第78話 裏切りの国

グルガナ軍は、十分に精強であり、不意をつけばそのほとんどの戦いで勝利することができるであろう。ジュスランは、少し前まで味方であった、ルドヒキ軍とアドチア軍を殲滅すると、さすがに後味の悪さを感じていた。


「要塞のアースレイン軍に使者を送るんだ、連携してジアーノンを討つぞ」

ジュスランは後方で布陣している辺境大連合の本隊を討つべく、行動を起こそうとしていた。



「アリューゼ様、グルガナ軍が、辺境大連合を討つのに、連携を申し込んできています」

アリューゼは、もちろんグルガナがアースレインに従属した事実は知っている。グルガナが、ルドヒキ軍とアドチア軍を討ったことを考えると、それが罠である可能性はないだろう。

「了承したと伝えてくれ、これから我が軍は、ジアーノンを討つ為に、要塞から出撃する」


要塞から出撃したのは、騎兵隊を中心とした八千のアリューゼ師団であった。グルガナ軍は三万五千、合流すれば四万三千の軍となり、五万の辺境大連合軍の本隊と十分戦える戦力となる。



「ミュラ七世陛下! 裏切り者のグルガナが、アースレインと合流して、こちらに向かっております」

「くっ・・・グルガナめ・・・こうなっては目に物を見せてくれるわ。全軍戦闘体制に入れ!」


辺境大連合は、鶴翼の陣形でアースレインを迎え撃った。ジュスランが率いるグルガナ軍は方円の陣形で接近していく。アリューゼは別働隊で、側面から攻撃を開始した。


ジアーノンの軍は決して弱くはない。だが、指揮能力、統率、個々の武力、全てにおいて、アースレイン軍に劣っていた。ジュスランの指揮するグルガナの前衛隊が、辺境大連合軍の鶴翼の右翼を崩壊させる。右翼には、ジアーノンの七本槍の一人である、ジンイズ将軍が指揮していたが、ジンイズは、グルガナの猛将、ライデンに、一撃で斬り伏せられた。


左側面を強襲したアリューゼ師団は、鶴翼の左翼を殲滅させる。左翼も、ジアーノンの七本槍の一人、クダート将軍が指揮していたが、アリューゼ師団の副団長であるガイエルと、壮絶な死闘の末に斬り伏せられた。こうして、辺境大連合軍は二つの翼を失った。


陣形を維持できなくなり、ミュラ七世は、軍を後方に一時的に下げようとした。だが、後退途中に、ジュスランとアリューゼに、強烈な追撃を受け、大打撃を受ける。この状況で、一番しちゃいけない動きだなと、アリューゼは、敵の動きを見て、そう、副官のガイエルに話した。


かなりの兵を失い、数の上でも劣勢になってくると、ミュラ七世にも焦りの色が見えてくる。

「何をしている! このままでは負けてしまうではないか! 敵を多く倒せ!」


外交などには優秀な能力を発揮するミュラ七世であったが、戦術の才能は凡人であった。優秀な指揮官の前では、付け焼き刃など通用するわけもなく、戦局を打開することなどできるはずもなかった。


「ミュラ七世陛下・・ここは一度撤退を・・」

「ぐっ・・・仕方ない・・撤退だ・・撤退するぞ」


さすがに劣勢を理解したのか、ミュラ七世は撤退を指示する。



撤退の、殿を務めるのはジアーノンの七本槍の一人、グロスダ将軍であった。グロスダは、三千の兵を率いて、追撃してくる全ての敵の足止めをすることになった。


「時間を稼ぐぞ・・ここが死地だと思え!」

グロスダに指揮される兵団は、古くらからグロスダと戦ってきた古参の兵ばかりであった。皆、この殿の重要性を理解しており、命をかけて戦う場所であることを理解していた。


死の覚悟を決めた兵は強い。アースレイン軍は、高くて硬い壁にぶち当たったかのように、追撃が止められる。


「くっ・・気をつけろ! この殿・・強いぞ」

アリューゼは部下にそう注意をする。それほど油断ならないほどの手応えを感じていた。


ジュスランも、アリューゼと同じく、殿の部隊の威圧を感じていた。圧倒的に数が少ないはずの敵に、じわりじわりと押し返される。


50人以上のアースレイン兵を斬り伏せて奮闘する、グロスダの前に、アリューゼが躍り出る。漆黒の鎧を身にまとっているグロスダは、その自慢の鎧は返り血で赤く染まり、真紅の鎧とかしていた。そんな鬼気迫る背水の将は、自らの最後が近づいたことを、目の前にいる青い長い髪の女将軍を見て悟る。


「騎士将軍か・・最後の相手としては申し分ない」

さすがに辺境に名を馳せた女将軍のことを、グロスダは知っていた。そんな敵将にアリューゼは敬意を払いながら剣を構える。

「アリューゼ・フォルディン・・参る!」

「ジアーノンの七本槍が一人・・グロスダ・ジバナ・・全力で受けよう!」


アリューゼの鋭い剣が、光の軌道を描き、グロスダに襲いかかる。グロスダは愛用のスピアでその剣を弾き返す。すべての攻撃を受けきったと思ったのだが、左肩に激痛が走り、鎧の一部が弾け飛ぶ。

「さすが・・見切れるものではないか・・」

グロスダは、神速の剣を防御しきれないと悟り、捨て身の一撃を繰り出す。並の相手なら串刺しにして、勝負がつくほどの鋭い一撃であったが、アリューゼはその攻撃を完全に見切り、紙一重でその槍撃を避けると、一線でグロスダの体を斬り伏せる。ゆっくりとグロスダは地面にうつ伏せに倒れていく。


大将を討たれ、さすがに糸が切れたのか、それまで奇跡的な強さを誇った殿の部隊が崩れていく。だが、殿の役目としては十分な時間稼ぎをすることができた。撤退した辺境大連合軍は、追えない距離にまで移動していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る