第94話 逃亡の王女

アントルン王国は五つの有力貴族の反乱により、滅亡の危機に瀕していた。王家を守るのは近衛兵団、三千のみ。対する貴族連合の私兵団は二万の大軍であった。王家が劣勢だと見ると、地方貴族たちも、次々と反旗を翻し始める。


貴族連合軍によって王宮が陥落すると、アントルン王家の人間は次々と殺されていった。ほんとんどの王族が殺されて、残るのはたった一人の王女だけになっていた。


王女の名はミホシ。ミホシ王女は、長年支えてくれている侍女と、アントルン最強の騎士である、イングヴェイが率いる青竜騎士団に守られて逃亡していた。青竜騎士団は精鋭ではあるが80名の少数である。逃亡の道のりは厳しいものとなっていた。


「ルダ! 足止めを頼む!」

ルダと呼ばれた騎士は、3名の部下を連れて、後方へと下がっていく。追ってきているのは数百の騎兵である。ルダは命を捨てて、僅かな時間を稼ぐつもりであった。


イングヴェイは逃げ道に、深い森を選択した。ここならうまくいけば追っ手を撒けるかもしれない。そのまま馬を走らせて、森の中に突入した。


しばらくすると、ルダの活躍もあるのか、後方に敵の姿が見えなくなった。そのまま森の中を進み、グラマザ山の麓までやってきていた。


森を抜けると、自分の選択が全て間違っていたと気がついた。そこには、無数の兵が待ち構えていたのである。

「くっ! 待ち伏せか!」

森の方を見ると、追っ手が近づいてきているのが見える。奴らは撒いたと思わせて、待ち伏せしているこの場所に、自分らを追い詰めていたのだ。


待ち伏せの兵は少なき見ても二千はいる。このまま強行突破しても間違いなく突破することはできないだろう。だが、森の方はまだ敵の数も少なく、逃げ切る可能性がありそうであった。


「森に戻るぞ!」

イングヴェイは部下にそう叫んで、馬を森へ向けた。


森の中を疾走する青竜騎士団は、もはやどこを走っているかわからなくなっていた。敵は森の中の至る所に現れ、攻撃してくる。それを倒しなが進んでいるので、方向すら把握することができない。


そして、いよいよ彼らは追い詰められる。周りを崖に囲まれた滝のある場所へ出たのだが、崖を登るしか逃げる道がない。後方には、多くの敵が迫っていた。


ここまで来るのに、多くの犠牲を出していて、すでに青竜騎士団は30名ほどに減っていた。もはや背水の陣・・崖を後方に、最後の戦いを覚悟する。


「君らどうしたんだ。困り事かな」

不意に声をかけられた。見ると滝の近くで、十人ほどの者がキャンプをしているようだ。その一人が声をかけてきた。


「すまぬ・・どこの誰か知らぬが、巻き込んでしまうだろう」

おそらく、この者たちの命もないだろう。目撃者を生かすほど、彼らは甘くはない。おそらく皆殺しにされるだろう。

「よく分からないが、心遣いありがとう。どうやら危険が迫っているようだけど、追っ手は、そこの子供の命を狙っているのか」


悩んだが、最後の時に隠し事をしても仕方がない、正直に全てを話した。

「この御方はアントルン王国のミホシ王女である。敵は反乱軍で、最後の王家の血筋を狙ってここにやってくるのだ」


「なるほど。ならば話は早い。ミホシ王女、俺があなたを保護しよう。だが、一つ条件がある。アントルンのアースレインの従属がその条件だ」


「なっ! あ・・あなたは・・」

「俺はアースレイン王のエイメルだ。どうする、その条件を飲むか」


いくら最強でも、イングヴェイはただの騎士団団長である。そんな国家の大事を判断する身ではない・・だが・・ここでそれを断っても未来がないのは間違いなかった。少し迷っていると、なんとミホシ王女が自ら口を開いた。

「アースレイン王よ。アントルン王国、ミホシ王女が約束する。アントルンはアースレインに従属する。なので私を助けてくれ・・」


ミホシ王女はリエナと同じ歳くらいに見える。そんな幼い彼女が立派にそう言い放った。ならば全力でその気持ちに応えなければいけないだろう。


「リリス! 空から敵を殲滅しろ! ファー、ヒューは敵を後方から撹乱。クリシュナ、アズキ、ヴァルガザは森の出口で敵を迎え撃て!」


俺のその指示で、みんな一斉に動きだす。

「エイメルや、ワシはどうするのじゃ」

「オーウェンはその者たちとミホシ王女を守ってくれ」


「アースレイン王!」

そう叫んで、騎士の男が俺の前に跪く。

「我主があなたに従属の約束をした。ならば今、この時から私もあなたに仕えることをお許しいただきたい」


俺は剣を抜いて、その騎士の肩にそれを置いた。

「お前の名を聞こう」

「我が名はイングヴェイ・・」

「では、イングヴェイ。お前をアースレインの騎士として認める。存分に戦うがいい」


その授与を受けて、イングヴェイは部下にミホシ王女を任せた。そして自らは剣を持って森の方へ歩みを進める。

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