第73話 辺境大連合方面中央防衛戦
アリューゼは敵の兵力を見て、気を引き締め直した。辺境大連合方面、中央部に侵攻してきた辺境大連合は、二つの軍であった。一つは、グルガナが中心となった軍、も一つはジアーノンが中心となった、辺境大連合の本隊であった。どちらも五万ほどの軍で、グルガナが前に出て、後方にジアーノンが布陣していた。
中央部のアースレインの防衛は、二つの要塞で、形成されていた。二つの要塞は十字型で同じ作りになっていて、上から見ると、噛み合う歯車のような形状になっている。
この複雑な形状の要塞の最大のメリットは、多数の死角を有するということであった。要塞を攻略する敵部隊を、死角から接近して、強襲することができるので、機動力のあるアリューゼ師団にとって、守りやすい要塞と言えた。
グルガナのジュスラン大将軍は、複雑な形状の要塞を見て、攻略の糸口を見つけようとしていた。下手に全軍で攻めると、敵の術中にハマる恐れがある、ここは慎重な戦術が必要だと判断しているのだが、そんな慎重なジュスランの動きに、ジアーノンのミュラ七世は苛立ちを見せている。
「何をやっているのだグルガナは・・全軍で攻めればいいものをなぜ、兵を出し惜しみをしている」
自分の軍は、後方の安全な場所に布陣しているのは棚の上に置いて、さっさと敵を倒せと結果を求める。
当初、その大きな戦力差のことを考えれば、アースレインなど早期に殲滅できると考えていた。だが、ふたを開ければ、未だにどの戦場からも勝利の報告は来ていない。
「さっさと全軍で突撃しろとグルガナに使者を送れ。何度も敗北して弱腰になっているだけだろ、少しキツく命令しても構わん」
ミュラ七世の言葉は、すぐにジュスランの下へと伝えられた。
「困った盟主だな・・敵がどれほど強敵なのか理解していないと見える・・突撃などすれば、下手をすれば全滅するぞ・・」
ジュスランは、そんな命令など聞く気は無かったが、さすがに盟主の言葉を完全に無視するわけにはいかなかった。形だけでも攻撃をする振りをしようと、軍を動かし始めたのだけど、そんな彼の下に、本国から密使がやってきた。密使は、グルガナ王からの指示書を持っていた。それを見たジュスランの顔色が変わる。
「まさか・・それが私の運命というのですか・・」
ジュスランの運命の歯車が、大きく変わったその時、要塞を守るアリューゼにも、軍師フィルナから連絡がきていた。その内容を見て、アリューゼも素直に驚く。
「我が軍の軍師は化け物のようだな・・」
フィルナの力を恐ろしいと感じたのはこの時が初めてであった。
ジュスランは、全軍の要塞への突撃を命令する。先陣を切るのはルドヒキ、アドチアの両軍であった。二つの軍を合わせて15,000の兵が、複雑な形状の要塞を攻略する為に必死に城壁を登ろうとする。
そんな両国の軍に向けて、ジュスラン率いるグルガナ軍35,000が突如として後方から攻撃を開始した。
ルドヒキとアドチアの両軍にとってはまさに青天の霹靂、味方であるはずのグルガナ軍から、強烈な攻撃を受けて、大混乱へと陥る。
その状況を見ていたミュラ七世も、状況を理解することができなかった。
「おい・・グルガナ軍は何をやっているのだ、あれでは味方のルドヒキとアドチアを攻撃しているように見えるぞ」
その現実は、誰の目で見ても明らかなものであった。グルガナは辺境大連合を裏切ったのである。
「ミュラ七世陛下・・グルガナがどうやら裏切ったようです・・」
家臣の一人が、現状の説明をしてくれた。それでも納得いかないミュラ七世は力強く否定する。
「グルガナが裏切るだと・・そんな馬鹿なことがあるはずがない・・グルガナ王とは昔からの付き合いだ・・そんなことが・・」
しばらく前に、グルガナ王にアースレインの軍師フィルナから親書が届いていた。その内容は、グルガナが、アースレインに従属した場合の、グルガナ王の処遇が書かれていた。グルガナ領地の領主としての地位の保証。財産の保証など、王ではなくなるが、領地が狭くなるわけでもなく、現在の自分の地位と財産は守られる内容であった。
この内容だけでは、グルガナ王の心は動かなかっただろう。王の心を動かしたのには二つの要因があった。一つは、この親書の内容の信頼性である。アースレインにはこの約束を守っている実績があった。ルソとジュゼの二人の元王である。二人は、昔の自分の国を、領地として統治している。それから見ると、アースレインは約束を守ると考えられた。もう一つは、辺境大連合内の確執であった。グルガナは、辺境大連合の盟主であるジアーノンや、副盟主であるアントルンやロギマスに引けを取らない強国である、なのに一つ下の扱いを受けていた。いいように使われるだけで、そこには何の利権もなかったのだ。
そういった現状への不満が、主な原因ではあったが、アースレインは強く、そしてもっと大きな国になる。そう判断もして、グルガナ王は辺境大連合を裏切り、アースレインに従属することを決めたのである。
ファシーやヒュレルの諜報のおかげで、辺境大連合の内部の細かい情報があったからこそ、フィルナは、この策を思い付いた。必ずグルガナは寝返ると確信しての計略であったのだが、成功して、安心もしていた。
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