第79話 倒れる守護神
アルティに、体を貫かれたマスタードラゴンは、ふらふらと落ちていき、地面に叩きつけられる。
軍師ブライルは、その光景を唖然として見ていた。まさに信じられないことである・・その力に対抗できるものなどありはしないとも思っていた絶対的な存在が、今、地面を、苦しみもがいて転がっている。
呆然としていたブライルであったが、やがて我に帰る。このままマスタードラゴンを倒されれば、ジュルディアに勝ち目はない。すぐにマスタードラゴンの救出を考える。
「ティルトミ師団をマスタードラゴンの救出に向かわせるんだ」
要塞を攻撃していたティルトミ師団は、緊急の指令を受けて、マスタードラゴンの救出に向かう。
マスタードラゴンは、アルティにさらに空からブレスの攻撃を受けて、その体力を失っていく。もはや空を飛ぶ力も無く、その場で翼を丸めて防御することしかできなかった。
救出に来たティルトミ師団は、マスタードラゴンを囲むように布陣する。さすがに運んで逃すことはできないので、守りながら少しずつドラゴンに歩いてもらうしかなかった。その意図を感じたマスタードラゴンは、一歩、一歩、その場から逃げようとする。
アルティは、まずは周りに布陣した敵軍を、一掃することにした。息を大きく吸い込み、白銀のブレスを放った。もはやレーザービームのような光の帯が、円を描くようにティルトミ師団を襲い、多くの兵を蒸発させていく。
「やはりティルトミ師団だけではダメか・・ヴァルガザ師団もマスタードラゴンの救出に向かわせるんだ」
ヴァルガザ師団も至急の命令で、動くのだが、これで要塞を攻撃するのが、要塞内に侵入しているブリトラ師団だけになってしまった。それによって、要塞城壁の上の兵が、ブリトラ師団の対応だけに集中できるようになり、一気に要塞内の戦況が動く。
マスタードラゴンに近付こうとしたヴァルガザ師団であったが、早速、アルティのブレスが襲いかかってきた。真ん中を切り裂くように光が通過して、その一撃で、驚くほどの兵が蒸発する。辛うじて、そのブレスの難を逃れたヴァルガザは、その威力に、もはやこの戦いの勝ち目がないことを悟る。
「ジイド。俺はちょっと軍師様のとこ行ってくら。ちょっと後は頼む」
「了解です」
このままでは全滅する・・そんな野生の感のようなものが、ヴァルガザは感じていた。
軍師ブライルの下へ来たヴァルガザが叫ぶ。
「ブライル、あれは無理だ、すぐに撤退しねーと、全滅するぞ」
そんなことはわかっていた。だが、エターナル・マスタードラゴンをこのまま見捨てることはできないのであった。
「マスタードラゴンを救出すれば、撤退する・・」
「だから、それも無理だ・・あれは助けられねえ」
「・・・だとしてもだ・・あれは我が国の象徴だ・・皇帝の命に匹敵する。絶対に見捨てることはできないのだ・・」
それは大げさではなかった。マスタードラゴンとジュルディア歴代の皇帝たちとは、命の絆の契りを交わしていた。それはお互いの命を共有するという意味で、どちらかが死ねば、片方も命を捨てるというものであった。
今まで、皇帝の急死などで、マスタードラゴンが命を落とすことはなかった。それは新しい皇帝が誕生して、新たな命の絆の契りが交わされるからである。だが・・マスタードラゴンが死ねばどうなるだろう、皇帝は命を捨てるのだろうか、それは軍師ブライルにもわからないことであった。
ティルトミ将軍は、矢と魔法の攻撃を、一点に集中させる。それでも、上空を飛行する巨大なドラゴンに、傷一つ付けることはできない。そんな、空飛ぶ恐怖の存在から、無常とも言える光の閃光が迸る。その光は一直線に、指揮を執っていたティルトミ将軍に向かってくる。人間に避けれるような速さではなかった。一瞬で周りが光に包まれると、ジュルディアの五宝将と呼ばれた名将の体は蒸発する。
すでにマスタードラゴンを救出しようとしていたジュルディア軍は、アルティのブレスによって、壊滅していた。
残るは、その命の灯火が消えそうになっている、瀕死のドラゴンだけであった。アルティに獲物を痛ぶる趣味はない。苦しみの無いように、そのドラゴンにとどめを刺す。胸と頭部にアルティのブレスを受けたマスタードラゴンは、その千年近い生涯に幕を閉じた。
ジュルディアのブリトラ将軍は要塞内でクリシュナ師団と激戦を繰り広げていた。少し前までは、互角の戦いができていたが、城壁の上の敵からの攻撃が激しくなり、その戦況は悪化するばかりであった。
「ブリトラ様。ダメです。インドバの部隊も全滅しました。このままでは要塞内で孤立してしまいます」
すでに仲間の半数以上を失い、要塞の制圧も絶望的になった。ブリトラは撤退の決断をする。そして要塞から脱出すると、その光景に我が目を疑う。
「全滅か・・・」
味方がいなくなっていた。外にはティルトミとヴァルガザの師団がいるはずであるが、どちらの師団の姿も見当たらない。あるのはボロボロになった、ジュルディアの守護神の変わり果てた姿であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます