第92話 旅路

大賢者オーウェンに会うために、裕太は、最低限の家臣を連れて、辺境の奥地と出発した。ジュレンゼ城からグラマザ山へは順調に行けば10日ほどの行程である。また、必要ないと思うけど、リリスも同行させることにした。彼女がいれば、どっかの国と戦争になっても何とかなりそうだ。


途中、辺境の国を幾つか通過するけど、そのほんとんどが辺境大連合の国々である。まさかアースレイン王がこんな少数で自国を通過するなど考えていないだろうから、おそらく問題ないだろうが、何かあったら敵国のど真ん中で孤立する危険があった。


そんな心配も、旅の前半戦を何事もなく進み、グラマザ山のあるアントルン王国へと入国した。アントルンは王が死んだばかりで混乱していて、国全体の治安がかなり悪化していた。


それを示すかのように、一行がアントルンのミチルカという町で宿をとっていると、ガラの悪い輩の集団に絡まれる。

「おいおい・・よそ者が何、豪勢な飯食ってんだよ」

俺たちが食べていたのは鳥の丸焼きに野菜のスープ、それに芋のサラダと、言われるほど豪華ではない。

「自分の金で食べたいものを食べてるだけだ。文句を言われる筋合いはない」

そう俺が言うと、その男の仲間と思われる連中が立ち上がる。狭い酒場であるが、それでも二十人くらいはいるだろうか・・

「ガハハハッ。俺にやらせてくれ大将」

そう言って嬉しそうにその男たちの前に出たのはヴァルガザであった。アースレインの上位将軍になってからの初仕事である。


ヴァルガザは2メートルは超える大男で、信じられないくらいの筋肉質である。さすがにその姿に、ゴロツキどもも少し怯む。


しかし、先に喧嘩を売ったので引っ込みがつかなくなっている彼らは、棒を片手にヴァルガザに殴りかかった。ヴァルガザは、その攻撃を避けようとせず、すべてその体で受け止めた。頭を硬い檜の棒で叩かれても、背中を叩かれても、ヴァルガザは表情一つ変えない。さすがにゴロツキも、いくら殴っても不気味に笑っているヴァルガザに異様な恐怖を感じ始める。


「どうした、もう終わりか・・」

そう声をかけると、ゴロツキの恐怖は最高潮に達した。それを見たヴァルガザは、そこで初めて拳を使う。体重100キロは軽くありそうな大男を軽く殴ると、その男は壁まで吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。それを見たゴロツキは、叫び声をあげて逃げ始めた。


周りが静かになり、これで落ち着いて食事ができる。俺はヴァルガザに褒めの言葉をかけた。

「ヴァルガザ。ご苦労さん、いい仕事だった」

「ガハハハッ。こんなの仕事に入りませんぜ」

「ヴァルガザのおじさん、喧嘩好きそうなので、大暴れするかと思ったけど、意外に優しく済ませましたね」

「そうね。これは食事どころでなくると思ったです」

ファーとヒューにそう言われて、ヴァルガザはこう答える。

「おいおい。俺は合理主義者だぞ。無駄なことは極力しねえよ。ガハハハッ」


そんな話をしているので、俺はこう言う。

「俺は喧嘩好きのアズキが飛び出すと思ったけどな、意外におとなしく飯を食べてるな」

「いやよ、この鳥、すげー美味えんだよ」

どうやら飯が美味くて動かなかったらしい。


そのあと、ほとんど貸切になった酒場で散々飲み食いして、その日は床についた。


次の日、グラマザ山への道中で、数千人規模の軍隊に遭遇する。どうやら目的は俺たちにあるわけでなく、普通に通りすがりのようだ。そんな軍隊と通りすがる時、その軍の大将の男が、俺たちを見て声をかけてくる。

「おい、そこの者達。どこへ行くんだ」

「グラマザ山へ向かっている」

そう、俺が答えると、その男はこう話し始めた。

「そうか、暇なら傭兵として我が軍で戦わないか、給金は弾むぞ」

「どこかで戦いがあるのか?」

「この軍は、メルボル伯爵の軍だ。これから複数貴族による反乱が起こるのだよ」

どうやらアントルンで内乱が起こるようだ。それで少しでも兵が欲しくて俺たちに声をかけたようだ。

「悪いが急ぎの用なので、断らせてもらう」

「そうか、気が変わったらミチルカに来るがよい、そこで反乱の軍が集結するのでな」

「そうさせてもらうよ」


まあ、今はアントルンの内乱に首を突っ込むつもりなどないので、そう答えた。


しかし、そんな俺の意思などお構いなしに、後でこの騒動にどっぷり巻き込まれてしまうのだが・・・

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