辺境の王

第1話 神様だってやらかすことはある

そこは白い世界だった。


霧を圧縮したような滲んだ空気が漂う。周りを見渡すと、俺と同じように呆然と佇むクラスメイトの姿が見えた。


「どこだよここ・・おい! 誰か説明しろよ!」

クラス一の無法者の不動乱然ふどうらんぜんが、不安からなのか大きな声でそう言い放った。だけど同じ状況である俺たちにも、その問いには答えることはできない。コソコソと話す声は聞こえるが、明確な答えを言ってくれる者はいなかった。


「不動、不安で叫びたいのはわかるけど、俺たちもお前と同じで状況を全くわかってないぞ」

変な沈黙が嫌で、俺はそう発言する。クラスで一番・・いや、その地域で一番喧嘩が強くて乱暴者の不動に、唯一まともに対応できるのは俺くらいであった。だから必然的にこんな役割は俺に回ってくる。


「裕太・・テメーは黙ってろよ」

「ほほう・・じゃあ黙るぞ。俺が話してやらないと誰がお前なんかと話ししてくれるんだよ」

「あんっ、舐めてんのかコラ!」

不動乱然は、目を細めて睨みつけながら、俺に向かって近づいてくる。俺はそんな奴を、腕を組んで睨み返す。


俺たちが睨み合ってると、状況が動いた。クラス委員長で、真面目な山田直やまだすなおが男とは思えないような高い声で叫ぶ。

「みんなあれを見ろよ! なんか降りてくるぞ」


周りが真っ白のその空間に、上空から何か黒い影のようなものが降りてきていた。その黒い影は、俺たちがいる場所へとゆっくりと降りてくる。そしてその影の周りに漂った白い靄が晴れると・・


そこには白髪で、長い白い髭が印象的なおっさんがして現れた。


あまりにも突然のその登場に、俺たちは呆然としていた。土下座しているおっさんも何も発言せず、しばらくそのままの状態で動かなかった。そんな中、俺の親友で、空気を読めないことでは右に出る者がいない久我義之くがよしゆきが、我慢できずに声をかける。


「おじさん・・何してるの?」


少しの間を置いて、そのおっさんは声を絞るようにこう呟く。

「土下座じゃ・・・」

「まあ・・それはわかるんだけど・・どうして土下座してるの?」

「・・・・」


おっさんはその問いには答えることはせずに沈黙する。進展しないそんなやり取りを見ていて、イライラしたのか才色兼備のお嬢様、黎明雛鶴れいめいひなつるが詰め寄る。


「ちょっとあなた! 私たちが置かれているこの状況、何か知ってますわね。土下座なんかしてないで説明しなさいよ!」


胸倉を掴まれ、ゆさゆさと激しく揺らされたおっさんは、たまらず全てを話し始めた。


「神様!!!!?」

おっさんは自分は神であると名乗った。そしてバス事故でここにいるクラス全員が死んでしまったことを伝えてきた。しかも、俺たちが死んだのは自分の手続きのミスのせいで、本当はバスの運転手とバスガイド、そして担任の古谷先生を除くすべてが無傷で生き残るはずであったと衝撃の話をしてきたのだ。


この話を聞いたクラスメイトは当然のごとく激怒する。


「ふざけんなよクソ神! どうしてくれんだよ!」

「何が神だよ! 変なミスしてんじゃねーよ!」

「私、来週好きなミュージシャンのライブがあるのに・・」

「責任取れよ責任!」

「やらかしてくれたなオイ!」


困った顔でオドオドする神に、俺の幼馴染の雛森夢子ひなもりゆめこが冷静に発言をする。


「みんなちょっと待ってよ。あのおじさん神様でしょう? だったら生き返らせてもらえばいいんじゃない」

「まあ、よく考えたらそうだな・・」

「そうだ、そうだ、生き返らせろよ!」


しかし、神の答えは意外なものであった。

「うむ・・人間は神ならなんでもできると思っているようじゃが・・・歴史のやり直しと言うものはとても難しい問題でな・・過去の改ざんは神にも許されておらぬ禁めなのじゃ」


