第28話 竜の人

デイランとの国境にて、竜人族の部隊を率いてその防衛に注力しているクリシュナに、デイラン軍が国境を越えて、アースレインへ進行してきたと報告が入ってきた。侵攻してきたデイラン軍は500ほどで、本格的な侵攻ではなく、あわよくば領土を切り崩せればとの思惑に思えた。


クリシュナは、すぐに竜人族の部隊を率いて、デイラン軍を追い散らしに向かう。クリシュナの率いる兵は300ほどで、侵攻してきたデイラン軍より数が少ない。だが、クリシュナのその顔には、恐れとか怯えといった表情はなかった。


デイラン軍がアースレインを侵攻したのは、アースレイン軍のそのほとんどが、ロント王国との戦いで、不在である情報が入っていたからであった。残っている兵数は少なく、容易にその領土を奪えると考えたのである。


デイラン軍の将軍は、自分たちの前に現れたアースレインの軍を見て、少し微笑む。そして部下に声をあげた。

「アースレイン軍は我が軍の半数ほどの兵数しかいない。やはりあの情報は本当だったようだ。あんな軍など一気に散らして、ここら一帯にデイランの旗を打ち立てようぞ!」


大きな歓声が上がり、デイラン軍の士気が一気に上がる。雄叫びをあげながら、目の前に布陣していたアースレインに突撃する。だが、アースレイン軍の様子がおかしかった。軍は微動だに動かず、その軍の中から、10人ほどの兵士が前に出てきて、デイラン軍に立ちふさがる。


「死にに出てきたのか!」

突撃をしてきたデイラン軍の先頭の騎士は、そう言葉を出していた。それを実行する為に、デイラン軍は、立ちはだかる敵に突撃する。


10人の兵にぶつかったデイラン軍は、その兵たちを弾き飛ばし、貫き殺すつもりであった。しかし、実際は、空へ吹き飛ばされて、体を貫かれたのは、突撃したデイラン軍の方であった。最初の突撃で、デイラン兵、数十人が絶命して、突撃の陣形はバラバラに崩される。それを実行したのは、アースレイン軍の前に出てきた10人の兵だけの力だった。


デイラン軍の陣形が崩されて、乱戦になっても、後方にいるアースレイン軍は動こうとしなかった。戦場の状況を見ると、なぜ動かないのか理由を理解できる。


単純に、動く必要がなかったのである。デイラン軍と乱戦に入った10人のアースレイン兵は凄まじく強かった。一呼吸の間に、一人の兵が、デイラン兵を5人は斬り伏せていた。十も呼吸する時には、デイラン兵は誰も地に立っていなかった。


恐ろしいことに、竜人族の部隊にとって、この戦いで戦った10人が、特別強いわけではなかった。300人全てが、その10人と同じくらい、またはそれ以上の実力を持っていた。


クリシュナの副官である、シュザインは、クリシュナの隣でしみじみ思う。前までなら、あの程度の相手だったら、戦うのは3人くらいだったと思う。しかし、さすがに歳をとり、温和になったのか、あまり部下に危険を強いることをせずに、安全に戦える人数であろう10人という数を選択した。これは成長といっていいかもしれない。


「クリシュナさま、どうしますか、砦に戻りますか」

クリシュナは全滅した敵を見て、少し考えると、こう返事をした。

「そうだな。一度戻ることにしよう。手応えのない相手だったので、仕事をした感覚がないがな・・・」


しかし、クリシュナたちは十分な仕事をしていた。この戦いで敗れたデイラン共和国のオラン提督は、圧倒的な敗北に対して、国の滅亡を杞憂する。この戦いで兵を半分近く失ったので、アースレインに対抗できないと判断したのだ。今、従属すれば、より良い条件でそれを受け入れてくれるかもしれない、そう判断して、デイランは従属を申し入れてきた。


ロント王国を倒し、デイランを従属させたアースレインは、気がつけば、辺境では目立つ程度の勢力へと成長していた。そんな中、アースレインなど目にも止めなかった辺境の大国たちも、その、アースレインの勢いに、少しだけ注目し始めるのであった。




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