第56話 南方の情勢
黒崎に拘束されていた広尾は、クラス会での決まりもあり、なんとか開放されようとしていた。
「広尾。まあ、王でなくなったお前がどうやって生きていくかは知らんが、せめてもの選別だ、持っていけ」
黒崎は、そう言って小さな袋を投げ渡した。広尾はそれを拾うと中身を確認する。中にはミスリル硬貨が数百枚入っていた。よほど無茶な豪遊をしなければ、これだけで十分、一生、生活出来る金額である。
「礼は言わんぞ黒崎」
「そんなもんはいらん。さっさと行くがいい」
広尾の国の家臣たちは、そのほとんどが黒崎によって皆殺しにされた。その家臣の恨みを、こんな小銭で帳消しにするほど、広尾は暴君ではなかった。必ず、このどん底から這い上がり、家臣の仇を討つことを心に誓っていた。
◇
村瀬たち、南方連合は、黒崎の包囲網を築きつつあった。周りのNPC国家(クラスメイト以外の国)を討伐してその国力を広げていた。もちろん、黒崎のレイディモン神帝国も周りの国を吸収してその国力を広げていたので、南方は、レイディモンと南方連合で、はっきりとその勢力を二分する状況となっていた。
「徴兵だ、徴兵。とにかく兵と金を集めろ!」
そう家臣に言い放っていたのは、南方連合の盟主である、
制圧した国々に、重い税と、徴兵を実施して、短期間に驚くほどの戦力を整えていた。それもすべて、黒崎のレイディモンに対抗する為であった。
「ルブラン王、アイギスで反乱が起きたとの報告が来ております」
「反乱だと・・面倒くさい事をしてくれる・・まあ良い。ジデンに討伐に向かわせよ」
ジデン将軍は、ルブランの四将軍の一人で、数少ない村瀬が信頼する家臣であった。
「はっ、ではそのように手配をします・・」
急激な国力アップに、無理な戦力の増強の為に、ルブラン王国は混乱していた。力ですべてを押さえ込んではいたが、決して、安定することはないように見えた。他の南方連合の国々も、国力を大幅に増大させて、その戦力を増強していたが、ルブランと同じように、不安定な国内の情勢であった。
南方連合の面々には、敵である黒崎のレイディモンしか見えておらず、それが大きな落とし穴として常に自らの足元に存在していた。
黒崎は、南方連合を調査する為に、多くの密偵を連合の国々に送りこんでいた。だが、そんな密偵に対して、連合の国々も完全な無防備ではなかった。
一人の男が、人目を避けて、山道を走っていた。その足取りは静かで、明らかに、隠密のスキルを持っていることが見て取れる。その男は、フウという名で、レイディモンの密偵の一人であった。南方連合の一国である、リネガー帝国の調査の命を受けて、同国に侵入していた。すでにある程度の情報を掴み、一度本国へと帰るところであったのだが、敵の隠密部隊の防衛網にどうやら引っかかったみたいだ。フウは命なの惜しくはなかったが、この情報を、国に持ち帰らなければ死ぬに死ねないと考えていた。
フウのすぐ耳元に、何やら風を切る音が聞こえる。目の前の木に、数本のクナイが突き刺さる。フウは殺気を探って、敵の人数を読む。
「五人か・・・」
敵の数を読んで、そう呟く。思ったより少ないが、気配からすると、なかなかの手練れのようである。振り切れるか・・さすがに弱気な考えが頭をかすめる。
両脇から二人、一気に気配が近づいてくる。フウは短剣を取り出すと、攻撃に備える。するとほとんど同時に、左右から、短刀で切りつけられる。走っているスピードを一瞬で減速させて、その攻撃を避けると、右の敵に対して、短剣で素早く切りつけた。
反撃に対して、反応できなかったその敵は、肩から腹にかけて切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。左の敵は、それを見て、一度後ろに下がった。他の気配も近づいてきているのを感じて、フウは再び走り始めた。
風を切る男が聞こえる。今度は自分に命中する弾道で気配を感じたので、高く跳躍してそれを避ける。そして空中で体を捻ると、懐から出した投げナイフで、敵の潜んでいる場所に攻撃を加える。
短い悲鳴が聞こえて、ガサガサと何かが倒れる男が聞こえる。
「後、三人・・」
次に気配は前方からした。おそらく先回りをして待ち伏せをしているのだとう。フウは警戒しながら加速する。そして気配のする箇所に、火炎の魔術を放った。炎を焼き付けられて、そこにいた敵はもがきながら地面に倒れる。
しかし、その敵は囮であった。倒した敵に気を取られている隙に、残りの二人の敵の一人が、何やら大きな網のようなものを体に巻きつけながら、フウの体に抱きついてくる。その網は、抱きついてきた敵とフウを絡めてその動きを封じる。そこへ残りの敵が、短刀でフウと仲間の体を貫いた。
体を貫かれながら、フウは口に含んだ毒の霧を、最後の敵に向かって吹きつける。毒を受けた敵は、一瞬で呼吸困難になって、苦しみ息絶えた。
フウは、突き刺さった短刀を抜いて、フラフラと歩き始める。しかし、その足元は震えて、今にも倒れそうであった。当然のことのように、フウに突き刺さった短刀には毒が塗られていた。100歩ほど歩いたところで、フウは地面に倒れこんで動かなくなる。
それが密偵として生まれ、密偵として生きてきた。一人の男の最後であった。
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