・協力しなければ、ドラグネを滅ぼすという・・」
「いえ。正確には協力する必要もありません。ただ、アクザリエル帝国に協力しなければ、それでアースレインは、ドラグネの存続を保証します」
「そうね。協力しないで欲しいです」
「・・・それほど我々の力を評価していると取ればいいのかな・・」
「そうです。王はドラグネと戦うことを望んでいません」
「そうね。戦いたくないのです」
「竜人族との古くからの関係もある。その条件であれば受けましょう。我々はアースレインにもアクザリエルにも協力しないと誓います」
その話を、聞き耳を立てて聞いていたアフオンとキイトは顔を見合わせる。ドラグネは竜騎士の民である。戦うことでその存在を示していた。幼少の頃からそう教わっていた二人には、カリュネスの判断は意外なものであった。
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