「難しく話してんじゃねーよ! ようはどう言う事だよ!」


不動の言葉に、神は簡潔に答えた。

「無理じゃ」


その答えにクラスメイトの怒りが再沸騰する。


「何簡単に答えてんだよアホ神が!」

「テメーのせいだろうが責任取れよ!」

「一言で俺たちの人生終わらせてんじゃねーよ!」

「何とかしろよクソ神!」


責められる神を見て、いたたまれなくなったのか、義之の彼女で、クラスで一番優しいく、大人しい大芝薫子おおしばかおるこが、神に助け舟を出す。


「あの・・・もうどうやっても生き返らないのなら、何か別の形で責任を取ってもらうってどうですか・・」


薫子の言葉に、神を罵っていたクラスの連中も動きを止めた。

「確かにそうだな・・ぐだぐだ言っても仕方ないしな」

「おい神! お前何ができるんだよ。俺たちにどう責任とってくれるんだ?」


もはや神の威厳を失った神様は、高校生に呼び捨てされる始末であった。神は困った顔で恐る恐る提案してくる。


「そうじゃのう・・過去の人生の改ざんはできぬが、お主ら一人一人に、新しい人生を用意することはできるぞ」


それを聞いたクラス一現実派の女子、真田絵美里さなだえみりが声を荒げて神に質問する。

「新しい人生って! どんな人生も思いのままなの? 私、生まれ変わったら美少女になって、アイドル歌手と結婚して、大金持ちになって・・それからそれから・・・」


「いや・・思い通りとまではいかぬ・・ある世界で、現在空きのある人生が丁度お主らの人数分ほどあっての、それをプレゼントしようと考えてるのじゃが・・」


「ふざけんなよ! そうやって売れ残りの人生を、俺たちに押し付けようとしてるだけじゃねえのかよ」

「そうだそうだ。なんだよそのって・・今いる世界からも移動させられんのかよ」

「俺たちはちょっとやそっとじゃ納得しねーぞ」


クラスの連中が騒つく中、神様はボソッと発言したのだが、その言葉にインパクトがあったのか、全員静かになる。


「ここにいる全員王様になれるのじゃぞ・・・」

「・・・・・」


「話を聞く価値はあるみてえだな・・・」

「ちょっと詳しく話してみろよ」


現世で言うところのファンタジーな異世界、そこの王の魂が、ある理由によって複数、空席になっているそうだ。大きな国の王の魂ばかりなので、富と地位は約束されたようなもで、一生贅沢して暮らせるとの話であった。


「悪くねえ話だな・・」

「そうだな。現世で生きてたとしても大した人生でもなかったろうしな」


みんな納得しかけた時、歴女である秀才の宇喜多歩華うきたあるかが声を上げる。


「甘い!! みんな甘すぎるわ。王様ったて一生が安泰なんて保証はないわよ! その条件じゃ納得できないわ」


神様は、ちょっと困ったように、歩華に問う。

「それじゃあどうすればいいのじゃ?」

「オプションを付けてもらえるかしら」

「オプションとは何じゃ?」


歩華は一呼吸つくと、オプションの説明を始めた。

「まず、暗殺や、謀反などで戦闘は避けられないと思うの、だからそれに対応出来る個人の戦闘力! 毒殺も考えられるから、あらゆる毒物に対応出来る耐性。病気で人生の半ばで命を失う王も多いわ、なので病気にならない体。家臣が信用できない場合もあるわ、なので絶対服従の部下かなんかもつけて欲しいわね。それとクラスみんな同じ世界に行くのなら、遠く離れていても相談や会話の出来る能力もおまけで付けて貰える? それとね・・・」


「まだあるのか?」

神様が呆れたように発言すると、歩華は少し微笑むと、最後にこう付け加えた。

「不老長寿!」


これを聞いたクラスの連中は、みんな立ち上がって彼女に拍手を送った。


「わかった、わかった。今言ったことはすべて叶えてやる。ただ・・二つほど条件を出させて貰いたいのじゃが、完全な不老長寿は無理じゃ、なので若いまま年をとらず、寿命が500年とさせてもらえるかの。それと絶対服従の部下ってのは普通の者では難しいので、魔物の召喚で対応させてもらえるかの、それも無尽蔵に召喚されると、世界のバランスが狂ってしまう。なので、新しい世界にオリハルコン硬貨と言う物があるのじゃが、それを100枚を触媒として必要とするように調整させてくれ。どうじゃこれで良いかの?」


神様のその提案で、とりあえず不満を言う者はいないようである。こうして俺たちのクラス全員が、異世界で王様になることになった。


「裕太、ちょっとこっち来いよ」

俺は、親友の義之に呼ばれる。そこには雛森夢子と、大芝薫子も一緒にいた。

「なんだ義之、悪巧みか?」

「そうじゃねえよ。異世界に行ったら、俺たち四人で同盟組まないか?」

「同盟? なんだよそれ」

「よく考えてみろよ。あの不動が大国の王様になるんだぞ、大人しく自分の国で隠居するなんて考えられないだろうが、絶対、周りに戦を仕掛けて暴れまくるぞ」

「確かにそうだな・・」

「だろう。だからそんな時、協力関係を今から作っといた方がいいと思うんだよな」

「お前、勉強できないのに、そんな頭は回るよな」

「うるせいよ。まあ、他にもいくつかグループを作り始めてるみたいだからな・・お前が鈍すぎるだけなんだよ」

「くっ・・言い返せねえ・・で、夢子と大芝はそれでいいのか?」


そう聞くと、幼馴染の夢子が微笑みながら親指を立ててグーと出しながらこう言ってきた。

「ゆうちゃん。ほっといたら孤立しそうだからね。仲間になってあげるよ」


大芝薫子も控えめな声でこう言ってくる。

「義之くんが一緒だから・・・」


「まあ、聞くまでもなかったか。それじゃあ、俺たち四人で同盟結成だ」


俺たち四人、飛田裕太とびたゆうた久我義之くがよしゆき雛森夢子ひなもりゆめこ大芝薫子おおしばかおるこは手を重ねて、同盟を宣言した。



「どうじゃ、準備は良いかの」

神様は手に持っている杖をカツカツさせながらみんなに確認する。みんな小さく頷いたり、黙って手を上げて意思表示する。


「どうやら良いようじゃのう。それでは、新しい人生の始まりじゃ」


神様が杖を振るう。すると、暖かく眩しい光が周りを包む。そして意識もその光に包まれて、気持ちのよい暖かさが内から湧いてくる。なんとも言えないフワフワとした気分になって、俺たちは深い眠りに落ちていった。



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